2-5 リリカはアレクの体に抱き着いた
アレクの放った爆炎が山を襲う。
木々はその熱に耐えきることができずに次々と灰に変わっていく。巻き込まれたものを文字通り地獄に叩き落していく獄炎だ。そう簡単にこらえることなどできない。
アレクはぼんやりする頭の中でただその炎を見取れていた。彼はただ自分の中にある魔力を発散できることに快感を感じていた。
燃え盛る炎の渦、悪魔のような轟音を炎たちはとどろかせていた。
このまま炎は全てを無に帰そうとしていく……
しかし、炎の中からリリカは飛び出して来た。
燃え盛る炎を背景にしながら、走りゆく少女はただ前だけを見つめて炎の外へと飛び出していく。
その体にまとった結界はほとんど消え去り、体は防ぎきることのできなかった炎から煙をまとう。あと数秒でも遅れていれば彼女の体も他の木々と同じように消えてなくなってしまっていたことだろう。
リリカは飛び出して勢いそのままアレクめがけて飛び込んだ。
下心からではなく、ただ無我夢中に体を前に滑らせる。
炎に意識を向けていたアレクは、とっさに飛び出して来たリリカへの反応が送れた。
一瞬のすきも逃さないようにリリカは勢いよくアレクに抱き着いた。もうこれ以上、アレクが魔法を打てないように、しっかりと彼の体にしがみつく。
「おい、なんだよ」
とっさに抱き着いてきたリリカをアレクは引きはがそうとする。このチャンスを逃してはいけない。リリカはしっかりと体に力を込める。
「アレク様、もうやめて!」
リリカは叫んだ。彼女は乾いたのどを震わせながらアレクに訴え続ける。
その声に反応するように、アレクの動きが止まる。
「このままじゃ、全部なくなっちゃいますよ。アレク様の大事なこの木々も山も全部……」
アレクは周りの景色を眺める。山の中は自分のはまった魔法でボロボロになろうとしていた。
しかし、彼の今の頭はその情報をただ曖昧に処理するのみである。
「俺はただ……」
「もう、わかりました! 全部わかりましたから……」
リリカはアレクの言葉を遮りようにただただ訴えた。彼女の乾いた頬に涙が伝う。リリカの涙はアレクの服にしみこんで、彼の腹を濡らした。その冷たさが、少しずつ彼の意識の中にも働いていく
「リリ……カ」
そのままアレクは膝をついて倒れた。活動を急に止めるように、彼の体の力が抜けていく。今度は白目をむいてはいない。
彼は全身の力をリリカにゆだねながら、ただ穏やかにリリカの胸にもたれかかった。
*****
アレクが目を覚ました時、彼はベッドの上にいた。その感覚は重く、彼の体全体には疲労感が強く残っていた。
「ようやく目覚めましたか」
「リリカ」
アレクはリリカの顔をじっと見つめる。
「なんか近くないか?」
アレクの顔のすぐ目の前にリリカの顔が現れていた。どちらかが動いてしまえば、すぐにくっついてしまいそうな近さだ。
アレクはすぐに自分の体の上にリリカの体重を感じる。眠っているアレクの体の上にリリカはまたがっていた。
「気のせいじゃないですか?」
リリカは顔を背けながら答える。
「嘘つけ。この近さが気のせいなんてことがあってたまるか」
アレクはリリカの顔を離そうとするが、リリカはなかなか離れようとしない。
アレクは途中で自分の頭痛に動きがさえぎられてしまう。とっさにリリカもアレクを気遣う。
「あ! ダメじゃないですか。まだ安静にしておかないと」
リリカはベッドから降りてアレクを安静に寝かせる。アレクの頭にはまだ鈍い痛みが残っている。
「もう、毒キノコの効果は消えたのか?」
「毒は回復させましたけど、副作用もあるみたいですね」
体の奥に残っている気持ち悪さや、頭痛。それらはまだ副作用としてアレクの体に残っている。回復するには丸1日はかかることになるだろう。
アレクは自分の体の調子を確かめる。うまく力を出し切れない。毒の副作用ということもあるだろうがそれだけではない。体の力をすべて出し切ってしまったような感覚だ。
――魔力を使い切った跡がある
看病をしてくれるリリカの顔を眺めた。
元気そうにしているが、彼女の体には無数の傷が残っている。声もかすれているように彼には聞こえた。
アレクには記憶がはっきりしていなかった。しかし自分とリリカの状況を見るだけで、何が起こったのかはなんとなく予想できた。
「俺は……何をしていたんだ?」
アレクはリリカに訊ねる。どんな回答が帰って来たとしての受け入れるつもりでいた。自分が魔力を出し切ってしまうということはどんなことかは自分自身がいちばんわかっていた。
リリカは少し考えてから答える。
「ただちょっとキノコを食べて興奮していただけです」
「いや、でも」
アレクはリリカに深く聞こうとするが、頭の痛みがそれ以上アレクに勢いを与えようとしなかった。アレクは言葉を口を止めて頭を押さえる。
「アレク様は気にしなくても大丈夫ですよ。無事に解決すれば、それでいいんです」
リリカはアレクの布団をもう一度直してやるとキッチンへ向かおうとする。
「さあ、アレク様ご飯食べて生をつけましょう。今度は毒のないキノコで」
リリカの後姿をアレクはぼうっと眺めた。
「元気になったらでいいか」
もう一度眠ろうとする頭の中で、リリカに言いたいことを考える。
キッチンに向かうリリカは急に思い出したように振り返った。
「あ、アレク様」
アレクはおぼろげな目でリリカの方を見る。リリカはいやににやけていた。
「私のキスはノーカンにしなくてもいいですよ?」
それだけ言うとリリカはキッチンへと走って行ってしまった
「……え?」
アレクは前髪を何度か触る。
そこには、まだ温かさがあるようにも感じた。しかし、頭痛をしているアレクにとってはその違いを明確に判別できなかった。
試しに唇も触ってみようかと思った。……しかし、首を振ってやめた。
――まあ、キノコの毒のせいにしておこう
どうでもいい理由をこじつけながらアレクは考えることをやめた。
リリカのやさしさに甘えながら、アレクはもう1度ゆっくりと眠りについた。




