わ、分かんない!
······自分の言動には、責任を取らなくてはならない。私はもう十八歳。あれは気の迷いでしたとか、雰囲気につい飲まれてとか、言ってはいけない。
私は意を決してドアを開ける。つむじが跳ねた金髪の魔族は、執務室の机に座っていた。
幸い他の来客は居なかった。私は心臓を激しく動かしながら、タイラントの机の前に歩いて行く。
「なんだ娘。何か用か?」
タイラントは無表情で素っ気なく口を開く。な、何よコイツ。全然普通じゃない。あんな事は何でも無いって事?
わ、私は何度も赤面しながら部屋で転がり悶絶したのに!な、なんか腹立つわコイツ!い、いや落ち着け私。
今回の事は私がした事よ。私が後始末をしないと。ん?でもこう言う事って後始末する物なのかしら?
『タイラント。私に告白とキスされてどうだった?』
ちょ、直接すぎる!だ、駄目よこれは。言われた方もきっと困るわ。
『タイラント。あの時事は気にしないでね』
って、言ってる私がこんなにも気にしてるのに!こ、これも駄目!
『タイラント。あんたのまつ毛って、結構長いのね』
ってぇぇ!何の感想を言っているの私は!!こ、これも絶対に駄目!
「ご、ごめんタイラント。出直すわ」
私はタイラントに背を向け歩き出した。だ、駄目よこれは。もう一度頭の中を整理しないと。
「待て娘」
タイラントの一言で、私の足は止まった。また私の心臓が高鳴る。タ、タイラントから何か言ってくれるのかしら?
「日取りはいつにする?」
「ひ、日取り?何の?」
国王の公式行事か何かあるのかしら?私は間抜けな顔でタイラントに聞き返した。
「決まっているだろう。私とお前の結婚の日取りだ」
······人間。予想もしなかった言葉を言われると、口をぽかんと開いてしまう。私は呆然として、必死に言葉を絞り出す。
「け、けけ結婚?誰と誰が?」
「お前と私に決まっているだろう」
「ど、とうして?なんで突然結婚なの?」
「女の身であるお前にあそこまでさせたのだ。私にも相応の責任がある」
君の想いに応えるよって言っているの?それとも、私の魅力がお前にそうさせたって、自信過剰がそう言わせているの?
わ、分かんない!こいつの言葉の意図が全然分からないわ!
「お、落ち着いてタイラント。結婚と言うものは、お互いがよく理解し合ってからするものよ」
「お前の事ならよく知っている。常軌を逸したくせ毛。貧相な顔と身体。そして······」
女の子の繊細な機微をわきまえない、愚かな男が暴言を言い終える前に、私は奴の顔面に右拳を叩き込み、部屋を出た。
最低!本当に最低あいつ!!私が半泣きで廊下を進もうとすると、背後から誰かの声が聞こえた。
「······リリーカ」
聞き覚えのある声に、私は驚き振り向いた。そこには、呆然と立ち尽くすザンカルがいた。
「······リリーカ。お前とタイラントは、結婚するのか?」
き、きき聞かれた!?ザンカルにさっきの話を!?な、何て言えばいいの?何てザンカルに言えば正解なの?
私がしどろもどろしていると、ザンカルは項垂れ、肩を落として去ってしまった。あ、あの大柄なザンカルが、背中を小さくしている。
······私は胸に痛みを覚えながら、いつの間にか中庭に来ていた。庭師のエドロンが綺麗に植え揃えた花も、今日は目に入らない。
ベンチに座りため息をつくと、誰かが隣に座って来た。
「······あんた。リリーカって言ったっけ?」
「シャ、シャンフさん?」
私の隣に座ったのは、貴族食堂料理長のシャンフさんだった。
「どうしたの?深いため息なんてついて」
長い金髪を掻き上げながら、シャンフさんは私の顔を覗く。シャンフさんの髪って綺麗だな。
······シャンフさんの金髪は、先刻の失礼極まりない金髪魔族を連想させた。私の怒れる顔を、シャンフさんは不思議そうに見る。
「きょ、今日はお一人なんですね。料理人の人達は?」
い、いけない。同じ金髪でも、シャンフさんは全く関係ないのに。
「ああ。あいつ等ね。黙っていると、どこまでも付いてくるから怒鳴ったの。たまには一人にしろってね」
シャンフさんもため息をつく。ぼやきながらも声色は穏やかだ
。シャンフさんも料理人の人達が、自分を守ろうとしている事は気付いているのだろう。
······シャンフさんって頼りになりそうな人だな。どうしよう
。相談してみようかな。
私はタイラントとザンカルの個人名を伏せ、二人の今までの言動をシャンフさんに相談してみた。
「その落ち込んだ男。間違いなくあんたに気があるわね」
シャンフさんは私の話を聞き即答した。ザ、ザンカルが私の事を!?
「その男の為にも、はっきり振ってやった方がいいわよ。一刻も早くね」
い、一刻も早くって。何で?
「振られればそりゃショックよ。でも、そこから立ち直れる。振るのを長引かせると、それだけ相手の男が立ち直るのが遅くなるわ」
······ザンカルの事を思うのなら、早く私の気持ちを伝える。あの、いつも私に優しくしてくれたザンカルに?
五月の気持ちいい風が中庭を吹き抜け、私の赤毛を撫でていった。私の気分は爽快とは程遠く、重く、そして暗かった。




