ただ、その一言だけが必要だったの。
「リリーカ様。貴方の話には十分整合性があります。だが、一番重要な物が抜け落ちている。それは証拠です。私が犯人だと言う証拠はありますかな?」
私を睨みながら、ネフィト執事長は冷たい口調で詰め寄る。私は緊張のせいか、つい大振りに首を横に動かした。
「······証拠はありません。でも、私はこの事をタイラントに説明します」
「ほう?私と貴方。タイラント様はどちらの言葉を信じますかな
?」
ネフィトさんは自信に満ちていた。それはそうだろう。三十年この国に仕えた重臣と村娘。
タイラントがどちらかを信じるか、火を見るより明らかだ。私が流言を吐いたと、タイラントにこの城から追い出されるかもしれない。
でも、疑念の種は残るわ。タイラントの中に、私の言葉が。ネフィトさんが犯人かもしれないと言った村娘の一言が。
それは弱々しく、小さい種かもしれない。でも、何かをきっかけに、それは大きく育つかもしれない。
「······ネフィトさん。その時、タイラントの貴方への信頼が、少しも揺らがない自信はありますか?」
ネフィトさんは沈黙する。私を睨みつける眼光は鋭さを増すばかりだ。私は恐怖に怯えながらも、ここは勝負時だと勇気を振り絞る。
「ネフィトさん!貴方は重大な事を見落としています。何よりも、タイラントは私に夢中なんです!!」
私のハッタリは、甚大な効果を生んだ。あの冷静沈着なネフィト執事長が、口を開けてぽかんとしているではないか!
「······ま、まさか。お二人の仲は、そこ迄進んでいるのですか?」
鉄壁の冷静さを誇っていたネフィトさんに、動揺が見られた。
「そうです!タイラントは理性を保てず、無理やり私に口づけをする位、私にぞっこんなんです!!」
ん?ちょい待て私。いくら緊急の時とは言え、どんだけ端ない事を言っているの?
ネフィトさんは足元がふらつき、背中をドアに預けた。そ、そこまでショックでしたか?言ってる私がちょっと傷つくわ。
「ネフィトさん。タイラントは私の言葉を無視出来ないと思います。何故なら、私に首ったけだからです!!」
もういいや。毒を喰らわば皿までよ。端ないついでに、最後まで言ってしまえ。ネフィトさんは頭を手で抑え、深いため息をついた。
「······リリーカ様。私は先代の国王に仕えるまで、自分の力を過信する無頼の徒でした」
ネフィトさんは、低い声で過去を語りだした。ネフィトさんは冒険者だった頃、自分の力に絶対の自信を持ち、強いと聞けば人間、魔族を問わず戦いを挑んできた。
だが、ネグリットと言う魔族に敗れ、ネフィトさんは瀕死の重症を負った。そのネフィトさんを、ある夫婦が救った。
「······その御夫婦は、旅をしながら薬を売る生業をされていました」
ネフィトさんは命を救ってくれた夫婦に恩を感じ、二人の護衛役を買って出た。そうして三人の旅が始まった。
旅をしていく内に、ネフィトさんは気付いた。その夫婦は、巨大な魔力を持っており、自分は薬では無く、治癒の呪文で助けられたのだと。
夫婦の力を聞きつけたある国の王は、夫婦を召し抱えた。王の夫婦への信頼は時間と共に深まり、跡継ぎの居なかった王は、夫婦に王座を譲った。
「その御夫婦こそ、タイラント様のご両親です」
た、タイラントの御両親は、家臣から王位についたの?
「そして、タイラント様がお生まれになったのです。それはもう、可愛らしい赤ん坊でした」
ネフィトさんは懐かしげに目を細めた。この人のタイラントへの愛情。そしてご両親への尊敬の念はとても強い。
ネフィトさんの話を聞いて、私はそう思った。タイラントと名付けた両親は、深い愛情を息子へ注いだという。
え?タイラントは、両親の愛情を受けなかったんじゃ······
「ニ歳までです。タイラント様はニ歳までしか、御両親の愛情を受けられませんでした」
この国は戦火に巻き込まれていった、国王と王妃は国を守る為に必死で、我が子にかける時間を持てなかった。
息子と過ごせる僅かな時間は、心を鬼にして厳しく接した。いずれこの国を背負って立つ息子を、強く育てる為だ。
タイラントの両親は、即位してから城に呼び寄せた親類がいた。親類も、タイラントの両親自身も、戦争で命を落とした。
「······おめおめ生き残ってしまった私に出来る事は、国王と王妃の代わりに、タイラント様を厳しくお育てする事でした」
······違う。違うわネフィトさん。タイラントに必要だったのは、叱責や詰問じゃない。あなたがこの世に産まれてくれて嬉しい。
ただ、その一言だけが必要だったの。
「······リリーカ様。貴方がこの城にやって来てから、タイラント様は少しずつ変わられました。感情を表すようになったのです
」
ネフィトさんは、タイラントの変化を危惧したと言う。国を守る王として、厳しく育てた両親とネフィトさんの想いが、私によって破壊されてしまうと。
「貴方は危険な方なのです。リリーカ様」
重苦しく呟くネフィト執事長は、苦しそうな表情をしていた。




