8-1 いざ、結界の外へ
朝の陽ざしと共にアレクは目を覚ました。
カーテンは空け放され、部屋には朝の陽ざしがまっすぐにアレクのもとに差し込んでくる。何のためらいもなく、起き上がると、体を伸ばしながら調子を整える。
まだベッドの上で眠っているキャロットに軽くキスをしてから、アレクは部屋を出て行った。
「おはようございます」
アレクの姿を見つけて、リリカが声をかけた。
家の中では、もう皆が目を覚ましていた。
それぞれの思いを抱いてこの朝を迎えたようだ。
リリカは眼の下に大きな隈を作り、へとへとになっている。ロゼは頬に1本の切り傷を作りながら笑っている。シモンはいつになく黒い。
「お前ら、何があったんだ?」
「はは、ははははは……」
リリカは遠い目をしながら笑っている。その後ろでは、アリアンテが申し訳なさそうに首を垂れていた。
「まあ、あれだ。戦いの前の儀式というやつだな」
「あの、黒いのもか?」
「あれは知らん。シモンが黒いのはいつものことではないか」
「いつにもまして黒いぞ」
王と何やら話していたシモンは、アレクの視線に気づき、近寄って来た。黒いローブに大鎌はどう見ても悪役の立ち姿だった。
「おはようアレク。どうしたんだい、朝から僕の方を見て」
「なんでそんなに黒いんだよ」
「今回のモチーフは死神にしたのさ」
「死神?」
「そう。国を混乱に陥れようとしている王子デベルに終焉を伝える死神さ」
「王の前でそれ言っちゃダメだろ……」
王はシモンの声が聞こえているのか不明だったが複雑な表情を浮かべていたがやがてアレクのもとにやって来た。
「申し訳ないが、国のことはお主に託したぞ」
「魔王倒した時と同じです。さっさと蹴りをつけてきますよ」
アレクの発言に、思わず王も苦笑いする。
「お主は相変わらずだな。まあ、それなら心強いというものだ」
王は、そっとアレクの肩に手を添える。そのまままっすぐアレクのことを見つめる。
「お主は、強大な力を持っていながらも、心の優しい青年だ。勇者アレクよ。どうか幸あれ」
「……ありがとうございます」
リリカたちもアレクと共に並ぶ。もう旅立ちの時はやって来たのだ。
家の前で、王たちが見送ってくれる。
「結界は俺たちが出ていったあとにまた張りなおしておきます。デベルの刺客が攻めてこない限りは安全ですので、ご安心ください」
「王の護衛はお任せください!」
グラムが姿勢を正して宣言する。その顔には騎士団長としての誇りがうかがえた。
「それからキャロットのエサもお願いします。よこせと迫って来るので、うまくいなして下さい」
「こんな時に、なに緊張感のないこと言ってるんですか!」
リリカが突っ込んだ。
「うるせえ! 大事なことなんだよ」
「だからって、時と場合というものがあるでしょう!」
「ふむ。勇者の頼み、確かに聞いたぞ」
王はうなずいた。後ろではアリアンテ達が苦笑いをしていた。
「それでは行ってまいります」
アレク達はついに、山を下り始めた。木々が生い茂り、王たちの姿はすぐに隠れてしまったが、それでも、その姿が見えなくなるまでアレクたちのことを見送ってくれているようだった。
――
「それにしても、アレク様。さっきのはやっぱりなしですよ」
「なんだよ」
「キャロットの話ですよ。あんな緊張感のある場所でよく猫のエサの話ができましよね」
「じゃあ、それでキャロットが死んじゃったら責任とれるのかよ?」
「キャロットは丈夫だから、そんな簡単にはしなないですよーっだ!」
2人の幼稚なやり取りが続く。王の姿が見えなくなってからはすっかりいつも通りの調子に戻っていた。リリカもここぞとばかりにちょっかいをかけていた。
「おいおい、そんなにはしゃいでいると罠を踏んじゃうぞ?」
ロゼがあきれ顔で忠告する。
「俺はそんなドジはしねえよ。するとしたらリリカくらいだろう」
「なっ。私だってそんな単純なミスするはずがないですよ! これでも大魔導士ですからね」
自信満々に言い放つリリカ。アレクはその顔をにやりと見つめた。完全に勝機を得た顔である。
「あれ、そういえば初めてリリカが俺のもとに来た時、結構罠に引っかかってたよな? ご丁寧に魔力無効の罠まで」
「そ、そんなこともありましたっけ?」
「そうか、じゃああれも俺を刺客と無理やり戦わせようとするための作戦だったという訳か。腹黒い奴だなあ」
アレクは1人でうんうんとうなずく。
リリカはアレクぁら視線をそらして、そそくさと先に歩き出す。
「そ、そんなことあるわけないですよー。あの時は油断していたんで、罠にはまるのもしかたなかt……」
「あっそこは!」
「え?」
ロゼがリリカに声をかけるが、時すでに遅し。
リリカは足元を見つめる。もう罠が作動してリリカの足元をまぶしく照らしていた。
「ぐぎゃああああああ!」
リリカの悲鳴と共に、雷鳴がとどろく。罠から雷が湧き立ち、リリカを攻撃する。
罠が作動し終わると、そこには電撃に体を震わせているリリカの姿があった。いつももじゃもじゃな髪の毛がいつにもまして縮れている。
「あ、やっぱりわざとではないんだな。疑って悪かったわ」
アレクはリリカのそばを素通りする。
「卑怯ですよ! こんなのズルです」
「なにがだよ。ていうか意味一緒じゃないか」
リリカはすぐさまアレクに追いつき、またわちゃわちゃと小競り合いを始める。
ロゼとシモンは後ろからその様子をほほえましそうに眺めていた。
「この感じも久しぶりだな」とロゼが言った。
「アレクが生き生きとしているからね」
「最初は、いやいや出発するんじゃないかと不安に思っていたが、この感じなら大丈夫ということなのかな」
「なんだかんだ、使命があると輝く男だからね」
「そうなのか?」
「勇者の宿命とでもいうのかね。勇者は、世界や国に危機が訪れた時にしか力を発揮する機会はほとんどない存在だからね。アレクにとってはこれまでの世界が平和すぎたんだ」
ロゼは改めてアレクのことを見つめる。
リリカについてくる形となったアレクは、いつものめんどくさそうな雰囲気は出しながらも、楽しそうだった。
「まあ、アレクが楽しいならそれでいいさ」
「そうだね」
山の麓まで降りていく。
その最中で、リリカは3つ罠にはまっているのだった。
新品同様の服を着てきたはずのリリカは、すっかりボロボロになっていた。
「どうしてこんなことに」
「気にするな、どうせ戦いになったら同じことだ」
「戦いの始まる前からボロボロでどうするんですか!」
「まあまあ落ち着けって。結界の前についたぞ」
山の麓までたどり着いたアレクたち。
直接目には見えないが、そこにはいつもの結界が張られていた。
デベルの刺客が簡単に崩せるようになってからは、敵探知ほどの効果しかなかった。
しかし、アレクにとっては、世界との壁をこの結界を通して作っていた。
「ついに、結界の外に出るんだね。アレク」
シモンが確認するようにアレクに言う。アレクの表情は変らない。
「どうせ、引き返せはしないんだ。出るしかないだろ」
アレクは結界にそっと手を触れる。山全体をかこっていた結界は音もなく消えていく。
ロゼやリリカが先に山の外へと出て行く。続いてシモンが出る。
彼らにとって結界の外もたいした違いはない。
アレクは自分の足元を眺めた。
結界の中の自分の世界と、外の世界。
何も変わらないはずなのに、確かに違っていたはずの世界が今はひとつになってしまった。
――何も変わらないさ
アレクは自分に言い聞かせて、1歩を踏み出した。半年ぶりに山の外へ足踏み出す。そこはやはり、山の中とは何も変わらなかった。
「さあ、行くか」
アレクは最後に山を一瞥し、背を向けるのであった。
お読みくださりありがとうございます!
アレクを結界の外へ出すのに、10万字かかりました笑
ニート勇者の新しい冒険です!
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