3-2 リリカは掃除がしたい
「なんでこんなに埃臭いんですか!」
リリカは激怒した。
朝ごはんを食べ終えた、のんびりとしていたはずの時間の出来事であった。
もう一度ベッドに戻ろうとしていたアレクは、そのリリカの声が頭に鳴り響いた。
リリカが、アレクの家に住み着くようになってから10日ほどが過ぎていた。
最初はアレクとの生活に心躍らせていたリリカも、そろそろ現実を見つめだす。
それこそがアレクの家にはびこる埃問題だ。
「なんだよ、こんな朝っぱらから」
アレクはあくびを噛み殺しながらリリカに文句を言う。
「なんでこの家にはこんなにも埃が舞っているんですか」
「掃除してないからじゃないか」
アレクはその回答に何の疑問も抱いていなかった。むしろ怒っているリリカが不思議と言わばかりにきょとんとしている。
しかし、リリカはアレクの回答を見逃さない。
「そう、それです! それが問題なんですよ」
リリカはアレクを指さして勢いよく続ける。
「掃除をしないから、埃がたまる。そして今や、ここは勇者の寝床とは思えない埃の巣窟です!」
「いいじゃないか、俺は別に埃に弱い訳じゃないんだし」
「ダメですよ! このリリカちゃんが埃まみれになったら大変じゃないですか」
「それじゃあどうしろって言うんだ」
アレクはめんどくさそうに頭を掻く。
もう彼の意識は目の前にあるベッドに向けられていた。
リリカは待っていたかのように語りだす。
「掃除です。掃除をすればすべて解決するんです。って、なんでこんな当たり前の事言わないといけないんですか」
アレクは突然立ち上がった。
そのまま熱弁しているリリカのもとへと歩み寄る。
「な、なんですか。そうやって圧をかけたって私の思いは変わりませせんよ」
リリカの抵抗とは反対に、アレクはリリカの手を握った。
「掃除してくれるのか!」
「……え?」
戸惑うリリカ。それと反対にアレクはいやに上機嫌だ。
「いやーちょうど、掃除をしてくれる人がいないかと悩んでいたところなんだよ。これはちょうどいい」
「い、いや、アレク様もやらないと」
アレクはリリカの言葉を遮る。
「この掃除はお前にしかできないんだ。任せるぞ!」
じゃっ、俺は寝るから。そう言ってアレクは再びベッドに戻って行ってしまった。
「はあ!? ちょっ……アレク!」
リリカの声もむなしく、アレクは音速の速さで眠りについた。
彼の意識は埃のことなど気にせずにもう夢の世界へと旅立っていた。
リリカはしょうがなく、部屋を見渡す。
アレクが大丈夫だと言っても、部屋は明らかに汚らしい。
埃をかぶった暖炉に、蜘蛛の巣の張った柱。
朝の陽ざしを浴びているうちは、薄汚れた部屋で済ませられるが、夜になれば完全に魔女の館だ。とても勇者の寝床とは思えない。
「よし」
リリカは腕をまくると部屋の中を見回した。
アレクが目を覚ました時、もう昼になっていた。
起きてみるとそこには、いつもと変わらぬ部屋と、椅子に座っているリリカの姿があった。
「あら、ちょっとまだ埃臭いんじゃありませんか? お嬢さん」
アレクは部屋の真ん中にいるお嬢さんに声をかける。リリカは力なく答える。
「アレク様、どうしてこの家には掃除用具がないんですか?」
「ああ、そういえばなかったっけ」
「さすがにホウキの1本も家に無いのはやばいですって……」
「掃除する気なんて起きないし必要なかったんだよ」
究極のめんどくさがりを目の前にすると、人間はため息しかでなくなるようだ。
リリカは1度ため息をついた後、アレクの顔を眺めてもう1度ため息をつく。
「アレク様、これは非常事態です。ホウキを買いましょう」
「そんな金ねえよ」
アレクの回答にリリカの表情が固まる。
「え? 王様からもらったお金はどうしたんですか?」
「この山を買うのに使った」
「ば、ばかな」
リリカの顔が青ざめる。
アレクはリリカにかまう様子はない。
「山全部買ったんだ。金なんて全部飛んでいくだろ」
「そんな……勇者がホウキの1本も変えないんなんて……」
リリカは頭を抱えた。
目の前にいる勇者のずさんさが、なかなか受け止めきれなかった。
「お前こそ、王室に住んでいたなら金なら持っているだろ」
「私は普段お金を持ち歩かないんです。それに、今さら城に帰れませんし」
「それは自業自得じゃないか」
「ンッグ……」
唸るリリカ。
そのちょこまかと動くリリカを見て、アレクは思い立ったようにリリカに近寄る。
「お前の髪でも使えばいいじゃないか。意外とホウキにでもなるんじゃないか?」
そう言うとアレクはリリカの髪の毛をいじり始める。
くせ毛のリリカの髪に埃を絡めてみては、アレクは面白そうに笑う。
「言わせておけば調子に乗りおって!!」
リリカは突然アレクの手を振り払う。その勢いに思わずアレクも後ずさる。
「もーわかりました! ここまで来たら、私の得意分野で掃除してやりましょう」
リリカは不敵に笑う。
「お、おいリリカ。何をするんだ?」
「簡単な話、埃を全部飛ばしてしまえばいいんですよね? ホウキがないならば、風で全部飛ばしてしまえばえばいいんですよ」
リリカは魔法を唱え始める。
魔法陣が部屋の中に広がる。強大な風属性の魔法だ。
「リリカ! バカ! 家が家ごと飛んじゃうって!!!」
「空斬絶後!」
リリカは魔法を唱えた。
途端に、部屋の中から竜巻が起こる。
その勢いは部屋の埃だけでなく、家具、そして最終的には部屋の壁まで丸ごと巻き込んで大きくなる。
部屋の中で飛び交う家具。
愛猫を抱きかかえながら、必死に巻き込まれないようにするアレク。
自分の世界に浸るリリカ。まさにカオスな空間が生まれつつあった。
結局、リリカが魔法を打ち終わった時、そこには家だった敷地とアレクとリリカとキャロットの3者だけが残った。
冷静に戻ったリリカは目の前でやってしまった現状を理解する。
ゆっくりとアレクと距離を取ろうとするが、すぐにアレクに頭を掴まれてしまった。
アレクに掴まれたリリカは何とか逃げようと手足をむなしくじたばたさせる。
「おい。これどうするんだ」
「いや~、きれいになりましたねえ」
「全部きれいにしてどうするんだよ! これじゃ掃除じゃなくて災害じゃねえか!」
2人に冬の風が突き刺さる。
アレクがくしゃみを1つ。それにつられてリリカも1つ。
2人は冬の洗礼を受けていた。
「どうするんだよ。この寒さの中に放り出されるとか死ぬぞ」
しかし、2人はその空気がだんだん温かくなっていることに気が付いた。
思えば、一瞬で風が温かくなっている……
「汗かいてきたか?」
「奇遇ですね私もです」
一瞬前に受けた風との違いに戸惑う2人。
しかし、リリカが空を見上げた瞬間、その謎が解明した。
リリカはアレクの服を引っ張りながら空を指さす。
「アレク様、あれ、あれ……」
「なんだよ」
アレクも一緒に空を眺める。
リリカが指さすその方向。そこには普段水色になるはずの空が赤く染まっていた。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!
 




