悪かったわね!出る所出てなくて!
毒殺される悪夢にうなされながら、私は目を覚ました。目覚めは最悪の気分だった。そうだ。私は魔族に拉致されたのだ。
カーテン越しに朝日が部屋に射し込んでくる。一通りの調度品はこの部屋に揃っており、奴隷と小間使いの中間の部屋にしては悪くない。
私は紅い髪の毛を無意識に束ねていた。鏡を見なくても分かる。癖っ毛の私は毎朝メデューサのような頭をしているのだ。
ベットから起きると同時に、お腹が鳴った。そう言えば、誘拐されてから何も食べていない。
······母さんのキノコスープが食べたいな。日常だった母のスープは、遥か彼方の遠い味になったような気がした。
孤独の余り涙がこぼれそうになった時、ドアがノックされた。
「おはようございます。リリーカ様。食堂にご案内致します」
部屋の外からの声なのに、私は反射的に三歩後ずさった。だが、待たせてはまずいと思い、大急ぎで着替える。
······私はカラミィに案内され、城の廊下を歩いていた。相変わらずカラミィの歩き方は非の打ち所がない。
この愛らしい顔の奥に、悪魔が同居している。待てよ?あの悪魔の顔が本当の顔よね。どう考えてもそうよね。
あの金髪魔族の連中は、この娘の正体を知っているのかしら?そんな事を考えていたら、食堂に着いてしまった。
食堂は三十席はある長テーブルがいくつも並んでいた。この城で働いていると思われる魔族達が、賑やかに朝食を摂っていた。
私が食堂に入った途端、魔族達がフォークとナイフを持つ手を止め、一斉に私を見る。私は固まってしまい、動けない。
ど、どうしよう。皆が私を見てる。そうよね。人間の小娘がこんな所にいるんだもの。その時、私の後ろで男の声が聞こえた。
「この赤毛の娘は、国王タイラントの客人だ!失礼は許さんぞ!
」
大声の主はザンカルだった。ザンカルの声の後、各テーブルから動揺の声が上がったが、直ぐに収まり、少なくとも私をあからさまに睨む魔族は居なくなった。
す、すごい。このザンカルって人、すごい発言力がある身分なのかな?
「こっちだ村娘」
今朝は甲冑を身に着けていないザンカルに伴われ、私は列に並んだ。
「こ、これはザンカル様。我々下々の食堂にどうして?ともかく、列の先頭にご案内します」
ザンカルの前に並んでいた魔族が恐縮している。やっぱりこの人、偉い人なのかな?
「いいんだよ。気にするな。並んだ方がメシのありがたみが増す
」
ザンカルは気さくに返答する。ザンカルは積まれたお盆を一つ持ち、並んだ皿を一つずつお盆に載せでいく。
私は見よう見まねで同様にお皿を取っていく。席に着いたとき、私のお盆には大量の朝食が盛られていた。
「なんだ村娘。お前、小柄な癖に大食いだな」
し、しまった。ザンカルと同じお皿を取っていたら、彼と同じ量になってしまった。
「まあ、栄養を取る事はいい事だ。そうすれば出る所も出てくるかもしれんぞ」
ザンカルは両手を使い、豪快に食べていく。悪かったわね!出る所が出てなくて!私は怒りに任せてパンをひと切れかじる。
「······美味しい」
焼き立ての胡麻パンは、口の中で小麦の味がじわっと広がった
。その他のスープも、オムレツも、文句のつけようがなく美味しい!
「ここの料理長は腕が良いいだろう。ただ少し変わり者でな。あまり近づかんほうがいいぞ」
へ?変わり者?私がこの城に誘拐されて来てから、変わり者しか出会ってないんですけど。
「村娘。じゃあ後でな」
ザンカルはお盆一杯に乗せた朝食を、あっという間に平らげ去って行った。ええ?は、早すぎる!
······無茶な量の朝食を無理やり胃袋に押し込めた後、私は教壇の前に立っていた。えーと。なんで私が教師が立つ場所にいるんだろうか?
そして金髪魔族、白髪眼鏡魔族、紫長髪魔族、何故お前らが生徒が座るべき席に着席している?
「悪いな。遅れた」
ザンカルが加わり、四人の魔族の前に私は立っていた。
「娘。今のお前は私達に教える側。言わば教師だ。しっかり努めを果たせ」
タイラントが両腕を組み、偉そうな物言いで授業の開始を促す。い、一体何を話せばいいの私は?
こんな事なら、父さんの講義をもっと真面目に聞いていれば良かった。私は勉強なんかより、友達とお喋りばかりしていた。
「娘よ。お前の双肩に人間達の運命がのしかかっていると思い、心して話せ」
タイラントが私の緊張を否が応でも上げていく。こ、これってそんなに深刻な話だったけ?
「村娘。そう強ばるな。思った事を話せばいい」
ザンカルは、気さくに話しかけてくれた。や、やっぱりこの人、いい人なのかな?ともかく、私は一度死を覚悟した人間だ。
あの時の気持ちを思い出し、私は口を開いた。
「に、人間と魔族は、お互いをもっと良く知るべきよ!」
四人の魔族が私を食い入るように見つめる。私は、もう後に退けなかった。