第五話 飼育係、噂の裏側を知る
虎杖茜が友達をつくるために、乗り越えるべき壁がある。
近づくと避けられ、話しかけると無視され、目を向けると睨まれる。
虎のように怖いと恐れられるイメージを払拭し、自ら相手に歩み寄ることだ。
「それで、みーちゃんがひっくり返ってな?」
「へー、ソウナンダ」
「起き上がったと思ったら大ジャンプしたのよ」
「スゴーイ、オモシローイ」
ダメだこれ、いよいよ虎でも猫でもなくロボットになりやがった。
試しに俺をクラスメイトに見立てて会話することにしたのだが、先行きがかなり不安な結果にため息がでる。
「さっきまでは普通に話せてただろ。それがなんでこうなる」
俺が問いかけると、虎杖はもごもごと言い淀んだあと、観念したように口を開いた。
「初対面だと緊張しちゃうの。どう話せばいいかわからないの。なにを言えばいいのか、どんな反応をすればいいのか考えちゃって……」
「なるほど。人見知りっていうやつか」
コクリ、と小さく頷く虎杖。
「じゃあなおさらなんで俺とは普通には話せてるんだ?」
「わかんない。最初は感情的になってたからだけど、今は不思議な感じがする」
俺の頭上にハテナマークが浮かび、虎杖も虎杖で首を傾げる。
普通に話せる条件がわかればそれに越したことはないのだが、本人に心当たりがない以上は考えても仕方がない。
とにかく今は超えられるハードルを一つ一つ飛んでいくことが先決だ。
「目先の目標は人見知りの克服か……」
詳しく話を聞くと、噂の一部は人見知りによるものだった。
本当は会話したいのに、緊張から声がでない。結果として距離を置かれているように思われ、近づくと避けられる、話しかけると無視される、といったイメージが付くようになってしまった。
残念ながら俺は人見知りの治し方なんて知っちゃこっちゃいない。だけど、治療にうってつけの人物なら心当たりがある。
あとでその人を頼ることにしよう。多分、それでなんとかなるはずだ。
「で、なんで睨むの?」
「それに関しては全然わかんないの。私、睨んでるつもりなんてないのに……」
虎杖はしょんぼりと肩を落とす。
だけど今現在進行形で、俺はちょっと睨まれていた。というか実は今に至るまでずっと睨まれてる。
普通にしてればお人形のように可愛らしい顔をしているのに、目が合う度に眉間しわを寄せ、大きな瞳をぐっと細めるのだから残念だ。
「虎杖、俺と目を合わせてみ」
「……こう?」
やっぱり俺を捉える視線は睨みを利かせている。
キツく睨まれるというよりは、眼をつけられている感覚だ。
よく柄の悪い兄ちゃんに絡まれる俺だからわかる。
ちびっちゃうから本当にやめてほしい。
「……もしかして」
思い当たる節があり、俺は指を二本立ててみる。
「これ、何本に見える?」
「ニ本だけど……馬鹿にしてる?」
「じゃあ、これは何本?」
今度は遠くに下がって、さらには両手で数を作る。
「五本でしょ。こんなの簡単じゃん。いったいなんの意味が――」
「七本な」
「うそぉ!?」
虎杖が近寄ってきて、間近で俺の指を確認する。
「いち、に、さん……」
一本一本数え上げていって、七本目に辿り着いてから。
「……まあ、わかってたけどね」
「ドヤ顔で五本って言ってましたけども」
「間違ってあげないと可哀そうかなと思って」
可哀そうなのは涼しい顔しながら耳が赤くなってる君だよ君。
まあそんな見栄っ張りの虎はどうでもよくて。
要するに、虎杖は目が極端に悪いらしい。
だから遠くを見る時は睨んでいるように見えるし、よほど近くにいない限りは眉間にしわが寄ってしまうのだろう。
「授業とかどうしてんだ。白板見えないだろ」
「メガネ持ってるから、それで大丈夫」
「じゃあ普段からメガネをかければ解決だ。むしろなんで今まで裸眼だった?」
「それは……」
またしても口を閉ざして言い淀む虎杖。
「……言っても笑わない?」
「笑わねーよ。虎杖が真剣なら、俺も同じように応える」
俺が真面目に返すと、虎杖は一応信頼してくれたらしい。
もじもじと躊躇ってから、小さな声でポツリと呟いた。
「……から」
「へ?」
「似合わないから。メガネ、あまり好きじゃないの」
へえ。
感想以上。
「メガネって沢山種類あるだろ? 虎杖に似合うやつの一つや二つくらい売ってるだろ」
「それはそうだけど、どれ試しても自分では納得いかなくて……」
「試しに今持ってるやつ見せてみろよ。案外、普通にイケてるかもしれない」
「やだ! 絶対いや!」
めっちゃ嫌がるやん、女の子よくわからん。
しかし、このままだと目が悪くて睨んじゃう問題が解決しない。
メガネがダメとなると、メジャーな手段はあと一つだ。
「コンタクトをつけるってのはどうよ」
「もちろん私も試してみたわ」
「おお、それなら――」
「怖くて無理だった」
ああ、そう。
まあ大丈夫だったら裸眼で過ごさないもんね……。
「いや、頑張れよ!!!! 友達ほしんだろうが!!!!」
ここは心を鬼にして、熱血指導入ります。
さあ肝心の虎杖の反応や如何に……。
「……大きい声、ちょっと怖い」
「あっ、すんません」
この子、気が強いのか弱いのか全然わからん。