4-5 スライムとアレクのにらめっこ
ロゼとリリカは、山の中に飛び散ってしまった調味料を探すとかいう謎イベントのために外へ出て行った。家の中には僕とアレクだけが部屋の中に残った。
これは僕が望んだとおりの展開じゃないか。
ここで僕が鍋にされないためにやらなければならないことは2つ。
ひとつは無事に逃げ出せること。一刻も早く山の外に出ないといけない。
そしてもう一つは、アレクを倒すこと。
思いもよらない形でこのような状況になったけれど、これはちょうどいい。
どっちにしろアレクを倒さなければ、僕は王子のもとにも帰れないんだ。そしたらずっとスライムのままだ。
部屋に残されたアレクは一度部屋を見渡すと、僕の方に目を向けた。
何を考えているのかわからない。ただじっと僕の目を見つめている。機嫌の悪そうな眼付きだよ、全く。
アレクはそのまま机の前まで来て、椅子に座る。僕の真正面だ。
この距離ならすぐにでも攻撃を浴びせられるのに、体がしびれて動けないのが悔やまれる。
少しずつ魔力を出して麻痺を解けないか試してみたいのに、目の前にお前がいたらできないじゃないかよ。
アレクはただじっと僕のことを見つめる。部屋の中にシーンと静まり返っている。
「……お前やっぱり侵略者なんじゃないか?」
僕のことを見つめながら、アレクが一言。
突然のアレクの一言に、心臓の鼓動が一気に早くなる(ような気がした)。
やっぱりばれていたのか? 勇者ほどの力があれば、こんなの見破るのは余裕ってことか?
ここでアレクにばれてしまうのはまずい。動けない状態で攻撃なんてされたらひとたまりもないぞ。
幸いなことに、麻痺しているおかげで、僕の動揺は見た目には表れていない。ただ、このままアレクの意のままにされてしまうのはやばい。
アレクを倒すとかそれどころではないぞ。
アレクはぶつぶつ独り言を続ける。
「なんだかんだ、こいつは罠のある山の中を潜り抜けて来てるんだよな。ロゼの麻痺攻撃も威力は小さいとはいえ、スライムにはつらいだろうし。そんなに耐久あるもんあのかね」
なんでそういうところだけ勘がいいんだよ。悪役だから正義の味方のやることなんてお見通しっていうことか?
頼むから探偵ごっこなんてやめて、気持ち変えて僕を解放してくれよ。そうしたら今回は見逃してあげるからさ。
僕まだ何も危害加えてないじゃん?
アレクはそのまま推理を巡らせていたかと思うと、思い立ったようにつぶやいた。
「まてよ、もしこいつが侵略者だとしたら、俺は人間を食うことになるのか?」
そうだよ! このままいけば人食いになり果てるんだよ。
共食いだよ、共食い。
さすがに悪党だといえどもそんなことはしたくないでしょ。
さあ、これに気づいたなら早く僕を解放してくれよ!
僕はアレクの耳に届かない訴えを何度も繰り返していた。もし麻痺していなかったら、人の言葉ではない鳴き声も勝手に漏れてしまっていただろう。
それくらい今の僕は饒舌だ。
アレクは僕のことをみつめながら、人間を食うということに思いを巡らせているようだった。刺客とターゲット、食う者と食われるという謎の関係がそこに生まれていた。
真剣に考えているような素振りをしていたアレクであったが、彼の考えは腹の虫にさえぎられてしまったようだ。
部屋の中に鳴り響く空腹の音。誰かがいたら思わず恥ずかしくなっちゃうくらいの音量だ。
アレクは自分の腹の音を聞くと、目の前にいる僕を笑いながら撫でた。
「まあ、人なわけないか。攻撃もしてこなかったし。スライムはスライムだよな」
優しくおそらく僕の頭であろう部分をなでるアレク。
いや、その優しさは絶対に純粋な物じゃないよね?
絶対自分の空腹に負けたよね。目の前に舞い込んできた珍味の誘惑に抗えなかっただけだよね。
少し気持ちは複雑だけど、何とかアレクに侵略者だと疑われずに済んだ。ここからどうするかだ。
「さて、と、もうひと眠りしますか」
アレクはそういうとあくびをしながら立ち上がった。
僕を侵略者ではないと結論付けたから油断したのか、そのまま僕に背を向けて寝室の方に行ってしまった。
もうひと眠りって、もうすぐに昼になりますけど。夜勤明けの僕みたいなこと言ってやがるな。
この勇者さてはニートなのでは?
アレクまでキッチンを後にしてしまうと、そこに残っているのは、麻痺状態の僕だけになった。絶好のチャンス到来だ。
このまま麻痺を解除して、そのまま眠っているアレクを倒すだけ。
完璧な作戦じゃないか。
油断したなアレク。お前は空腹に負けたせいでこの戦いにも負けるのだ。
僕は少しずつ体に魔力を込めながら、麻痺状態を解こうとする。一気に魔力を使ってしまうとアレクにばれてしまうから、少しずつ慎重に。
この世界では状態異常はそこに込められた魔力以上の魔力を自分が放てば回復するらしい。もちろん、解除不能になる類のものもあるらしいが、僕に掛けられているのはそういうものではなかった。
半分くらいの魔力を込めてみる。
最初は何も反応がなかったものの、少しずつ麻痺が取れていく感覚がある。さっきまで動かなかった体が、左右にプルプルさせるくらいならできるようになった。
来たぞ。これならいける。最後のひと踏ん張りだ。このまま麻痺を回復して任務達成だ!
のこった魔力を滲みだしながら、ロゼにかけられた麻痺にとどめを刺そうとする。
「帰りましたよ―!」
最後の最後の段階で開いてしまった家のドア。僕の明るい希望はこの帰宅者によって邪魔されてしまった。
お読みくださりありがとうございます!
僕は昔から表情金が豊かなようで、にらめっこでは、百戦百勝でした。
しかし、そのせいで小学校のころには「変顔王子」なんて呼ばれることも……
何でも王子をつければいいという訳じゃあないんですよね!
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