表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/8

第二話 飼育係、虎の世話を頼まれる


 俺が通う高校、というか大抵の学校には職員室が複数あると思う。

 英語科、国語科、数学科、体育科……担当教科によって職員室が用意されているのが一般的なはず。


 つまり、先程のアナウンスは非常に不親切なわけだ。


『藤堂玲央、至急職員室に来るように』


 これではどの職員室に向かえばいいかわからない。

 それでも俺は、迷うことなく生物科の職員室をノックした。


「入れ」

「……失礼します」


 短い返事を確認してから扉を開けると、生物科特有の独特な匂いが鼻孔をくすぐる。

 室内にはデスクがいくつかと、インテリアの少なさに反比例して大量の資料や機材が所狭しと並んでいた。

 匂いの正体は別室で待機している爬虫類や水生生物、そしてそいつらの餌由来だろう。


 正直、快適とは程遠い空間だ。


 そんな中、俺を呼び出した人物――蛇塚(へびづか)(かおる)先生は優雅にコーヒーを啜っていた。

 もう片方の手にはタバコ……の代わりココアシガレットが握られている。どうやら最近、禁煙を始めたらしい。

 生物科の教員らしく、暗めの洋服の上には大きめの白衣を羽織っていた。


「なあ、藤堂。どうして呼び出されたのかわかっているか?」

  

 開口一番、静かな声で威圧的なプレッシャー攻撃ならぬ口撃。

 一見、「どうして私は怒っているでしょう?」くらいに理不尽な質問だ。 

 

 並大抵の人間なら過去の悪事を思い浮かべて冷や汗を浮かべるだろう。

 例え後ろめたい事がなくても、やらかした気分になってしまう。

 

 しかし、かの見た目は子供、頭脳は大人のスーパー名探偵は言ってた。

 

 真実はいつも一つだと。


「先生の恋愛相談に乗ってほしいって話ですか?」

「……ファイナルアンサー?」

「ちょっ、ノーファイナル! ノーファイナルでお願いします!」

 

 ギロリ、と大きな目で睨まれて思わず身体が竦む。


「今、その熱々コーヒーぶっかけようとしました?」

「おいおい、私は教師だぞ。可愛い生徒にそんな事するわけないだろ」

「あれ、俺の勘違いかな。一瞬、マグカップを持ち上げた気が……」

「殴るなら陶器に限る」

「まさかの物理攻撃!?」


 その場合、結局コーヒーも被るじゃん。

 確かに俺は可愛いとは程遠いけど。

 だからって、ねえ……この人、本気でやりかねないから怖い。


 まあいい、ここは気を取り直してファイナルアンサーといこう。


 今度こそ、じっちゃんの名に懸けて。


「呼び出された理由……またいつもの頼み事ですよね」

「なんだ、わかってるじゃないか」

 

 ニヤリ、と笑う先生。

 その表情すらちょっと怖い。

 というか、嫌な予感しかしない。


「おいおい、そう構えるなって。ただの頼み事だぞ?」

「そう言って、今までなにやらされましたっけ」

「肩叩きとか」

「他にも」

「コーヒーのお代わりとか」

「……他」

「それくらいじゃない?」


 書類整理にプール掃除、実験の片付け、隣町への買い出し以下略。

 血と汗滲む俺の努力は一体どこに。


「一応聞きますけど、断るって選択肢は?」

「土日休日、長期休暇。飼育小屋の餌やりを代わってるのは誰だっけか」

「蛇塚大先生です! いつも大変助かっています! どうぞどうぞ、私奴になんなりとお申し付けください!」

「よろしい。よきにはからえ」


 再びニヤリと笑う先生。

 今回は妖艶な舌なめずりもセットで。

 完全に味を占めてるなこの先生。


「時に藤堂。お前は皆から敬遠されている」

「急にディス!?」

「嫌われていると言っても過言ではない」

「追加攻撃はやめてっ!」


 物理攻撃の次は精神攻撃の二回攻撃ってどこぞのラスボスですか。


「目つきの悪さ。威圧的な体格。派手な金髪。お前は一昔前のヤンキーなのか? それとも最近流行りのDQNとやらか?」

「もしかしてイジメられてます?」

「いいから聞け」


 先生が珍しく真面目な顔で俺を諭す。

 なにか真剣な話が続くのかもしれない。

 そう思って、俺は姿勢を正して先生の言葉を待った。


「私も目つきの悪さには定評がある。他にも笑い方が怖いとか、長くて細い舌が怖いとか、丸呑みされそうで怖いとか。色々言われる」

「はい」

「そのせいで、合コンも婚活も全く上手くいかないし、なんなら恋人ができる気配もない」

「……はあ」

「もう三十路が近いのに、売れ残りコースまっしぐらだ。正直、めちゃくちゃ焦っているどうしよう」

「恋愛相談じゃねえか!」

 

 なにがファイナルアンサーだこんちくしょう。


「それで、結局なにが言いたいんですか」

「第一印象は大事って話だよ。お前もわかるだろう?」


 どうやら、真面目な話の兆候はあっていたらしい。


「人は見た目で判断して、勝手にレッテルを貼る。深く関わろうともせず、容姿や外聞でその人を知ったような気になって、自分の中で都合のいいイメージを作り出すんだ」


 例え話をしよう、そんな前置きがあった。


「中学時代、暴力事件を起こした生徒がいた。そいつは高校入学を機に髪を金色に染め、目つきの悪さは悪化し、筋肉増量二割増し。悪評酷評噂が飛び交い、嫌われ避けられるのは時間の問題だった」

「……誰の話でしょうね」

「さあ、それは知らないな」


 俺がとぼけると、先生はわざとらしく肩を竦める。


「その生徒が本当に暴力事件を起こしたのか、誰も真相を確かめようとはしない。金髪だから、目つきが悪いから、喧嘩慣れしてそうだから……なにかしらの理由を付けて、凶暴で獰猛な金獅子が完成ってわけだ。まあ、本人はそれを望んでやってるらしいがな」

 

 全てを見透かしたような目が俺を捉える。

 本当に、この人にはいつも敵わない。


「さて、本題に戻ろうか」


 先生はコーヒーを飲み、短く息を吐く。

 文字通り、口直しだろう。

 気分を入れ替え、空気も変わる。


「とある動物の世話をお前に頼みたい」

「それが頼み事ですか?」

「飼育係には持って来いの案件だろ?」

 

 確かに、俺に向いてそうな話だ。

 だけど、さっきの話との関係性は見えない。


「この際、一匹二匹増えても変わりませんし頼まれますよ」


 ひとまず俺が受け入れると、先生は満足そうに頷く。


「ちなみに、その動物というのは?」

「ん? 虎だよ」

「……は?」

 

 真顔でなに言ってるんだこの人。


「虎って……さすがに冗談ですよね?」

「ああ、冗談だ」

「ですよねー」

「虎っぽい人間だ」

「はあ」


 もはやなにがなんだか……いや、待てよ?


「もしかして、その虎っぽい人間って」

「察しが付いたか?」

「まあ、なんとなく」

「話が早くて助かるよ」


 そいつは虎のように怖いと恐れられていて。

 でも実は虎っぽいというより猫っぽくて。

 ついでに逃げ足はチーターみたいに速い奴じゃないだろうか。


「入っていいぞ」


 ガチャリ、と背後で扉が開く音がした。

 振り返ると、真っ先に金色の髪が目に入る。


 予想通り、そして面倒な事になりそうだ。


「なっ、なんで変態がここにいるのよ!」

「だから変態って言うな!」

 

 開口一番、俺を変態呼ばわりする虎杖。

 たまらず俺が言い返すと、蛇塚先生は少し驚いたような顔をしてからニヤリと笑った。

 

「知り合いなら話が早い。紹介しよう、虎杖茜(いたどりあかね)、私が担当するクラスの生徒だ」


 ゴホン、と先生が咳ばらいを挟む。


「お前には彼女の相談相手になってもらいたい」

 

 なるほど、話が見えて来た。


 先生の遠回りな例え話。

 虎のように怖い転校生の噂。

 偶然耳にした独り言。


「頼む相手を間違えてませんか?」

「いいや、お前が一番適任だ」


 任せたぞ、と全幅の信頼を向けられてしまえば逃げ道はない。


「というわけで、よろしくな虎杖」


 無理矢理笑顔を作って、転校生に手を差し伸べる。

  

 ついさっき変態呼ばわりされて逃げられたばかりだが、先生から話は聞いているはず。

 虎とかライオンとか知らないけど、手を取り合えば人類皆仲良し――


「……また胸触る気でしょ」

「ほう。藤堂、お前は案外初心(うぶ)だと思ってたんだがな」

「誤解だ誤解! 誰か当番弁護士を呼んでください!」


 前言撤回。

 人類皆仲良しどころか、手を取り合ってすらくれないようだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ