4-6 天国と地獄は変りばんこ
帰ってきてしまったロゼとリリカ。
「あれ、アレクの奴スライムを見ていないじゃないか」
「アレク様どこに行ったんですか? また寝てるんですかー?」
2人はキッチンにアレクがいないことを確かめると、寝室の方へと行ってしまった。
思ったより早い帰宅じゃないか?
山の中から探しに行ったのにこんなすぐに帰って来るのか。
とりあえず、アレクをしとめようとするタイミングに出くわさなくてよかった。一番最悪なタイミングはそこだからな。
ただ、せっかく麻痺が完全に解けかけたのに、これじゃ台無しじゃないか。
「アレク様、スライム見ておいてって言ったじゃないですか」
リリカたちが寝起きのアレクを連れてくる。せっかく眠りについたのにすぐに起こされてアレクも災難だな。
僕がこのままずっと眠らさせてあげたのに。
キッチンに入って来たロゼが僕のことを指さした。
「アレクが監視を怠るから、スライムの麻痺も解けてきてしまっているじゃないか。あとちょっとで大事な食材が逃げるところだったじゃないか」
まじ? 麻痺解けるのばれるのかよ。あと、ストレートに食材って言うのやめて、悲しくなる。
「そんなことよりお前達随分と早く帰って来たんだな。調味料見つかったのかよ」
アレクは2人に訊ねる。
そうだ。この2人の帰りは予想なんかよりはるかに早すぎる。
調味料だし、いくつか種類はあるのだろうけど、すぐに見つかったのか? それとも早々にあきらめて帰って来たのか?
審判の時はあまりにも早く訪れてしまった。
心臓の鼓動がこれまでにないくらいに早まっている。体から冷や汗があふれ出して、このまま体が溶けてなくなってしまいそうだ。
彼女たちがどれだけ頑張ってしまったかによって僕の運命が決まってしまう。
「この家から多少の距離の物は探索魔法に引っかかるので、何とか見つけることができました」
リリカは何ともなしに言う。
見つかった、その言葉が俺の胸に突き刺さる。頭の中が真っ白になる。
探索魔法なんてチートがあるのか。そんなもの使われてしまったらどうしようもないじゃないか。
人間から食材へのジョブチェンジか。考えてみるだけでもみっともない。
麻痺とか、ばれるとか関係ないからこのまま大声で泣き出してしまいたかった。
フリーターとして生きてきて30年。やっと見つけたと思った面白い世界だったのに、その成れの果てが珍味だとはな。
「ただ……」
リリカの言葉はそこでは終わっていなかった。彼女の顔が少しうつむく。
「なんだよ」
「……」
リリカは黙ったまま手に持っていた瓶をアレクに差し出した。アレクは渡されたままそのびんを眺める。リリカが申し訳なさそうに説明する。
「瓶は見つかったんですけど、ほとんど底が割れてしまっていて、中身がなかったんです」
「勢いよく飛ばされてしまったらしいからな。リリカの魔法を食らって形を残しているだけ丈夫な瓶さ」
ロゼがフォローを入れている。
瓶があったけど、中身がないということはつまり……調味料はない!!
調味料がなければすなわち……
「じゃあスライム鍋は無理かあ」
アレクが残念そうに言った。3人とも僕と空になってしまった瓶を眺めながらため息をついた。何もしていないアレクが1番疲れた顔をしている。
地獄に突き落とされたと思っていたところからの、突然の天国。僕の真っ白になっていた頭が突然色づき始め、心が躍り出す。頭も胸もどこにあるのかわからないけどね!
「このスライムどうする?」
「鍋に出来ないのなら、このまま置いておいてもしょうがないしなあ」
「ずっと生け捕りにされているのもかわいそうですよね」
アレクたちは僕をどうするのか話し合っている。明らかに僕に風が吹いている。
このままいったんここは逃げよう。うまくそのまま山の中に忍び込んでおいて、夜にまた攻めに来ればいい。
当初の作戦とは多少異なってしまったが、もう問題ない。あとはこの場をうまくやり抜けてアレクを倒すだけだ。
アレクの腹が鳴る。さっき一人で鳴った時よりも大きい音だ。
その音に思わずリリカが噴き出す。
「笑うなよ」
「だって、音が、あまりにも大きいから」
リリカは必死に笑いをこらえている。隣では一緒にロゼも笑っていた。楽しそうで良いなあ。
アレクはそのまま僕の目の前にまた来た。まだ麻痺が少し残っていて魔法は使えない。仕方がないから体をプルプルさせながら、残念そうなアレクをあおってみた。あんまり動けないが、それでも気持ちよかった。
アレクは僕のことを見つめていたかと思えば、後ろにいた2人の方を向く。
「なあ、ゆでスライムっておいしいのかな?」
え?
「味無しですか」
「スライム自体が珍味なら、ゆでてもある程度おいしいんじゃね?」
やばいことを言い出したよ、この人。まだ食材を諦めていなかったよ。
「確かにその発想はなかったな」
「このまま生け捕りにされているのもかわいそうですしね。珍味を味わってみましょう」
天国からのまた地獄。急上昇したり急降下したり、忙しすぎる。もうこれ以上振り回されるわけにはいかない。
アレクたちはそのまま鍋の準備をし始めた。このまま何もしなければ灼熱地獄だ。
――食材になって終わってたまるか!
僕は踏ん張ってそのまま魔力を体に込めた。
体に残っていた麻痺が一気に解ける。それと同時に魔力の振動のようなものがキッチンに伝わってしまった。思ったより強く出しすぎたらしい。
振動はアレクたちにも伝わってしまった。鍋の準備をしていた3人が一斉に僕の方に目をやる。
「今のって」
3人がテーブルの周りに歩み寄ろうとしている。謎の間合いが生まれる。僕は彼らと見つめ合ったまま即座に後ろの扉めがけて走り出した!
「あ、逃げた!」
「待てスライム」
すぐに後ろからアレクたちの声が聞こえてくる。
後ろを振り返っている暇などない。とにかく全力で走りきることだけだ。
「麻痺の突槍」
さっきの攻撃とはケタ違いの槍が突き刺さった。
やばい。早く解除しないと。
俺はもう出し惜しみせずに魔力全開で麻痺を解除する。もうさっき魔力見せちゃったんだ。2回目だって変わらない。
「一瞬で破られた!」
「こいつヤッパリ刺客じゃねえか」
アレクにも完全に気づかれた。これじゃあもう不意打ち作戦は無理だろう。
こうなったらやるしかない。
俺は勢いよく方向を転換して、追いかけてくるアレクに向かって突っ込んだ。
このまま距離を詰めて一気に魔法を使って仕留める。
突っ込む俺に対して、アレクは不意をくらっていた。いける、奴は武器も持っていない。
「勇者の鉄槌」
アレクからこぶしが炸裂する。勢いよく突っ込んでしまったせいでもうよけられない。
あ、これ当たる奴だ。
アレクの返り討ちが綺麗に俺の体に炸裂する。体からぬめっとした破裂音が鳴り響く。
……消えゆく意識の中で、僕は鍋の中に入れられている自分の姿を想像してしまった。
そんな人生も面白かったのかもな。
*****
アレクが攻撃をしてしまった後、そこにはスライムのかけらが飛び散っていた。
「アレク! なんてことをするんだ」
ロゼがすぐにアレクの方に駈け寄る。
飛び散ってしまっていたスライムを見て膝を地につけた。
「せっかくの珍味だったというのに……今日のお昼ご飯だったのに」
「自分襲いに来た奴を食えるか!」
「食材にはもっと愛を込めないといけないだろ!」
「くるってやがるぜ……」
落ち込むロゼをよそに、リリカがアレクに声をかける。
「それにしても、まさか本当にスライムを送り込んでくるとは思いませんでしたね」
「デベルのやつも発想は悪くはないんだけど、なんか足りないよなあ」
アレクの辛口な評論に対して、リリカがアレクの顔をちょっとのぞき込む。
「なんだよ」
「……アレク様、ちょっと楽しんでません?」
「はあ?!」
アレクは顔を赤くした。
「だって、今のアレク様の顔なんだか楽しそうですよ」
そう言って笑いかけるリリカ。アレクはすぐに顔をリリカから背ける。頬の温度が急に上昇している。
――これは楽しんでいるわけじゃない。俺はただ穏やかに過ごしたいだけなんだ。
アレクは何度も自分に言い聞かせる。
リリカはそんなアレクの変化に、それ以上追求はしなかった。ただ少しずつかわっていくアレクのことを見つめながらそっと胸を温めるのであった。
都合のいいようにアレクの腹が鳴る。
「ああ、そうだ。飯食おうぜ。何も食ってないのにドタバタしたからもう限界だ」
「今日の食事はここにいるぞ……」
「そんなもの食えるか! 今日もキノコだよ」
悲しみに暮れるロゼ。彼女は近くに散らばっているスライムの破片を拾い集めた。スライムはプルプル揺れながら、日光を反射している。
「なあ、せめてこれだけでも食べないか?」
「バッチいですよ!」
「でも、でも、本当に珍味なんだ。そうだ、生食べたらでどうなるのだろう?」
抱えていたスライムを一つ掴み、口に入れようとするロゼ。あわててリリカとアレクがロゼの腕をつかむ。
「やめろ。そんなもの食べるな」
「とめてくれるな! 私の体はもう、スライムを受け入れる準備はバッチりなんだ」
「また別のスライムを食べましょう。そのスライムは食べたら外道に落ちますよ!」
何とか食べようとするロゼと、止めるアレクとリリカ。3人のドタバタは今日も続くのだった。
お読みくださりありがとうございます!
ep4完!!
残念スライム君。命のやり取りはいつも無情なのである!!
スライムの素揚げはきっとドロドロしちゃいそうなので、衣つけてコロッケにした方がおいしいかもしれませんね!
まあ、調味料もないアレクの家に衣なんてあるわけないですけど笑
次回は番外編みたいな感じで、アレクたちののんびりしたお話になります!
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・【1日数分で読める】モンスター合体の館でに見聞録
「合体やしきの不可思議な日常」
・個人的な短編集(不定期更新)
「おさむ文庫の気まぐれ短編集」
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