この城から追い出そうとしている?
タイラントの業務命令。いや国王命令によって、私はクッキー作りを強制された。失敗作の山から、一つの種類の味の再現。
って、出来る訳ないでしょう!!いちいちレシピを記録していなかったんだから!と、言うものの、金髪魔族の真剣な両眼に圧倒され、私は一日の仕事が終わった後、疲れた身体に鞭を打ち、居残りでクッキーを作っていた。
うう。この城の労働環境、働く者に優しくないなあ。
「······まだ甘さが足りないかな?砂糖をもう少し足してみよう」
私は試行錯誤を繰り返し、タイラントが求めた味になんとか近づこうと試みた。今度は一回作る度に、レシピを克明に記録している。
「リリーカ様。御精が出ますな」
「ね、ネフィトさん!」
突然調理室にネフィト執事長が入って来た。ネフィトさんは、調理台に盛られた私のクッキーを見る。
「タイラント様のお好みの味は、難しいようですね」
ネフィトさんは穏やかに笑みを浮かべる。あれ?でもなんだろう。なんだか冷たい感じがする。
「······リリーカ様。もし仕事が辛く、村に帰りたくなったら、私がタイラント様に取り計りましょう。その時は仰って下さい」
「え?あ、は、はい。分かりました」
私はこの時、知る由も無かった。この言葉は、ネフィトさんの警告だったと言う事を。
翌日も、その次の日も。私は目が回るような忙しの中にいた。なんとか午前中の仕事を終え食堂に行くも、もう昼食の時間は終わっていた。
疲労と空腹にうなだれた私に、食堂から出てきたカーゼルさんが声をかけてきた。
「なんだリリーカ。今から昼飯か?もう食堂は終わりだぞ」
「そ、そうですよね。また出直します」
去ろうとした私に、カーゼルさんが手招きする。
「賄の残りならあるぞ。食べていけよ」
こうして私は、厨房内で賄料理を有り難く頂いた。うう。この野菜煮込みスープ、美味しくて泣けてくるわ。
「今度はメイドの仕事か。大変そうだなリリーカ」
優しいカーゼルさんは、私に紅茶まで淹れてくれた。あの料理対決以降、カーゼルさんとシャンフさんは個室調理場から出て、皆と一緒に調理をするようになった。
城内も出歩くようになったが、四手一族のカーゼルさんと、六手一族のシャンフさんを奇異な目で見る魔族達もいた。
カーゼルさんとシャンフさんを好奇な目から守るように、他の料理人達が常にカーゼルさん、シャンフさんと行動を共にしていると言う。
労働者食堂と貴族食堂。双方の料理人達は、みんな素敵な人達だ。カーゼルさんとシャンフさんが、人目を気にせず働けるようになるといいな。
元気を補給した私は、司令室に戻った。調理室に入ろうとすると、中から誰かの聞こえてきた。
「カラミィ姉さん。リリーカ様の仕事量、さすがにちょっと多すぎない?」
「そうよカラミィ姉。あの赤毛の女、そのうち倒れるよー」
「······ネフィト執事長の指示なの。私にはどうしようも無いわ」
······ハクラン、エマーリ、カラミィの声だ。私のこの忙しさは、ネフィト執事長による意図的な物なの?
私はネフィトさんに言われた言葉と、あの冷たい目を思い出した······ネフィトさんは、私をこの城から追い出そうとしている?
私の中に生まれた小さな疑念は、日を追う事に大きくなってきた。いつものように、私は仕事後に調理室に向かった。
タイラントが指定したあの味に、段々と近づいていた。今日辺り完成するのではと、私は期待していた。
いや、実際早く完成しないと、私の身体が持たないわ。うん。調理室に入ると、調理台に紅茶のポットが置かれていた。
ポットはまだ温かい。喉が乾いていた私は、紅茶をカップに淹れて飲んだ。さあ。今日こそはクッキーを完成させないと。
棚から材料を取り出し、調理台に置いた時だった。あれ?なんだろ。なんか目眩がする。
仕事の疲れかな?私の目眩は一秒ごとに悪化していき、足元が震えて来た。ま、まずいわ。これは、誰か呼ばないと······
私の意識は、調理室のドアに手を伸ばした所で途切れた。




