3-1 王子は新しい作戦を考える
ep3のスタートです!
――王子の部屋にて
「ねえアルベルト君」
午後のティータイムに王子はまた不吉な呼びかけをした。この呼びかけで王子がしゃべりだすときはろくなことが起きない。大臣の心臓が瞬間的に縮み上がる。
「どうされました?」
平然を装ってアルベルトは答える。
「この間呼び出した“佐藤”とかいうやつどうなったの?」
「ああ、彼ですか」
アルベルトはとりあえず、王子のそれが自分に向けられたものではないことにほっとした。
肩の力を抜いて、一度座りなおす。
「そういえば帰ってくる気配がないですね」
「あいつを呼び出したのが、3日前くらいでしょ? さすがにもうアレクを殺していい頃でしょ」
「それもそうですねえ……」
アルベルトは王子が座っている後ろに書かれている魔法陣に目をやった。最強の勇者を殺したい、などという王子の無茶なわがままに答えるためにリリカが作った魔法陣だ。
そこからは別の世界に生きている人間を呼び出して、好きな力を付与することができるという、とんでもない魔法がかけられていた。
この何日間アルベルトを悩ませている代物だ。
「まあ、帰ってこないということは失敗したのですかね。やはり最強の勇者というだけあって、そう簡単にはいかないのでしょう」
――これに懲りてもう勇者殺しなんてやめにしましょう。
そう続けて言いたがる口を、アルベルトはぎゅっと抑える。
王子の顔は苛立ちから険しいものになっていた。この時に余計なことを口走れば、ろくなことが起きない。年の功で培われた、彼の自衛本能だった。
「使えない野郎だな。せっかくいい衣装も与えてやったのに。これじゃ、とんだ無駄遣いじゃないか」
王子は一気に紅茶を飲み干す。空になったコップにすぐにアルベルトは紅茶を注いだ。王子はケーキにフォークを突き刺しながらまだ愚痴を続ける。
「リリカはどうした。魔法を使ってからあいつも音沙汰がないじゃないか」
「城の中でも姿を見ないらしいですね」
「死んだのか?」
「いや、死んでたら魔法陣も一緒に消えるはずなんですけど……」
呼び出した刺客はおそらく死に、魔法陣を作ったリリカはどこかで生きている。そこから導き出せる答えに王子は舌打ちをした。
「僕ちんを利用しようなんていい度胸じゃないか」
王子はフォークを突き刺したケーキを一気に口に押し込む。口をめいっぱい動かしてケーキを食べている王子の姿が、アルベルトには野獣にしか見えなかった。その目は黒く輝いている。
ケーキを紅茶で流し込むと、王子は突然立ち上がった。そして、そのまま後ろに書かれている魔法陣のもとに向かう。
「よし、こうなったら2人まとめて殺してやる」
「またやるんですか?!」
「当たり前だろ。僕ちんを怒らせたらどうなるのか、あの2人に分からせてやる」
アルベルトはあわてて王子のもとへ向かう。何とかして説得できないか頭を回転させる。
「王子、これ以上この魔法を使ったら、いずれ城の者にばれてしまいますよ! ただでさえ使ってもいいのかギリギリの魔法なのに……」
別の世界の人間を強制的に呼び出す魔法。そんな魔法は禁忌として扱われる可能性が高かった。
そんな魔法を秘密裏に、しかもこの世界の救世主を殺すために発動させているなんて知れたらどうなるか分からない。最悪の場合、自分まで死に追いやられる。
――もっと最悪の場合、家族まで……!
アルベルトの中ではすでに最悪のシナリオが構成されつつあった。
アルベルトは珍しく語気を高めて王子に説得をする。
「こんなところが見つかれば、王子も私もただじゃ済みません。勇者が気に入らないのはわかりますが、もう少し、」
突然、王子は突然アルベルトの胸ぐらをつかんだ。
顔を近づけながら、冷たく目を合わせる。その顔には一人のわがまま息子ではなく、次期王としてのオーラがをまとっていた。
「ねえ、アルベルト君。僕に指図するのかい?」
王子の一言で、アルベルトのすべての思考が止まった。彼は王子のストッパーではなくなった。王子の圧を目の前にしてアルベルトはただの家来としての立場を思い知らされる。
「い、いえ。そんなことは決して……」
王子は、さらに彼の顔を近づけ、耳打ちする。
「いいか? 今この部屋には怪しいものは何もない。なぜなら、僕ちんが何もないと言ったからだ。もし、見つけた輩がいるなら、捕まえてしまえばいい。理由なんかはいらないんだよ」
王子は大臣を解放する。そして何事もなかったかのように魔法陣を見つめる。
「さあ、アルベルト君。続けよう」
「……はい」
アルベルトは沈んだ声で答えた。目の前にいる暴虐無人の王子を止められる自信が、彼にはなくなってしまった。
王子は改めて魔法陣を眺めながら次の作戦を考え始める。
「さて、あの雑魚がやられてしまったとなると、次はどんな手を使えばいいか」
「前回と同じことをしても、同じ結果になってしまう気がしますが……」
王子は珍しく考えを巡らせている。
アルベルトは1人ため息をつく。こういうところで考える脳みそを国民のために使ってくれれば、どれだけ良いものか。
しかし、もちろん言葉になんかは出さない。
王子は不意にひらめいたと言うように顔を上げる。
「よし決めた。ドラゴンにしよう」
「ド、ドラゴン?」
「そうドラゴン。あの口から火とか吹ける、でかいやつ」
王子の導き出した答えにまだアルベルトはついていけてなかった。
「しかし、人間を呼び出す魔法なのに、ドラゴンなんて呼び出せるのでしょうか?」
「好きな力を与えられるんだから、姿をドラゴンに変えるくらいできるでしょ」
「人間をドラゴンに変えるのですか?!」
「わるい?」
「い、いえ、別に……」
アルベルトはそれ以上王子に言い返すことはできなかった。
王子は魔法陣の前で目を光らせる。
「ドラゴンいいよね! でかい・強い・かっこいい! 僕ちんの大好きな言葉だよ」
「しかし、ドラゴンで本当に最強の勇者に勝てるのでしょうか」
王子は自慢げにアルベルトに向きなおる。
「考えてごらんよアルベルト君。勇者と同じだけの力を持った生き物が、勇者なんかよりも比べ物にならないでかさでやってきたらどうなると思う?」
「……それは確かに強そうですね」
「でしょ? つまりそういうことなんだよ」
王子はそのまま召喚の準備を始める。
王子の作戦に納得をしてしまったアルベルトは、まだ勇者のいるはずの山を見つめた。
――どうかご無事で
アルベルトはこれから勇者に襲いかかる恐怖を予想して祈るばかりであった。




