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第三話 飼育係、虎と会話する

  

 職員室の一件は昼休みの終わりを告げるチャイムでお開きに。

 そうして放課後、蛇塚先生の計らいで俺と虎杖(いたどり)はもう一度顔を合わせることになった。

 計らいと言うとプラスのイメージが付きまとうので、ここは(はかりごと)が正しいかもしれない。餌で猛獣を釣って檻の中に閉じ込める様子を想像してほしい。

 ちなみに現在地は生物職員室の隣にある空き教室。勝手に抜け出さないよう、先生が見張っているらしい。あれ、これ本当に閉じ込められてない?


「いやー、あの先生もいきなりだよな」

「……」

「普通、初対面の俺に頼むかね」

「……」

「せめて女子を選ぶべきじゃね? というか、先生が相談に乗れよってな」

「……」


 へんじがない、ただのしかばねのようだ。


「あのー、虎杖さーん?」

「…………」


 いくら呼びかけても反応がないから次第に虚しくなってくる。

 また空は明るいはずなのに、カァカァとカラスの鳴き声の幻聴が聞こえる。


 教室の隅でちょこんと座る虎杖はこちらに目を向けようとせず、ひたすら壁と睨めっこしていた。

 壁じゃなく俺が睨まれないだけマシか、だからと言ってこのままでは状況が好転しない。


 仮になんの成果も得られなかった場合、どこぞの大蛇に丸呑みにされる未来が見える。

 俺の輝かしい未来のためにも、そして虎杖茜のためにも、ここは心臓を捧げて頑張るしかない。


「みーちゃん」

「……!」

  

 俺が小声で呟くと、ピクッと虎杖の肩が反応する。


「体育、俺は五時間目なんだ。昼飯直後の運動ってキツイけど、朝一番も大変そうだ」


 なるべく優しく。


「国語って難しいよな。帰国子女なんだろ? 日本語ペラペラなだけすげーよ」


 できるだけ穏やかに。


「数学はイギリスで習ったらしいな。今度教えてくれよ。今の範囲苦戦してるんだ」


 相手に寄り添うように、話を進めていく。


 そうすれば、いつかは必ず心を開いてくれる。

 大切なのは、相手に寄り添う気持ちだ。

 飼育小屋の動物たちとも、そうやって仲良くなった。


 だから、例え相手が虎だとしても。


 きっと心を通わせることができる。


「……やっぱり盗み聞きしてたんだ……最低、変態!」

 

 ほら、やっと言葉を返してくれた。

 視線もばっちり俺を捉えている。

 

 要約すると、暴言と一緒に睨まれましたとさ。


「ちょっと待て、盗み聞きじゃない。たまたまそこに居合わせただけだ。あと変態はやめろって」

「同じようなもんでしょ! それに、あそこは滅多に人が来ないもん。偶然なんて嘘だ!」

「それは多分、いつも俺がいるから誰も近づかないんだよ」

「なにそれ、自分で言ってて悲しくないの!」

「うわ、今気づいた。めっちゃ悲しい!」


 そうか、裏庭に人が少ない理由って俺も関係してたのか。

 えっ、もうこれ泣いていいかな。


 だが、精神的ダメージを代償に当初の目的は果たすことができた。

 

「なんだ、やっぱり普通に話せるじゃん」


 俺が言うと、「シャーッ!」と威嚇していた虎杖がきょとんとした顔をする。だからお前は猫かって。


 形はどうあれ、これでようやく虎杖と話すことができる。


「友達がほしいって言ってたよな」

「……なに、馬鹿にしたいの」

「ちげーよ、むしろその逆だ。俺は手伝いに来たんだよ。蛇塚先生に聞いてるだろ」

「……金髪ピアス強面お兄さんが優しくいろいろ教えてくれるって」

「怯えてた理由、あの人のせいじゃねーか!」


 確かに間違ってはいないけども。

 それにしても言い方ってものがあるだろ。

 しかも密室に二人きりにするとか悪手にもほどがある。


 でも、結果的に話せたのは事実……どこまでがあの人の手のひらの上なのか、俺にはわからない。


「とにかくだ。改めて、虎杖は友達がほしんだよな」


 俺が再確認すると、虎杖は逡巡したあと小さく頷く。


「それなら話が早い。俺が相談に乗る。これで万事可決だ」

「……本当に、あんたを頼れば友達ができるの?」

「ああ、保証する」

 

 虎杖がどういう理由で友達がほしくて、どういう訳で虎みたいな態度なってしまうのか、今は知らなくていい。


 まずはゆっくりじっくり信頼関係を築くことから。

 明確な疑いと、それからほんの少しの期待が見え隠れする虎杖の言葉を俺は自信満々に肯定する。


「……噛みつかない?」

「あいにく俺は草食だ」

「……食べたりしない?」

「だから草食だって」

「……胸、触らない?」

「だからあれは不可抗力だって!」


 第一印象が悪すぎるだろ。

 まあもう慣れてるからいいけど。

 大事なのはここからだ。


 極度の怖がりなのか、それとも警戒心が強いのか。

 虎杖は身体を小さくして、プルプルと震えている。


 しかし、しばらくして覚悟を決めたようだ。


 深く深呼吸して、それから真っ直ぐに俺を見据える。


「……教えて、藤堂。どうやったら友達ができるの」


 その一言は酷く震えていて、それでも強い意志が伴ったものだった。


 頼られたのなら、あとは応えるだけだ。


「任せろ虎杖。俺がいれば絶対に友達ができる」


 ドンッ、と胸を叩いて強気に宣言する。


 虎杖はまだ疑っている様子だが、蒼色の瞳に光が灯っている。

 だから俺は、もう一押しと口を開く。


「なんたって俺には友達がいないからな!」

「…………は?」


 あれ、俺なんかやっちゃいました?



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