喧嘩する気満々なんですが?
私達は、城内にある鍛錬場に移動した。屋根はアーチ状になっており、壁は煉瓦造り、床は石畳になっていた。
ここに入った時、汗と鉄を混ぜたような臭いがした。壁や地面の所々に、黒い染みが見える。
こ、これって訓練で流された血?石畳の中央に、互いに鎧を脱いだザンカルとゴントさんが向かい合っている。
大柄な二人は、身長がほぼ同じだ。胸の厚さも、腕の太さも拮抗している。違いがあるとすれば表情だった。
敵意剥き出しのザンカルに対して、ゴントさんは至って冷静だ。この二人はこれから素手で戦う。私を賭けて。
な、なんでこんな事になったの?と、言うか私の意思を無視して、皆何をしているの?やっぱりこの喧嘩を止めよう。私がはっきりと主張すれば済む事だ。
私がザンカルの元へ行こうとすると、タイラントが私を呼び止めた。
「娘。何をするつもりだ?」
「何って。ザンカルを止めるのよ。彼、完全に興奮状態よ」
「娘。お前は何も分かっていない。あれはザンカルの演技だ」
え、演技?ザンカルが?な、何の為の?
「勇者達を挑発し、その実力の一端を知る為だ。ザンカルは我が軍最強の戦士。その腕前に、奴らがどこまで対抗するか。これは
、情報収集の一貫なのだ」
······勇者達は、いつ魔族の自分達の敵になるか分からない。その時の為に、少しでも勇者達の力を知る必要がある。タイラントはそう続けた。
そ、そんな事をザンカルは考えていたの?ごめんなさいザンカル。猪武者みたいって思っちゃった。
でも、やはりこの争いを止めたくてザンカルに近寄った。ザンカルは私に不敵な笑みを見せる。
「見てろリリーカ。お前は絶対に渡さねぇ!あの野郎、ギタギタにしてやるぜ!!」
······あの。タイラントさん。貴方のご親友、喧嘩する気満々なんですが?いや、これは喧嘩する事しか考えていませんよ?
私が冷たい視線をタイラントに向けると、金髪魔族は小さく頷く。いや、だからね。国王様。ザンカル、情報収集する気ないですよ?
「よし!この俺が審判を買って出よう。いいか二人共、俺が合図をしたら決闘開始だ」
誰も呼んでいないに、ハリアスさんがしゃしゃり出る。ザンカルとゴントさんの横に立ち、ハリアスさんは片手をゆっくりと上げる。
「決闘開始!」
突然、クリスさんが大声で叫んだ。一言も喋れなかったハリアスさん、いや、もうハリアスでいいや。
ハリアスは片手を上げたまま呆然としていた。貴方はそのまま固まっていて下さい。とにかく、クリスさんの掛け声で決闘は開始された。
······そして、一瞬で決着はついた。ザンカルの右拳がゴントさんの顔面を捉え、ゴントさんの右拳がザンカルの顔にめり込んだ。
二人はしばらくその状態で静止したままだったが、両人共同時に膝が崩れ、背中から石畳に倒れた。い、いきなり相討ち!?
私達は二人に駆け寄った。ザンカルは仰向けに倒れたままピクリとも動かない。鼻と口から血を流し、完全に失神している。
それは、ゴントさんも同様だった。タイラントが腰の杖を握り、ソレットさんに冷たい口調で呟いた。
「これでは決着がつかんな。どうだ勇者よ。この二人の続きは、私とそなたで行うか?」
あ、あの魔法石の杖!前に見た黒い光の鞭で、タイラントはソレットさんと戦う気?ソレットさんは首を横に振った。
「止めておこう。俺達は戦う為にここに来たのでは無い」
「······勇者よ。その右手、負傷しているのか?」
タイラントの質問に、ソレットさんは右手の包帯を取っていく
。包帯の下から見えた右手は、黒く染まっていた。な、何これ?
「ある邪神教団を滅ぼした時に受けた呪いだ。この黒い右手で剣を振るうと強大な力を発揮するが、呪いも効力を増し身体を蝕んでいく」
の、呪い?そんな。魔法とかで治せないの?
「諸刃の力か。その呪いを解く方法は無いのか?」
「今それを探している最中だ。だから、なるべく戦いは避けたい」
ソレットさんの穏やかな物言いに、タイラントもそれ以上挑発する事は無かった。私は、自分の考えを話す時は今だと判断した。
「あ、あのソレットさん。あと仲間の皆さん。私なんかの為に、この城に来てくれてありがとうございます」
約一名を除き、私は三人に頭を下げ感謝した。
「この城に連れて来られた時は、もう駄目かと思いました。込み入った事情が多々あるんですが、今私は自分の意思でこの城で働いています」
······死を覚悟して、魔族の親玉を怒鳴りつけた。親玉は私に質問して来た。魔族は人間を殺してはいけないのかと。
妙な性格の親玉だった。親玉の仲間達も変な人達ばかりだ。押し倒すだの、押し倒されないだの、人間の娘の裸が見たいだの。
三人姉妹には常に命を狙われるし。恋に落ちそうになった美形男子は四本腕だし。いつの間にか講義の先生にされるし。
······そして、親玉は親の愛情を知らない困った性格の持ち主だ。
私はどう言えばソレットさん達に伝わるか迷った。私の頭では上手く説明出来ない。私は自分の赤切れだらけの左手を見た。
「全員、食堂に来て下さい!」
私は鍛錬場の出口を指さした。この出口の先に、私の職場がある。そこで私は何をするつもりなのか?
この時の私は、自分の考えに確固たる自信があった訳では無かった。




