8-5 ティータイムはいつだって変わらない
――デベルの部屋にて
「デベル様、城門が突き破られました!」
1人の騎士がデベルのもとへとやって来る。
彼もまた、デベルが召喚した異世界の人間の1人だ。
デベルは異世界から召喚した人間をしっかりと従えることができていた。
チートの能力を授けられ、城の守衛をすれば好きなようにしていていいという王子の待遇が異世界の人間の支持を得ていた。
彼らはみな、それまでの王の騎士団の服装に身を包み、王子直属の騎士として働いていた。
それは、王子がこの国の支配者になったことを象徴として国民に知らしめていた。
「そんなもの聞こえている!」
デベルは怒鳴り返す。
不機嫌な顔を浮かべていた。
「さっきの音を聞いたら、誰だってわかるわい。報告はいいから、さっさと侵入者を排除してこい!」
「は、はい!」
騎士はそのまま行ってしまう。
のこった部屋にはデベルとアルベルトだけが残る。
騎士が行ってしまうと、デベルは椅子に座って午後のティータイムに戻った。いつも通りの手順で紅茶とお菓子を口に運んでいる。
その一連の流れをじっと見つめているアルベルト。
こんな状況で落ち着いてティータイムに戻れるデベルのことを、とても普通には見ることはできなかった。
「で、デベル様、良いのですか?」
「なにがだ?」
「侵入者ですよ。絶対、勇者たちが攻めてきたんですよ!」
「そんなことわかっている」
デベルは紅茶をさらに一口飲む。
「別に予想通りのことだ。これくらいであわてることはない」
「予想通り、ですか?」
「そうさ。何のために、親父を逃がしてやったと思っているんだ。アレクたちをここまで誘い込むためだよ」
「え、」
「たとえ刺客と互角の力を持つアレクだとしても、それが大量にいたら、とてもかなうわけがない。まんまとここまでやって来たアレクたちをここで一網打尽にしてやるのさ」
デベルは黒い笑みを浮かべる。実の父親すら、自分の目的のために利用しようとするデベルの姿にアルベルトは恐れを感じずに入られない。
そっと、後ろにある魔法陣に目をやる。
異世界の人間を召喚することができる魔法陣。その力を用いて、デベルは多くの人間を自らのコマとして扱い始めた。
もし、魔法陣を消そうとするものなら、一瞬で自分も消し炭にされてしまうだろう。
自分だけならそれでいいかもしれないが、彼には家族もいる。
保護されている、というていだが、実際は体のいい人質でしかなかった。
彼は今はデベルに従う他、選択肢はなかった。
「あの、もし……もしですよ?」
「あん?」
デベルは不機嫌そうに振り向く。
「もし、勇者たちがこの部屋までたどりついてしまったら、その時はどうするつもりなのですか?」
アルベルトの質問にデベルは考えるそぶりを見せる。
それが本当に真剣に考えてるのかはわからない。デベルの腹のうちはアルベルトには読むことはできない。
やがてデベルは口を開く。
「その時は、うまく時間稼ぎして、飛び切り強い人間を召喚するさ」
デベルは落ち着いた様子で答えていた。
しかし、アルベルトには、何気なく出てきた“時間稼ぎ”という言葉が引っかかった。
「……時間稼ぎですか?」
「ああ」
「なにか策はあるのですか?」
デベルはじっとアルベルトを見つめるが、やがて視線を、紅茶に移す。
「まあ……いろいろあるだろ」
それ以上はデベルは何も言わなかった。
アルベルトにとって、それは最悪の答えであることは、言葉になっていなくてもわかっていた。
これから先のことを考えて、アルベルトはそのまま倒れこみそうになる。
アレクたちが来ても地獄、来なくても地獄。彼にとって、状況はほとんど詰んでいた。
「アルベルト君、このお菓子を食べないのかね? 今日の焼き菓子はおいしいぞ?」
アルベルトの様子など気にすることなく、お菓子を勧めてくるデベル。
この肝の座りようが彼の強さの秘訣なのかもしれない。
形はどうあれ、彼は支配者としての才能だけはこの短い期間であらわしていた。
それはほとんど暴君という形ではあるが……
「……いただきます」
アルベルトはそのままデベルの正面の椅子に腰かける。
何の変哲のない、いつものティータイム。おいしい紅茶と出来立ての焼き菓子が並ぶ。
しかし、彼の目の前にいるのは、かつてのわがままな王子様はない。
今、彼の目の前にいるのは、父も伝説の勇者も、何物も畏れぬ暴君の姿があるだけだった。
――勇者様、どうかご無事で
アルベルトにはそう願うことしかできなかった。
「どうしたんだね。アルベルト君?」
「いえ、なんでもありません」
アルベルトは表情をかき消しながら、焼き菓子を口に運ぶのであった。
お読みくださりありがとうございます!
追い払った瞬間「親父」呼ばわりするデベル。
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