2-1 アレクは寝ぼけた顔でキスをする
ep.2 始動!
佐藤が襲来してから1晩明けた。
柔らかい朝の陽ざしがアレクに当たる。
カーテンがかかっていない窓を通じて光が直接アレクに差す。
アレクはその温かさのままにゆっくりと目を覚ました。
「ううっん」
いつも目覚めるように目を少しだけ開ける。
体を横に寝返り、愛猫を手で探す。
いつも通り自分の顔のそばにいる愛猫の頭を抱えて軽くキスをする。
彼のいつも通りの朝の元気を養う時間だ。
「おはよう、キャロット」
眠たげな声でキャロットにささやく。
甘く、優しい口調だ。
しかし、この日は何かが違っていた。
シャルにしてはやけに頭が大きい。
いつもならすぐに額にキスができるはずなのに、その日は毛に邪魔されてしまった。
――おかしい。
冬とはいえシャルの毛はそんなに伸びていなかったはずだ。
アレクはぼやける目の視線の中で、一度触った毛の塊をもう一度撫でる。
猫にしてはやけに長くごわごわした髪。
撫でている途中でその手は毛に絡まってしまった。
――これはおかしい。
アレクの直感が何かを訴えている。
アレクは眠い目を無理やり開けさせる。
変わり果ててしまったシャルの異変をその目で焼きつけようとした。
そこでは、リリカはにやけ顔でアレクの顔を見つめていた。
「アレク様、そんなに私のことを求めてくださるなんて……♡」
「うわあ!」
アレクは布団をはねのけて飛び降りる。
朝から漏れだすアレクの叫び声。
彼ののどにダメージが走る。
リリカはアレクのベッドの中で一緒に眠っていた。
ぼさぼさの髪の毛をさらに絡ませながら、リリカはゆっくりと身を起こす。
アレクはさっきキスした感覚を思い出す。
毛に防がれてうまくできなかった朝のキス。
それはつまり……リリカにしていたということだ。
アレクは何度も腕で唇をこする。
「な、なんでお前がここにいるんだよ」
「なんでって、ベッドが一つしかないからじゃないですか。」
……そうだった
アレクの中で記憶がよみがえって来る。
昨日は突然結界が割れて、リリカがやってきて、佐藤とかいう謎の男の襲来があった。
アレク自身は、朝から過激に動いてしまった影響でそのまま一日中眠ってしまっていたのだ。
――リリカは?
自分で昨日言ったセリフが頭の中によみがえって来る。
“終ったらちゃんと報告しに来いよ”
アレクは頭を押さえる。
自分自身の手でリリカを招いてしまった事実に震える。
「俺の、俺の穏やかな生活が……」
アレクはつぶやいた。
しかし、どれだけ後悔しようとも、もう現実は変わらない。
リリカはもうすっかり我が物顔でベッドの上を占領していた。
「キャロットは?」
アレクはとっさに思い出して訊ねる。
リリカが眠っていた場所にはいつもキャロットが眠っているはずなのだ。
「ちゃんとベッドの中にいますよ」
リリカは掛布団をめくって見せる。
そこにはリリカに体を摺り寄せて眠っているアレクの愛猫がいた。
キャロットはもう完全にリリカになついている。
「ああ、キャロットちゃん、今日も可愛いでちゅねえ」
リリカはアレクの真似をしながらキャロットをなでる。
キャロットは小さくあくびをする。
「やめろ! その汚い手でキャロットを汚すな!」
「誰の手が汚いですって!」
リリカは叫ぶ。
その声がまたしても寝起きのアレクの耳にキンキンと響いた。
「おはようございます、アレク様」
リリカはベッドの上で改めてアレクに挨拶をした。
彼女の顔は笑顔で、その声は上機嫌だった。
「自然治癒」
ぼさぼさになった髪を、魔法を当たり前のように使って手直しする。
その様子をアレクはじっと眺める。
「おまえ、魔法使えたのかよ」
「ええ」
リリカは何でもないというようにうなずく。
「魔法使えたのなら、あいつとも戦えただろうに」
「だって、そんなことしたら山が火の海になっちゃうじゃないですか。
そんなことしたら困るでしょう?」
アレクは返答に困ってしまう
リリカはいつも妙なところで頭がよかった。
アレクの結界を破るための計画を企てたのも、リリカなのだと考えてアレクは目の前の仲間を不思議に眺めた。
へらへらしている顔にはいったい何を考えているのだろう。
一緒に旅していた時とは違う表情を、リリカに見せられているような気分になっていた。
「さあ、お腹もすきましたね。何かご飯でも作りましょうか」
リリカはベッドから立ち上がって言う。
「ご飯なんて作れたのか?」
「ええ。レディのたしなみなので」
腰に手を当てるリリカはえらくどや顔だった。
「旅している時には一回も作ってくれなかったじゃないか」
「あれはロゼが料理担当だったからです。あんなおいしい料理を作られたら作るきなんてなくなっちゃいますよ」
「まあ、それは確かに」
ロゼ。かつて一緒に旅をしていた女騎士である。
匠な剣術を扱える騎士でありながら、料理もおいしいという完璧な仲間だった。
たしかに、ロゼと比べてしまったらいけない。妙に納得してしまうアレクがそこには居た。
(ちなみに、アレクとロゼが再開するのはもう少し後の話になる)
リリカはキッチンへ歩いていった。
たった1日しか住んでいないはずなのに、もう我が物顔で家の中を歩いている。
キッチンからは、もうリリカの鼻歌が聞こえてきた。
1人寝室に取り残されたアレクはまだ唇の感触が残っていた。
「言っておくけど、髪の毛へのキスはノーカンだからな!」
キッチンにいるリリカに向かって叫ぶ。
リリカからの返事はなかった。キッチンを物色する音だけが聞こえてくる。
アレクは窓を開ける。そして、2日連続となる朝の陽ざしを受ける。
日差しよし・さわやかな風よし・結界よし。
自分が朝に起きているということ以外、本当に素晴らしい朝だった。
「ああーーーーー!」
キッチンからリリカの叫び声が聞こえる。
何事かと、アレクもキッチンに向かう。
リリカは食材棚の目で腰を下ろしていた。
「どうした?」
「台所に食材がなにもないじゃないですか」
(そんなことで叫ぶなよ……)
リリカが残念そうな顔をしていたので言葉にするのはやめた。
食材棚は野菜の切れ端一つないほど空っぽだった。
もともとめんどくさがり屋なアレクは食事について気にすることなんてほとんどなかった。
2・3日ご飯を食べないくらいは別に彼の気にはならないほどだった。
――しかし、食材が一つもないのは確かにやばいな
アレクはリリカしょげこんでいるの肩を持つ。
そして一つ提案をした。
「それじゃあ、行くぞ、食料採集に!」
「……え?」
リリカは、妙に輝いているアレクの顔を不思議そうに眺めていた。
ep.2 のスタートです。
アレクとリリカの食材探しが始まった。いったい大丈夫なのか、この2人?!
これからもよろしくお願いします!