1-4 アレクは佐藤が許せない
「地獄の業火」
佐藤によって放たれた呪文はアレクを取り囲み、巨大な炎の渦となって襲い掛かった。
まがまがしい炎の塊がアレクを食らうようにうねる。
佐藤は自分が作り出した炎に見惚れていた。
自分の手を握ったり閉じたりしながら、力が本当に自分のものであることを確かめる。
「さようならアレク。これからは僕が最強になる」
勝利を確信した彼は、炎の中に囚われたアレクのことなど意識にはなかった。
ただ自分の妄想の世界へと浸っていく。
「ああ、楽しみだな。これから何をしようか。もうなにしたっていいんだ。俺には力があるんだからな。あの王子も馬鹿だ。突然現れた人間にほいほい力なんて与えちゃってよお。そうだ、この力でまずは城でものっとってやるか。最強の力があればなんだってできるんだ。それで、それで……」
佐藤の妄想の間に、炎の勢いはだんだんと弱くなっていく。
アレクの周りを全て焼き払った炎の渦は、少しずつその幅を狭めていった。
「ほら見てください、。元最強の勇者様のお出ましだ。といっても、もう灰になっているでしょうけど」
火柱はその細さをついに人間1人分までに狭まりつつあった。
消えゆく火の中からは男のシルエットが映し出されていた。
「な、な、」
佐藤は目の前で起こっていることが理解できなかった。
最大火力を出してアレクに攻撃した。しかし、攻撃を終えてみた跡には、何食わぬ顔をして立っている勇者の姿があったのだ。
アレクは炎の柱の中でもあくびをしながら立ち続けていた。
彼はたしかに炎のダメージは受けていた。
しかし、ダメージを受けた場所といえば穴が開いてしまったパジャマと髪と髭くらいだ。
肩のあたりまで髪の毛は、半分ほど焼け落ちて短くなった。
無精ひげは、炎にあぶられほとんど消えようとしている。
結果、火にあぶられた後のはずなのに、彼の身なりはかえって清潔感を増そうとしていた。
勇者としての姿を現す彼の姿が佐藤を威嚇する。
「もう終わったか?」
アレクはまだ熱さが残る頭を掻きながら佐藤に聞いた。
質問に答えられない佐藤。
アレクは彼を無視して距離を詰める。
「近づくな!」
佐藤はリリカを楯にアレクに牽制を仕掛ける。
しかし、佐藤はリリカに攻撃を仕掛ける暇もなく、その場から吹きとばされた。
「グフっ」
予想していなかった一撃に佐藤の声が漏れ出る。
3メートル後方へ、アレクの魔力を受けて勝手に体が吹き飛んだのだ。
佐藤は理解が追い付いていないようだった。アレクはどんどん佐藤と距離を詰める。
ゆっくりと、表情を変えず近づくアレク。
彼から漏れ出る魔力は確実に佐藤にも伝わっていた。
佐藤の手足が震えだす。
アレクが近づくたびにしりもちをつきながら後ろへと引き下がる。
しかし、10歩も行かないほどで、佐藤は木の幹にぶつかり、それ以上後ろに下がれなくなった。
「な、なあ勇者様……悪かった、悪かったよ。俺だって王子に命令されてお前を倒しに来ただけなんだ。わかるか? 俺だって被害者なんだよ」
佐藤は震える声でアレクに訴える。もう彼には余裕もなくなっていた。
アレクはただ佐藤のこと見下ろしながら答える。
「俺にはな、どうしても許せないことがいくつかあるんだ」
アレクはちらりとリリカの方に目をやる。
「あんたはそれを犯した。どうなったって文句は言えねえよな」
アレクの顔は涼しい顔をしていた。
そこには男に対する慈悲も何もない。
アレクから流れる魔力の量が、彼をさらに冷酷なものとして佐藤に映し出させた。
「どうしてだ、どうしてだよ。やっとあのくそ上司から解放されたと思ったのに。死んだら意味ないじゃないか……」
佐藤はボロボロになったアレクのパジャマの裾にしがみつく。
「なあ、何とか見逃してくれよ」
泣きながらしがみつく佐藤の姿を見てもアレクの表情は変わらない。
「めんどくせえ」
それだけ言うと男を払いのける。そうして魔法の構えをとる。
佐藤が放っていたのと同じものだ。
「あんたは確かに強い能力を持っているかもしれない。でもな、この世界にはこの世界のルールがあるんだよ。どれだけ力付けようが関係ないね」
佐藤の下に魔法陣が浮かび上がる。佐藤は自分の目でその存在を確認した。
「ちくしょー! 話が違うじゃねえか」
佐藤は叫んだ。
その目はリリカに向いているようにアレクは感じた。
しかし、それももう、魔法にかき消されようとしている。佐藤の目から光が消える。
「地獄の業火」
佐藤のもとに炎の渦が取り巻いた。
範囲は佐藤が放ったほど馬鹿でかいものではない。しかし、確実に佐藤を狙って力が放たれていた。
魔王討伐の時、数え切れないほど放ち続けた魔法の1つだ。
時間が空いていようと、アレクには簡単にそれをコントロールできていた。
炎の渦が消えた時、もうそこには何一つ残っていなかった。
灰の一つ残さない地獄の業火。それこそがこの技の特徴なのだ。
魔法を知り尽くしている彼には、興奮すら起こらなかった。




