2-3 アレクは体をキノコに侵される
「アレク様、ちょっと! アレク様?!」
リリカは何度もアレクの肩を揺さぶり続ける。
アレクは白目をむいて倒れたままでリリカに返事をしない。アレクの顔は青ざめていて、その口からは、身の危険を知らせるかのように泡を吐いていた。
「ちょっと、アレク様。なに、こんなところで死のうとしてるんですか! 最強の勇者が毒キノコで死んだなんてシャレになりませんよ」
リリカは涙をにじませながらアレクに訴え続ける。
だんだんと彼の肩をゆする力も強くなり、リリカの声にも力が増していく。
アレクは依然として口から泡をぶくぶく・ぶくぶくさせている。
時々、あばばばば、なんて声が出てくることで、彼がまだ生きているということだけは確認できていた。
それだけがリリカにとっての唯一の救いだった。
献身的に続けたリリカの訴えは、やがてアレクの意識も動かしたようだ。しばらくしてから、アレクはようやく反応を取り戻した。
んん、と小さく唸り、目を覚ます。アレクは意識が戻ると、口から出ていた泡も引っ込んだ。どうやら一命はとりとめたらしい。
リリカはすぐにアレクに声をかける。
「アレク様、大丈夫ですか?」
「リ……リカ?」
寝起きのような声でアレクは返事をする。
さっきまで泡を吹いていたとは思えない、だらしない声だ。
「大丈夫ですか? 意識はありますか?」
リリカは何度かアレクの頬を叩いて意識を確かめる。
アレクの顔の血色がよくなっていく。
アレクの意識が戻って来たことに、リリカはひとまず安心した。
「もう、なに勝手にキノコ食べてるんですか。毒キノコかもしれないんですよ? 死んじゃったかと思ったじゃないですか」
「はは、だいじょうぶだよ」
目覚めたばかりのアレクは、いつになく機嫌よくリリカに返す。
「……ん?」リリカはすぐにその違和感に感づいた。
「アレク様……何が大丈夫なんですか?」
リリカの質問に、アレクは答えることなく高笑いし始めた。
突然の出来事にあリリカも困惑する。
面白いところなど何もないはずなのに、あり得ないテンション。普段なら絶対にしない笑い方だ。
一緒に魔王討伐をした時でさえ、アレクの高笑いをするところなど、リリカは見たことがなかった。
その時はまだ彼にも勇者としての自覚があったということを引いてみても、明らかにおかしい言動だった。
――原因があるとすれば……ドクヅカダケだ。
リリカの中で直感的に結びつく。
アレクは一度泡を吹いて倒れている。普通のキノコならばそんなことは起こらないはずなのだ。
リリカは異変の正体を確かめるためにも、もう一度アレクに訊ねる。
「だから、何が大丈夫なんですか?」
「大丈夫なものは、大丈夫なんだ。このキノコは、ちょっとだけ、頭がふわふわする、だけだ。食べて、死んじゃう、ものりゃあ、ないんだよ」
「全然ろれつ回ってないじゃないですか! きもちわる!」
リリカはアレクの違和感の正体に気づく。
やはり、彼はドクヅカダケを食べている。何もないように言いながら、彼はしっかりとその効果を受けてしまっていたのだ!
アレクの発言によれば、このドクヅカダケには酔いの効果があるらしい。
アレクも多少は耐性をもっている。しかし、そのアレクがここまで酔っているということは、相当な効き目がさっきのキノコにはあったということだ。
上機嫌なアレクを脇に、リリカは事の大変さを理解する。
「このままアレク様を放っておいたら何をするかわからない」
リリカはすぐにアレクの肩を抱えて起き上がらせようとする。とにかく家に帰らせようと判断した。
力の抜けているアレクはだらしなくリリカにつかまる。
「なんだよ」
「アレク様キノコ採集も終わったし、そろそろ戻りますよ」
「一人で歩けるっつーの」
アレクはリリカの手を放し、一人で歩き始める。
リリカは試しにアレクを見守ってみた。
彼はしっかりと歩いていると思っているようだが、実際はふらりふらりと千鳥足になってちっともまっすぐ歩けていない。
だらしない姿にリリカは首を振った。彼女の口からは自然とため息も漏れ出てしまっていた。
「歩けてないじゃないですか! 毒キノコ食べたんだから、変に無茶しないで下さいよ!」
リリカはすぐに千鳥足のアレクを掴んで支えた。
アレクはじっとリリカの方に視線を向けた。その目はリリカを見つめながらもどこか焦点があっていないようだった。
「な、なんですか?」
「リリカ。お前、俺がキノコのせいで、ダメになってるとか、思ってるだろ!」
「当たり前じゃないですか! ちゃんと自分の姿を見てください!」
「ああ、しょうか。それなら、わかったよ。俺がまだちゃんとしているってことを、今からリリカにも見せててやるよ」
そう言うと、アレクはもう一度つかんでいたリリカを離し、離れたところに立たせた。
「アレクさま?」
リリカは不安げに尋ねる。彼女の中では悪い予感がビンビンと湧きあがっていた。
「毒キノコにやられていたら、俺はあ、ちゃんと魔法も、打てないはずだろ? 今から、ちゃんと、魔法も放てるってことを教えてやるよ」
「ぜ、全然意味がとおていませんよ? アレク様」
アレクはもう自信満々の顔だ。
「いいか。リリカ。よく、みておくんだぞ」
手を前に突き出し、魔法を放つ体勢を整えるアレク。彼の目はまだ焦点もうまく定まっていないままだった。
――ヤバイ
リリカの悪い予感は愛悪の形で的中しようとしていた。
しかし、これから止めようとしてももう無駄だった。
アレクはすっかり赤くなった顔で笑う。その表情は完全に出来上がっていた。
「地獄の業火」
アレクが詠唱すると同時に、巨大な魔法陣が山の中に広がった。