食べる前に、頂きますって言わないと駄目!
昼食前の食堂は無人だった。厨房もまだ休憩時間だった為、料理人は居ない筈だった。ところが、カーゼルさんが釜戸の前に立っていた。
そうか。カーゼルさんは、人目がつかない時は個室調理場から出ているのね。私はカーゼルさんに事情を話し、調理場の使用許可を願い出た。
カーゼルさんは私の話を聞くと、身体をカウンターの死角に隠し、食堂の長テーブルに座る面々を一瞥した。
「······リリーカ。お前があの人達に料理を作るのか?」
「は、はい。料理は苦手ですが、なんとかやってみます」
皆で食卓を囲み、料理を食べる。それが、私がこの争いを収める為に考えた方法だった。
カーゼルさんは四本の腕の内、二本を組みながら私を見た。うう。心臓に悪いので、あんまりその綺麗なお顔で私を見ないで下さい。
「あの人数分を作るのは、お前一人だけじゃ時間がかかり過ぎる。俺も手伝おう」
「え?い、いいんですか?」
や、優しいなあ。カーゼルさん。い、いかん。油断すると恋の沼に沈んでしまう。私は決めていた。この騒動が落ち着いたら、村に帰る事を。
私はメニューをパスタとカボチャのポタージュと決めた。大鍋に擦り下ろしたカボチャを入れ煮込む。調味料を入れる時、カーゼルさんがアドバイスしてくれた。
「入れるのはカボチャオイル、白ワイン、塩だけだ。カボチャの甘さが引き立つよう、調味料を入れすぎるな」
カーゼルさんは、細麺のパスタを茹でてくれる。その間に私はホワイトソースを作る。絶妙の茹で加減でパスタは鉄鍋に入れられた。
私はすぐさまソースを鉄鍋に入れパスタと絡ませる。九人分の食事を作るのは大変だったけど、カーゼルさんのお陰でなんとか完成した。
「カーゼルさん。ありがとうこざいました。あの、良かったらカーゼルさんも一緒に食べませんか?」
だが、カーゼルさん無言で去って行く。その時、私に背を向けたまま、左手の一本を私に振ってくれた。
か、格好いいなあ。カーゼルさん。やっぱり男は口数が少なくて、やる事はやる。これよ!あのハリアスみたいな、口から生まれたような男は絶対に駄目ね。
食堂では、勇者一行とタイラント達が長テーブルを挟んで向かい合っていた。明るい会話が生まれる訳も無く、全員席に座ったまま無言だ。
私は料理が冷めない内に、急いでテーブルに運ぶ。配膳が終わると、私は皆に口を開いた。
「大した料理ではありませんが、冷めない内に召し上がって下さい。話はそれからにしましょう」
私が言い終える前に、タイラントがカボチャスープに手を付けた。
「こらタイラント!食べる前に頂きますって言わないと駄目!」
金髪魔族は不服そうな顔をしたが、私が両手を合わせると、渋々と言った様子でタイラントも手を合わした。
「では皆さん御一緒に。頂きます」
私の掛け声と共に、皆同時に言ってくれた。食事が始まった早々、ザンカルが小さく「熱ぃっ!」と言った。
口の中が切れているから、カボチャスープが染みてしまったのだろう。それにしても、ザンカルもゴントさんも別人のように顔が腫れ上がっている。
二人共、頑として治療を受けなかった。タイラントによると、治療を受けるほどの傷じゃないと本人達は言っているらしい。
いや、ザンカルもゴントさんも顔面崩壊していますよ?今すぐ治療を受ける重症ですよ。それ。
「······美味いな。これは、リリーカが作ったのかい?」
ソレットさんが一番に褒めてくれた。う、嬉しい!
「は、はい。この厨房の料理長カーゼルさんが手伝ってくれたお陰なんです」
「まあ。味は悪くはないな。だがソレット。少しばかり褒めすぎじゃないか?」
ハリアスが大袈裟に両手を上げる。あんたは黙っで食べてなさい!
「じゃあハリアスはお替りは要らないんですね」
「お前のお替り分は俺達が食べる。心配は要らんぞ」
「え!?お、お替り駄目?」
クリスさんとゴントさんが、私に空の皿を差し出す。はい!喜んでお替りをお持ちします!ハリアス。あんたにはあげません。
ザンカル、シースン、リケイも私の料理を美味しいと言ってくれた。ただ一人、タイラントだけは無言だ。ふん。別にいいもん
。
食事が終わる頃、カラミィが皆に紅茶を淹れていた。ハリアスが待ちきれなかったようで、並んだカップに手を出そうとした。
「いけません!それは、リリーカ様のカップです!」
カラミィに叱責され、ハリアスは固まっていた。カラミィは優しく微笑み、私にカップを差し出す。
「さあどうぞリリーカ様。心を込めて淹れました」
いや、込めたはのは心じゃなく毒でしょう。絶対その紅茶、毒が入ってるよね?私、それ飲んだら確実に死ぬよね?
私はカップを満たしている危険な茶色の液体を、後で下水に流す事を決めた。皆が食後の紅茶を飲んだ所で、私は席から立ち上がった。
「······私はこの城に連れて来られた時、もう助からないと思いました」
全員が私を見る。私は心の中で深呼吸し、気持ちを落ち着ける
。
「人間も魔族も、誤った教えを受けて来ました。それが、私なりの結論です」
······図らずも中断されていた私の講義は、聞く者の人数を増やし再開された。それは、私の最後の講義だった。




