4‐3 スライムは王都でも大人気だったようです
「アレク様、あれ」
アレクの取り巻きの少女が俺のことに気づいた。もじゃもじゃ頭のちっこい少女だ。
……この勇者ロリコンなのか?
「スライムか」
アレクも僕のことに気づく。スウェット姿でだらしない髪の勇者。
何だそのニートみたいな恰好は。やけに俺に似ているじゃないか。親近感わかせようとして来るのやめて。
アレクはあくびをしながら僕のことを見つめている。
「こいつが侵入者なのか?」
いきなり言い当てられて僕はびくっとしてしまう。
ただ、この世界のスライムが人間の言葉をわかるのか微妙だ。下手に反応するわけにもいかない。
とにかく臆病な演技を続けるしかない。
僕はいま、迷い込んだ山の中で人間に出くわしてしまったスライムなんだ。
「スライムですよ?」
「でも、この間はドラゴンが攻めてきたじゃないか。デベルのことだし、今度はスライムで、なんて言いだしそうじゃないか」
ちょっと待てなんでそんなに鋭いんだよ、この勇者。
ていうかドラゴンって何? あのデブ俺以外に誰か呼んでいたの?
「初めての奇襲だから大丈夫」って言ってたじゃん。嘘?
アレクはじっと俺のことを見つめる。その視線が痛い。確実に僕のことを疑っている。
どこからかわからないが冷や汗がにじみ出す。人間だとおでこあたりのはずだが、スライムのどこに流れているのだろう。
万事休すか……
「まあまあ、アレクよく見てみろって」
そう言う女の声と共に僕は抱き上げられる。
アレクと一緒に居たもう1人の女だ。おかっぱ頭でスポーティという感じだ。腕もがっしりしている。
何というかもじゃもじゃの少女とはまたタイプが違う。
この悪党、相当遊んでやがるな。うらやまけしからん。
「このスライム相当怯えているじゃないか。それにこんなに傷だらけだし、きっと迷い込んできたのだろう」
「そいつはロゼの大好きな強敵かもしれないぜ」
「まさか、スライムが最強なわけがないだろうが」
ロゼと呼ばれている女は笑ってアレクをあしらってくれた。
ナイス!ナイスだぞ!
僕が期待していた台詞を全部言ってくれた。あとはそのままアレクのもとに近づいてくれたら完璧だ。
ロゼと呼ばれている女は僕を抱きしめたまま優しくなでてくれる。
見た感じ凛としていて美人だ。
こんな美人さんがアレクなんかの悪党と一緒に居るのは解せないが、こんなに抱きしめてくれるなら、僕はスライムでもいい気がしてきた。
「やけに優しく抱きしめるのですね。ロゼは強敵以外には興味ないのかと思ってました」
「人のことを変な人みたいに言って。私はスライムも好きだぞ」
「いやいや変態戦闘狂じゃないですか」
いろいろと物騒なことを言うな。
さすが、アレクと一緒に居る女たち、一癖はあるという訳か。
しかし、もじゃもじゃの言う通り、そろそろ僕のことを降ろしてくれてもいい頃だ。
アレクの警戒も解けただろうし、そろそろ一撃お見舞いしてやりたい。
「いや、最近王都では”スライム鍋”なるものが流行っているんだ」
「なんだそれ、気持ちわりい」
「そう思うだろ? しかし、これが意外と珍味でうまいのだよ。私も一度だけ食べたことあるのだが、その味が忘れられなくてな……!」
「はあ、そんなところだろうと思いましたよ」
ちょっと待て。なんかやばい展開になってないか?
スライム鍋?
スライムって……僕?!
完全な手のひら返しじゃないか。
なにがスライムは好きだよ。それ食材として好きなだけじゃないかよ。
「スライム鍋か。最近キノコしか食ってなかったし、たまにはそういう珍味を味わうのもありだよな」
アレクのさっきまでの嫌な目つきが一瞬にして輝きだした。
この悪党!人のことを珍味扱いするんじゃねえよ!
やばい、これはアレクをだまし討ちとか言っている場合じゃない。
一刻も早く逃げないと食い物にされてしまう。せっかくの異世界のチャンスを誰かに食べられるだけで終わってたまるか。
僕は何とかロゼの腕の中から逃げようとする。しかしこの女、なかなかに強い。
「おいおい、どうしたスライム。急に暴れようとするなよ」
ロゼは笑っている。その表情とは反対に腕の力は全然弱くならない。
「私たちの雰囲気に気づいて慌てだしたんじゃないですか? 私がスライムでも逃げたくなりますもん」
その通り!
嫌だよ、食べられてたまるか。
ていうか、僕の気持ちに気づいたんなら助けてくれよ。もじゃもじゃとか言って悪かったから。
「まったくイキのいいスライムだな。これはきっとうまい鍋ができるぞ」
ロゼは笑って言う。ダメだこりゃ、完全に僕のことを食材としてみてやがる。でかい魚を釣り上げた漁師とかこんな感じなのかな。
僕はとりわけ、釣り竿にかかってしまった鯛というところか。
「ごめんな、少しだけびりっとするぞ」
ロゼは暴れている僕にそう囁いた。
「麻痺の小槍」
何かがチクリと僕の体を刺す。それと同時に体全体に電撃が走る。麻痺がどうとか言っていたな。やばい、体が動かない。完全に捕まってしまった。
「さあ、さっそく戻ろうか。今日はごちそうだ」
ロゼは意気揚々とアレクたちに告げる。
「ちょ、侵入者はいいんですか?」
「来たらまた追い払えばいいだろう。そんなことより俺は早くこの珍味を食べたい」
僕はロゼに抱きしめられたままアレクたちに本拠地に向かうことになってしまった。
作戦失敗だ。
お読みくださりありがとうございます!
ナメクジは塩をかけたら死ぬって言うじゃないですか。
じゃあ、スライムは塩かけたらそうなるのでしょう?
ドラクエに出てくるバブルスライムは実は、元のスライムに塩をかけてしまった姿だった……なんてことはないですよね(笑)
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