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ごめんなさい。

 ザンカルは、私がこの城に来た当初から優しかった。大柄で厳つい顔は、見る者を怯ませるに十分だったが、彼の気さくさを知れば、それは頼もしさに変わる。


 あの一人孤立した舞踏会で、ザンカルは私を救ってくれた。講義中、言葉に詰まると、思った事を言えばいいと勇気づけてくれた。


 シャンフさんの見解では、そんなザンカルは私の事を想ってくれているらしい。私はとてつもない後ろめたさを感じた。


 そんな優しいザンカルに、私はこれから告げなくてはならない。貴方の想いには応えられないと。


 腹立たしいけど、納得行かない所も多々あるけど、私の中には、もうあいつの存在が居座って離れない。


 ······胸が痛い。すごく苦しい。人の好意を拒絶するのが、こんなにも重たい物だなんて。違う。ザンカルは私にとって大切な人だからだ。


 その大切な人の好意を無下にする。そんな罪悪感が私を支配していた。私は城内をとぼとぼと歩き、いつの間にかまた中庭に出て来てしまった。


「あ、リリーカさん。こんにちは」


 作業中のエドロンが、笑顔で声をかけてくれた。そう言えば、こんなに奇麗な花壇なのに、誰かが眺めている姿はあまり見た事がない。なんでだろう?


「それは仕方ありません。魔族は花を愛でる習慣がありませんから」


「え?そ、そうなの?」


「花だけではありません。リリーカさん達人間のように、その季節事の行事や祝祭もありません。これはリケイさんの受け売りなんですが」


 そ、そうなんだ。魔族は風流とは無縁なのね。エドロンの話では、タイラントの御両親が魔族には珍しく花好きで、庭師を置いたと言う。


「そう言う意味では、僕も珍しい魔族ですね。花の世話が好きですから」


 エドロンが快活に笑う。この庭も花壇も、エドロンの穏やかな人柄が形になっている。ここに居るだけで、とても落ち着く。


「······エドロンは、誰か好きな人はいる?」


「え?と、突然何ですかリリーカさん」


「あ、ごめん!何でも無いの。気にしないでね!」


 い、いけない。沈んだ気持ちをエドロンにぶつけてしまった。あら?あそこの花壇の一部だけ刈り取られている。


「ああ。あれですか?あそこの花は、さっきザンカルさんが······」


「リリーカ!!」


 エドロンが言い終える前に、私の名を叫ぶ声が聞こえた。私の心臓は飛び跳ねた。こ、この声は······


「······ザ、ザンカル?」


 私の十歩先に、ザンカルが立っていた。両手には、ツルバラの束を抱えている。ど、どうしてザンカルが花束を?


「リケイに聞いたんだ。人間の世界は、男が女に想いを伝える時、花を渡すらしいな」


 ザンカルがゆっくりこちらに歩いてくる。その一歩一歩が、まるで時間がゆっくり流れているように見えた。


 ザンカルが私の目の前に、花束を差し出した。ツルバラの鮮やかな真紅の色合いと豊かな香りが、私の視覚と嗅覚を支配していく。


「リリーカ。お前が好きだ。お前の答えを、聞かせてくれ」


 ······ザンカルらしい、真っ直ぐな告白だった。私の脳裏に、改めてザンカルの優しさが思い返された。


 初めて会った時から今日まで。ザンカルはいつも優しかった。そんなザンカルに、私は残酷な返答をしなければならない。


 私の為じゃない。ザンカルの為にだ。私はザンカルの目を見る

。逸らしたら駄目だ。ちゃんとザンカルの目を見て言わなきゃ。


「······馬鹿野郎。そんな顔をして泣く奴があるかよ」


 ザンカルに言われて気付いた。私は両目から、涙を流していた

。駄目だ。泣いちゃったら、言葉が上手く出なくなる。


「······ザンカル。ごめんなさい。貴方の想いには応えられません」


 途切れ途切れの震えた声で、私は言い切った。顔を下に向けたかったけど、まだ、まだ駄目だ。ザンカルは私を見ている。


「······他に、好きな奴がいるんだな」


「······うん」


「······そいつは、タイラントか?」


「······うん······」


 私の返答に、ザンカルは弱々しく微笑んだ。手に持っていた花束を私に無理やり手渡す。


「······この花に罪は無い。お前の部屋に飾ってくれ。エドロンが丹精込めて育てた花だ」


 ザンカルはそう言い残し、私に背を向け歩いていく。その背中は、私が今まで見た事がないくらい小さく見えた。


「ザンカル!こんな私を好きになってくれてありがとう!」


 私は精一杯、大声を張り上げた。その声で、ザンカルの足が止まった。


「······馬鹿言うな。こんな女なんて言い方があるかよ。リリーカ。お前はいい女だ。なにせお前は、俺が好きになった女だからな」


 ザンカルは背を向けたまま、小さい声で呟いた。今度は歩みを止めず、そのまま去って行った。


 私は花束を抱えながら、ついさっきまでザンカルが立っていた場所に、いつまでも立ち尽くしていた。




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