第一話 転校生が虎のように怖い
桜舞い散る四月の下旬。
午前の授業を終え、昼休みが訪れた学校は騒がしい。
教室でクラスメイトと談笑する生徒。
校庭や体育館でスポーツに興じる生徒。
部活動のミーティングに参加する生徒。
そうやって誰もが皆、新しい環境へと適応し始めている。
もしくは、適用しようと頑張っているのかもしれない。
そんな学生たちを応援するかのように、ポカポカと暖かい日差しが地上に降り注いでいた。
「こんにちは、みーちゃん。私とお話しよ?」
さて、現実に目を向けよう。
太陽が地上を照らせば必ず影ができる。
キラキラと眩しい新生活を謳歌する生徒の裏側には、日陰でひっそりと生きる生徒だっているのだ。
俺――藤堂玲央はどちらかというと後者で、自らそれを選んでいる。
強がりじゃないから。いや、本当に。
そして、少し先に見える生徒も俺と同じ日陰者のようだった。
(あれは転校生……だよな?)
とある用があって、俺は昼休みになると毎日裏庭へと出向く。
教室に居場所がないとかじゃないから。いや、本当に。
裏庭は目立たない場所に位置していて、さらには用途も限られているため、普段は滅多に人が来ない穴場スポットだ。
しかし、今日は珍しく先客がいた。
「今日は一時間目に体育があってね――」
金色の髪に蒼い瞳、華麗な美貌に抜群のスタイル。
交友関係がとてつもなく狭い俺でも、その先客には見覚えと聞き覚えがあった。
転校生、虎杖茜。
高校二年生、俺と同級生。
日本人の父とイギリス人の母を両親に持つハーフで、最近になって帰国したらしい。
和と洋の奇跡的なバランスを保った美少女から紡がれる流暢な日本語に、転校生紹介の場となった始業式は大盛り上がり。
友達になりたい。
恋人になりたい。
下僕になりたい。
どこからともなく、そんな声が聞こえたものだ。
学校中の生徒が羨望と憧憬の眼差しを向け、拍手喝采で彼女を迎えた。
「国語の授業が難しくてさ――」
しかし、今となっては随分と状況が変わった。
近づくと露骨に避けられる。
話しかけると無視される。
目を向けるとキツく睨まれる。
虎杖茜と接した生徒は口を揃えてこう言った。
――転校生が虎のように怖い。
おそらく、彼女の名字と金色のロングヘアーに掛けているのだろう。
肌を撫でる心地の良い春風に乗って、その噂話は急速に広まっていった。
「数学はイギリスで習った範囲だったの――」
ただ、目の前の光景は噂で聞いた話と対照的だ。
(虎のように怖いねえ……)
楽しそうに笑顔で話す虎杖を見れば、噂とやらに首を傾げざるを得ない。
てっきり俺と同じように、自ら望んで日陰に生きているのだと思っていた。
意図的に日向を避けて、居心地の良い場所にいるのだと。
俺は転校生に、親近感に近い感情すら抱いていたのだが。
「ねえ、みーちゃん。少しだけ相談してもいいかな?」
どうやら虎杖は俺とは事情が違うようだ。
明確に、現状に不満を抱いている。
だって、そうとしか思えない。
(みーちゃんって、飼育小屋の兎じゃねーか)
さっきからこいつは一人で喋っているのだ。
正確には、飼育小屋の兎――みーちゃんに喋りかけていた。
楽しそうに笑顔で、まるで友達と接するかのように。
「私、友達がほしいの。でもね、なかなかうまくいかなくて……どうしたらいいかな?」
はあ、と大きなため息をつく虎杖。
その姿は弱々しくて、しおらしい。
とてもじゃないが、獰猛で凶暴な虎には見えなかった。
「……やっぱり答えてくれないよね」
「そりゃ相手は兎だからな」
「そうそう、みーちゃんは兎だから喋れるわけ……って、んにゃあああああ!」
後ろから声をかけた途端、虎杖は飛び上がるようにして俺から距離を取った。
にゃあああああって、なんだその声。虎じゃなくて猫じゃねえか。
まあ、この際そんなことはどうでもいい。
「すまん、そんなに驚かせるつもりはなかった。だからそう警戒するなって」
今度はなるべく優しく穏やかに話すも、返事をもらえる様子はない。
それどころか、遠目から思いっきり睨まれる始末。
近づくと避けられ、話しかけると無視され、目を向けると睨まれる。
怖いかどうかはさて置き、一部の噂は本当だったらしい。
「これはあれか? 最初は自己紹介って流れか?」
そうだよな、初対面ならまずは自己紹介をするのが基本だ。
「俺の名前は藤堂玲央。この飼育小屋の――」
「……ライオン」
「ん?」
「……食べられる」
「んん?」
「……逃げなきゃ」
「んんん?」
俺の頭上にハテナマークが三つ並んだその瞬間。
虎杖は猛烈なスピードで俺の横をすり抜けようとして――なにもないところで盛大に躓いた。
「きゃっ!」
可愛らしい悲鳴と共に、なすすべなく前のめりに倒れ込む虎杖。
その瞬間、俺は咄嗟に足を動かし、虎杖と地面の間に身体を滑り込ませた。
「ってえ……大丈夫か?」
抱きかかえた虎杖に問いかけるが反応はない。
幸い怪我はなかったようだが、代わりに俺の背中がズキズキと痛む。
とにかく身体を起こそうとして、手を地面につこうとしたその瞬間。
「……ん?」
右手になにやら柔らかい感触が。
言葉で表すのが難しいが、効果音的には「たわわん」みたいな感じ。
なるほど、これはもしかしてもしかすると俗に言うおっぱ――
「……いつまで触ってるんだバカァ!!!!」
俺の腹に馬乗りになっていた虎杖が大きく手を振りかぶる。
「あっぶね!」
虎杖の平手打ちが目のと鼻の先で空を切る。
顔を逸らさなければ、もろにビンタを食らっていたところだった。
「なんで避けるのよ、この変態っ!」
「ちょっと待て、今の不可抗力だろ! あと変態って言うな!」
虎杖は俺から再び距離を取り、自らの身体を抱きしめるように両腕を交差する。
その顔は耳まで真っ赤になっていて、キツく睨まれるのはもちろん、「シャーッ!」と威嚇されていた。だから猫かって。
「……助けてくれたのはありがとう」
おお、ちゃんとお礼を言えるじゃん、というか普通に喋れるじゃん。
そんな呑気な感想をしている暇はなかったようで、再び虎杖は俺に牙を剥いてきた。
「でも、それとこれとは話が別」
「へ?」
「……胸触ったこと許さないから」
そんな厳しい一言を残し、再び猛烈なスピードで校舎の中へと消えてしまう虎杖。
なるほど、脚力はチーターか。
「なあ、みーちゃん。俺の話も聞いてくれるか? 猫っぽい虎にチーターの如き速さで逃げられたって話なんだけどな」
答えはもちろん返ってこない。
だって動物だもの、れおを。
「そういえばあいつ、どっかで見たことあるような……」
俺は独り言を呟きながら、この場に訪れた要件を済ませていく。
「はいはい、順番だから待ってろよー」
兎に鶏、犬に猫、インコに孔雀、ウーパールーパーなどなど……いつの間にか大所帯になっていた飼育小屋の面々にそれぞれ餌を与えてやる。
これが、俺の日課――自称、飼育係の仕事だ。
「それにしても増えたな」
こうして餌を片手に囲まれると、教室の十倍は賑やかで騒がしい。
ピョンピョン、コケコッコー、ワンワン、ニャーニャー、好き好き大好き、バサバサ、ウパウパルパルパなどなど……一部の擬音はイメージによる脳内再生だ。
好き好き大好きに関しては、インコの緑黄丸による実録音声。
断じて俺は言っていない。
言ってないけど、いつの間にか覚えていた。
『ピンポンパンポン……二年一組藤堂玲央くん。蛇塚先生がお呼びです。繰り返します――』
だからきっと、これも脳内再生だ。
もしくは緑黄丸が知らないうちに覚えたか。
例の如く、俺は言った覚えはまるっきりないけど。
『藤堂玲央、至急職員室に来るように』
残念ながら、現実世界の話だった。
聞き覚えのある声がはっきりと耳に届く。
いや、まだ緑黄丸の可能性が……。
『繰り返す。藤堂玲央、今すぐ職員室に来い』
もはや命令。
途中からマイク奪われた放送委員の困惑した声入ってたぞ。かわいそう。
わかりました、行きますよ。行けばいいんでしょ。
「うわ、藤堂じゃん……」
「どうせまた問題起したんだろ」
「動物の世話していい奴気取りかよ」
「友達が喧嘩してるとこみたって」
校内アナウンスに急かされ校舎に戻ると、すぐに耳障りな声が聞こえる。
賑やかで騒がしくて……うるさい声だ。
(飼育小屋のほうがマシだな)
今日も一日、思いっきり問題児扱い。
いつもの事だし、今更なにも思うことはない。
ただ一つだけ、苦言を呈するとするのなら。
――藤堂玲央はライオンのように怖い。
噂の使い回しはやめてほしい。
……ちょっとカッコイイなとか思ってないから。いや、本当に。
古き良き青春ラブコメのつもりで書いてます。
虎だけではなく、様々な猛獣ヒロインが登場する予定です。
猛獣たちと飼育係の恋物語をお楽しみいただければ幸いです。
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