この忙しい時に喧嘩売ってんの!?
調理場の臨時雑用係になった私は、朝早くから起床し、前掛けを着用し厨房内を忙しなく動き回っていた。
「リリーカ!皿を並べて盛り付け頼む!」
「はーい。今やります」
笑いキノコの毒で、三人の欠員が出た影響は甚大だった。厨房内はまるで戦場のように殺気立っていた。
この城には二つの食堂がある。身分の高い者専用の食堂と、兵士や城で働く者達の食堂だ。
城中の労働者の胃袋を満たす為に、朝食だけで四百人分を用意しなくてはならない。その人数分の食器が用意されている筈も無く、返却された食器をすぐに洗わないと、お皿が足りなくなる。
私は料理の盛り付け、カウンターへの料理の持ち運びの合間を見て、洗い場に駆け込み大急ぎで使用済みの食器を洗っていく。
「娘。またこんな所にいたのか」
私が洗い終わったお皿を重ねていると、背後にタイラントが立っていた。私は次々と増えていく洗い物に忙殺され、金髪紅目魔族を完全無視していた。
「今日は朝食後に講義を行うぞ。忘れるな」
「今、私は忙しいの!アンタに構っている暇は無いの!」
時間に追われ、頭の中が一杯一杯の私は、つい声を荒げてしまった。その間にも食べ終わった食器が戻されていく。
「そんなに忙しいのか?」
······このマイペース男は!元々この調理場の惨状は、大元を辿れば国王のアンタの責任なのよ!
ギリギリの人員で現場を回しているから、欠員が出ると大変な事になるのよ!もっと末端の労働環境を考えて改善しなさいよ!
「リリーカ!ちょっとこっち手伝ってくれ!」
調理場の料理人達は、国王が厨房内に居ても誰も気づかなかった。それ程皆、目の前の仕事に精一杯なのだ。
「はーい。今行きます。ちょっとタイラント!アンタ暇だったら、ここで洗い物してて!」
「······洗い物?どうやってやるのだ。それは?」
「アンタこの忙しい時に喧嘩売ってんの!?」
私はタイラントを睨みつけたが、金髪魔族は真顔だ。こいつ、本当に知らないんだ。私はこの世間知らずに食器の洗い方を一分で教え、駆け足で他の救援に向かった。
······嵐のような慌ただしさが徐々に収まって行き、厨房内も緊張感が和らいできた。
「山は越したな。皆。この間に飯にしよう」
副料理長が集合をかけ、料理人達がテーブルに集まってくる。目の前には、料理長のカーゼルさんが作ったまかない料理が並んでいた。
今朝のメニューは豚バラ肉の煮込み料理だ。このまかない料理は、表のメニューには無く厨房内の料理人達しか口に出来ない。
このささやかやな特権に感謝し、私は柔らかい豚バラ肉をパンに挟んで頬張る。早朝からの労働による空腹感は、料理の味を更に美味しくした。
あれ?なんか忘れているような?ま、いいか。それにしても、料理人達しか食べれないこのまかない料理の味ときたら凄いわ。
「リリーカ。お前さんは働き者だな。本当に助かってるぜ」
「そうそう。このままずっと調理場で働けよ。俺達大歓迎だぜ」
調理場の人達は私が人間でも、普通に接してくれる。何故かしら?同じ仕事をしているから連帯感が生まれるのかな。
昼の仕込みまで一時休憩になり、各々身体を休めに散って行く。私は紅茶を飲みながらひと心地ついていた。
······何か聞こえる。洗い場からだ。私は振り返ると、洗い場で食器を洗っているタイラントの背中が見えた。
「た、タイラント!あんたずっと洗い物していたの!?」
私は椅子から立ち上がり、金髪魔族の側に駆け寄る。
「娘。今丁度終わったぞ。大皿二百三十枚。小皿四百六十枚。ナイフとフォーク合わせて四百六十本だ」
こ、こいつ洗いながら枚数を数えていたのの?へ、変な奴。
「と、とにかくお疲れさま。まかない料理の残りまだあるから、良かったら食べる?」
タイラントは頷き、テーブルに座った。こうして金髪の国王は、厨房内で料理人達の残したまかない料理を食べ、朝食を済ました。
私は休憩時間を利用し、中庭の庭園にやって来た。庭の作業を終え、帰る途中のエドロンと挨拶を交し、私はベンチに座った。
今日は天気も良く外にいると気持ちがいい。綺麗に整えられた庭園を眺めながら、私は穏やかや気持ちになる。
そう。奴が隣に座るまで。金髪の魔族は無言で私の隣に座った
。そして何の前ぶれも無く、私の手を握ってきた。い、いきなり何すんのよコイツ?
「······散歩道では手を繋ぐ、だったな」
い、以前に私が言った事?また愛情の実験と言う訳?あんたの実験、私に実害が多すぎるんですけど?
突然タイラントは繫いだを手を乱暴に離した。そして離した自分の手を紅い両目で見つめる。
「······まただ。お前に何かすると、私の中の何かが揺らいで行く」
タイラントは立ち上がり、私を見下ろした。
「······もう愛情の実験は終わりだ。お前に近づくと何かがおかしくなる。お前は私に講義だけすれば良い」
そう宣言したタイラントは、そのまま歩いて行った。タイラントが残していった体温が、私の左手からいつの間にか消えていた
。




