プロローグ 王子は勇者が許せない!
新しく連載を始めました。
勇者と異世界転生者のほのぼのコメディーとなっております(大嘘)
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「ねえアルベルト君、あそこに勇者の銅像が置いてあるよね」
デベル王子は窓の外を指さしながら、アルベルト大臣に問いかけた。
2人は王子の生活している部屋の中でちょうど午後のティータイムを始めたばかりであった。
突然立ち上がった王子の行動に、なにか嫌な予感を感じたアルベルト大臣。
どうやらその予想は的中しそうである。
大臣は飲みかけのティーカップを置いて、王子が立っている窓まで駈け寄る。
彼は王子が指さした方向に目をやる。
王子が指さした先には広場があり、その真ん中には2つの銅像が並んでいた。
1つは王子のもの。
もう1つはこの世界の救世主である勇者のものだった。
デベル王子は続ける。
「勇者の銅像の横には僕ちんの銅像も置いてあるじゃん?」
「はい」
大臣はやる気もなく返事をする。
王子がこういう変な問いかけをするときは、だいたい無茶なわがままを言う時だということを、長年の経験から知っていた。
大臣は、じっと窓の外の光景を見ている王子の顔をうかがった。
これから彼の口から出てくる言葉を息をのんで待つ。
「……なんで勇者の銅像の方が人気出ているの?」
「はい?」
大臣は王子の質問の意味がよくわからなかった。
言葉の意味は分かるのだが、それをしっかりと彼の頭の中で処理できなかった。
大臣は、王子の指さす方向をもう一度よく眺める。
50歳を超えて少しずつ悪くなる視界の中でも、老眼鏡を通して何とか状況を捉えようと試みる。
広場に置かれている二つの銅像には見物人が集まっていた。
なるほど、ぱっと見た感じでは2つの銅像それぞれに見物客がいるように見える。しかしそれぞれの銅像を見た時には、たしかに勇者の銅像の方が見物客は多そうだ。
「そ、そうでしょうか? 私にはどちらも同じほどの人気に見えますが……」
大臣はごまかそうとする。
下手な答え方をして王子の機嫌を損ねれば、どういう罰を与えられるかわからないのだ。
しかし、大臣の回答に王子は満足できなかったようだ。目を細めながら外の景色を眺める。
「いや、それじゃあダメでしょ。同じ人気じゃダメでしょ。僕ちんはこの国の王子なんだよ。僕が一番人気があるはずでしょ」
大臣は頭を抱える。
やっぱり王子のわがままはしょうもないことばかりだ、と心の中で嘆く。これから大臣は王子のわがままを何とか抑えなければならないのだ。
「ていうかさ、なんか勇者の銅像が僕ちんのより輝いてない? 物理的に」
王子の無茶な要求はまだまだ続く。
アルベルトは王子と共に窓の外を眺める。確かに勇者の銅像のほうが綺麗だ、というか新しい。
「勇者様の銅像の方が新しく作られましたからね。3か月ほど前ですか。まだ綺麗なのは当たり前のことですよ」
「いやいや、僕ちんの方がきれいでなきゃいけないでしょ。勇者の銅像なんかができる前に、僕ちんの銅像を作り直すべきでしょ」
「銅像は代替わりごとに1つだけ作るという決まりではないですか!」
王子は舌打ちをすると、外の景色から目を背けて部屋の中を歩き始めた。
大臣はひとまず肩の力を落としほっと溜息をつく。
そして外の景色が王子の目に入らないようにカーテンを閉めておいた。
王子はソファに勢いよく腰を下ろし、汚い姿勢のまま座る。彼の腹に溜まった脂肪が、彼の服をはちきれんばかりに引っ張っている。
「ああ、つまんないなあ。あの勇者、生意気なんだよ。ちょっと魔王を倒したからってちやほやされちゃってよ。死なないかなあ」
「ちょ、世界を救ってくれた英雄になんてことを言うんですか。」
「英雄って言ったって、結局はただの冴えない青年だろ? そんなよくわからないやつが俺と同じだけの羨望をまとっているなんておかしいだろ。ああ、思い返すだけでもイライラしてきた」
王子はじっとりと大臣をにらんだ後、鼻をほじりながら恐ろしい命令を口にする。
「じゃあ、決めた。アルベルト君、勇者のこと殺してきてよ。これ王様命令ね。できなきゃ処刑だから」
「そ、そんな、できるわけないでしょうが」
「えー、できるでしょ。アルベルト君一応、お父様の直属の戦士だったんでしょ?」
大臣は青ざめる。全身の血の気が一気に引いていくのが感じられた。
この王子は冗談でも言ったことは実現しようとする。王子の変わらない表情が大臣にとっては恐怖だった。
大臣は必死に言い訳を考える。
「そもそも勇者様は自分の住んでいる山に謎の結界を張っているので、私ごときじゃ近づくことすらできません」
「ああ、そうだった」
王子は舌打ちをする。
「自己防衛ってか? 本当嫌な奴だな。ねえだれか勇者を殺せる人いないの? このままじゃあ僕は暴君になってしまいそうだよ。」
王子はソファに横になりながら駄々をこね始める。
こんなのが次期王になるこの国が、アルベルトにとっては不安にしか感じられなかった。
「もうすでになっていますよ……」
大臣は泣きそうな声でつぶやいた。
その時、突然部屋の扉が開かれた。
「王様お困りのようですね」
突然聞こえた声に、大臣と王子は振り向く。彼らの視線の先には、ひとりの少女が立っていた。
赤いフードをかぶり、不敵な笑みを浮かべている少女は王子の前でも臆することなく奥まで歩き進める。
「そんな王子に紹介したい魔法があるのですが、どうでしょうか?」
「ほう。まさかお前からやって来るなんて珍しいもんだね」
王子と少女は互いに黒い笑みを抱えている。どちらも腹のうちに何かを抱えている悪い笑いだ。
”勇者様に危機が迫っている……!”
焦りを募らせる大臣は、この世界を救ってくれた勇者の無事を祈ることしかできなかった。