どうして私に、こんな事をしてくれるの?
勇者ソレット一行が去った後、私は急いで調理場に戻った。そしていつもの忙しさの中、あっという間に夜になった。
最後の洗い物を終えて後ろを振り返ると、副料理長が私を手招きしていた。料理人達が、全員厨房内のテーブルに座っている。
そのテーブルには、いつもより豪華な賄い料理が並んでいた。
「リリーカ。今日までありがとな。ささやかだが、今夜はお前の慰労会だ」
「え?わ、私の?」
皆仕事で疲れているのに、私の為に残ってくれるなんて。私は嬉しさの余り涙ぐんでしまった。
副料理長が乾杯の音頭をとる。ふと個室調理場を見ると、カーゼルさんが小窓から腕だけを出し、手に持つグラスを傾けてくれた。
私は、今までの苦労が全て吹き飛んだ気分だった。人間の私が
、魔族の人達に気遣って貰えるなんて。
そして私は、お給金まで頂いた。袋の中には金貨が四枚も入っていた。村に帰る時、両親と弟のイシトにお土産を沢山持って行こう。
ささやかな宴は楽しく過ぎ、一人の料理人がシクシクと泣き始めた。それが二人、三人と増えていった。
そ、そんな。私の為に泣いてくれるなんて!私もつい貰い泣きしてしまい、ここで働いて良かったと心から思えた。
「ううううっ!!」
三人の料理人の泣く様子は、時間と共に激しくなって来た。それは大泣きに変化し、ついに椅子から転げ落ち、床で大の字になって泣き叫ぶようになった。
え?そ、そこまで泣かなくても?私は呆然として三人を見る。その三人に、副料理長が近づいた。
「······やられたな。コイツは、泣きキノコの毒だな」
な、泣きキノコ?そんなのあるの?と、言うか前回の笑いキノコの毒と言い、この厨房の賄い料理、どんだけ品質管理がいい加減なの?ねえ?
三人は泣き叫びながら、運ばれて行った。私は全身全霊で、足音を立てないように厨房を出ようとした。
その時、背後から副料理長の手が私の肩に乗せられた。
「リリーカ。明日から暇か?」
······こうして、私の調理場での雑用係は明日からも続く事となった。
明日から寝坊が出来ると安心しきっていた私は、うなだれながら廊下を歩いていた。
「娘。私の部屋まで来い」
背後からの突然の声に、私は驚いた。声の主はタイラントだった。こ、こんな夜に、何の用なの?
タイラントの部屋に入ると、金髪魔族は古びた木棚の扉を開いた。中には、いくつもの小瓶が棚に並んでいた。
すごい数。一体いくつあるの。この棚の中の小瓶?タイラントは迷う様子も無く、その中から一つの小瓶を取り出した。
「娘。左手を出せ」
私は怪訝に思いながらも、言われた通り左手を差し出す。すると、タイラントは小瓶から指で取り出した液体を、私の赤切れだらけの左手に塗っていく。
「こ、これは何?タイラント?」
「手荒れ用の薬だ」
タイラントは無表情で答える。薬ってじゃあ、この木棚の中の小瓶は、全部薬なの?
「頭痛用、腹痛用、熱用、様々な用途の薬だ」
や、やっぱりこれ全部薬?それにしてもすごい数の薬だわ。
「私が物心つく頃からこれはあった。腐敗を防ぐ魔法が施されているから、現在も心配無く使える」
タイラントが言うには、治癒魔法は一見万能に見えるが、人が本来持つ自然治癒力を妨げる弊害もあると言う。
緊急でなければ、傷は自然に治すのが一番いいらしい。それにしても、この薬傷口に全然染みないわ。
「終わったぞ。娘」
「あ、ありがとう。タイラント」
タイラントは小瓶を棚に戻した後、窓の方を見ながら無言だ。き、気まずいから何か喋りなさいよ。
「······また明日、私の部屋に来い。薬を塗ってやる」
「どうして?」
「······何がだ?」
「どうして私に、こんな事をしてくれるの?」
「······この城には、治癒魔法を使用出来る者もいる。リケイもその一人だ」
「リケイさんに治療してもらったら駄目なの?」
「先程も説明しただろう。自然治癒が一番望ましいのだ」
「私はすぐ治った方が助かるんだけど」
「······からだ」
「え?何?タイラント」
「私がこうして治療しないと、他の者がお前の手に触れるからだ!!」
「······そっか。うん。分かった。じゃあ私行くね。おやすみなさい」
私は何喰わぬ顔で返答し、機械的にタイラントの部屋を出た。そして自室まで急いで大股で歩いて行く。
さ、さっきのタイラントの台詞は何?他の者が私の手に触れるとかどうとか。あれは一体どう言う意味?
あの台詞を言った時のタイラントの顔は、無表情でも無感情でも無かった。と、とにかく深く考えるのは止めよう。
早歩きのせいか、私の胸の鼓動は、いつまでも落ち着く事が無かった。




