第八話 飼育係、牛を頼る
「ご、ごめんなさい。私ったらとんだ勘違いを……」
牛崎先輩の誤解をなんとか解いてから、俺たちは再び空き教室に戻ってきた。
顔を真っ赤にしてプルプル震えているのは、自分の勘違いがよほど恥ずかしかったのか。
そういうところも天使みたいに可愛いなんて思っていると、隣の虎杖から脇腹を突かれた。
「っ、なんだよ虎杖」
「あんた、ああいう人が好きなんだ」
「は? はーっ!? 誰もそんなこと言ってませんけど!?」
「なに慌ててんのよ。まさか、本当に……?」
「いやいやいや、なにを言うてるんですか虎杖はん」
「どこの喋り方よそれ」
先輩に聞こえないよう小声で弁明を図り、どうにか誤魔化せたようだが、虎杖はまだ俺を怪しそうに見つめている。
確かに俺は牛崎先輩が好きだ。
だがその好きはライクであり、ラブではない。
とある一件で恩があり、憧れに近い感情を抱いている。
だから、虎杖の言葉に応えるとすれば半分ノーで半分イエスだ。
多分きっと、そうだと思う。
「ふふっ、二人とも仲が良さそうだね」
「……俺たちが?」
「……仲良し?」
先輩の言葉に俺と虎杖は目を丸くして顔を見合わせる。
さっきまで羞恥心に悶えていた先輩は、小さな笑い声をもらしていた。
「ほら、息ピッタリだし」
「それは偶々というかなんというか……」
ニコニコと笑う先輩に、うまく言葉がでてこない。
仲良し、という言葉を肯定するほどの関係性でもないし、かといって否定するのもなんとなく引っかかる。
ふと隣を見ると、虎杖は深くうつむいてだんまりしていた。
人見知りを発揮しているのか、それとも別の理由か。
たっぷり時間を置いたあと、虎杖はようやく顔を上げた。
「……仲良しじゃないです。藤堂、変態だし」
「おまっ、先輩の前でなに言ってんだ!」
ノット変態バット紳士。
誤解も誤解、ちゃんと訂正してほしい。
しかし、虎杖は俺の言葉に耳を傾けることなく話を続けた。
「でも……これから仲良く……なる、かも……しれないです」
途切れ途切れな声がしっかりと俺に届く。
それは牛崎先輩も同じようで、今日一番の明るい笑顔を浮かべた。
「そっか。それはよかった」
「なんで先輩が嬉しそうなんですか」
「それはもちろん嬉しいよ。だって、藤堂くんをちゃんと見てくれる人がここにもいるんだってわかるもん」
虎杖の言葉に、先輩の言葉に、俺はどうしようもなく気恥ずかしくなって、目を逸らすついでに話を変えることにした。
「それで、牛崎先輩はどうしてここに?」
虎杖の人見知り克服のため、先輩に頼むことは考えていたとはいえ、実際にはまだ声をかけてすらいない。
先輩と虎杖とは初対面のはずだし、俺たちがここにいることも知らないはずだ。
「あれ、藤堂くんは聞いてないの?」
牛崎先輩は、きょとんとした顔で首を傾げる。
それからなにか言おうとして、声になる前に空き教室の扉が勢いよく開いた。
「むむっ、ここから確かに女の子の匂いが……おおおおおっ! これは虎ちゃんに牛崎先輩! いやあ、美人が勢ぞろいで僕しあわっ――ぶへっ」
乱入者の不届き物が全てを言い終わらないよう、手のひらで思いっきり口をふさぐ。
「にゃにふるんふぁよふぉうよう(なにするんだよ藤堂)」
「それはこっちのセリフだ。なにしに来た猿渡」
俺が手を離すと、猿渡は息を大きく吸った後に口を開いた。
「なんだ、てっきり藤堂は知ってるものかと」
突然現れた二人が揃いも揃って同じことを言う。
「虎杖はなんか知ってるか……ってなに隠れてるんだ」
俺が聞くと、小さく縮こまった虎杖がぶんぶんと首を横に振る。
どうやら人見知りを発揮したらしく、虎杖は俺の背中に隠れてしまっていた。
さすがというか、聖母ならぬ天使のオーラをまとう牛崎先輩の前ではどうにか対面していたが、ミスター変態、猿渡の登場でギブアップのようだ。
こうして四人集められたのがいったい誰の差し金か、全く見当が付かないわけではない。
ここは生物科職員室の隣の空き教室で、その使用許可を出しているのは担当の先生他ならない。
それはつまり――
「ようお前ら、揃っているようだな」
またしても空き教室の扉が開き、窓から差し込む陽光とともに予想通りの人物が入ってくる。
「蛇塚先生、これはいったい?」
「まあそう焦るな。順を追って説明する」
タバコ代わりのココアシガレットを咥えた蛇塚先生は、残り少しをバリボリと噛み砕く。
「本当はもう一人呼んだんだがな……まあいい、十分だ」
白衣を翻し、近くの椅子に座って足を組んだ蛇塚先生は、俺たち一人一人に目を向けたあと口を開いた。
「今日からこの教室は動物愛好家の部室となる。部員は藤堂、虎杖、牛崎、猿渡。顧問はもちろん、この私だ」
言い終わってから、蛇塚先生はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
牛崎先輩はニコニコと微笑み、猿渡は面白がってケタケタと笑う。
突然の発表に付いていけない俺と虎杖だけが、目を丸くして、ぽかんと間抜けな顔をしていた。
部活ものっていいよね。