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どう?美味しい?

 料理長は長身だった。大柄なザンカルよりも背が高い。肩までの黒髪を後ろで結び、白い前掛けをつけていた。


 そして顔だ!切れ長のまつ毛、高い鼻に形のいい唇。細い輪郭は正に貴公子に見えた。年齢は二十代後半位だろうか?な、なんて格好いい人なの!?


 私の頭の中で、鐘が鳴り始めた。誰かが天使にラッパを吹かせ

、ベルを鳴らせている!ま、まずいわ。このままだと落ちてしまう!


 一目惚れと言う名の恋の沼に!!私の視線が、料理長の首から下に移った時、私は再び凍りついた。


 料理長の肩から、ある筈が無い三本目と四本目の腕が生えていた。私の心の中の天使達は、手にしていたラッパやベルを地獄の口に放り投げ、どこかに遁走して行った。


「······この前の娘か。それが終ったら皿洗いだ!早くしろ!」


「は、はい!!今すぐやります!」


 私は個室調理場を飛び出し、洗い場で無我夢中で皿洗いをした

。か、考えるな!今見た事は忘れるのよリリーカ!


 私の記憶力なら大丈夫!大抵の事は忘れられるわ!自信があるもん!私は自分を説得しながらも思い出してしまう。


 ······あ、あの人。腕が四本あったわよね。私が気付いた時、昼食の仕込みは終わり、料理人達は休憩に入り厨房は無人になった。


 料理長ただ一人を除いて。私は厨房から脱出しようとした時、個室調理場から声がした。


「昼食が終ったら夕食の準備だ。遅れるなよ」


 わ、私はいつの間に厨房の雑用係になったの?料理長のあの姿に怯え、私は返事を出来ずにいた。


「······俺の姿が気味悪いか。ならここには近づくな」


 料理長の声は、どこか沈んだように聞こえた。私は恐る恐る個室調理場に歩いて行った。


「あ、あの。料理長は、昔から腕が四本あるんですか?」 


 私は個室調理場の窓越しに聞いてみた。かなり間を置いてから、料理長の返答があった。


「馬鹿かお前は。ある日突然、腕が生える奴などいるか。四手一族。魔族の中でも希少な部類の一族だ」


 ま、魔族って色々な一族があるのね。そしてその姿形は様々なんだわ。私は今迄、人間と魔族の違いは耳が尖っているかどうか

。それだけだった。


「あ、あの。私は普通の人間なので、料理長の姿は怖かったです

。でも、料理長の作る料理は本当に美味しいと思っています。だがら、また手伝いに来ますね」


 私は個室調理場に一礼をして、厨房からお暇しようとした。


「······俺の名はカーゼルだ。娘、お前の名は?」


「り、リリーカです。カーゼルさん」


「笑いキノコで三人欠員が出ちまった。連中が復帰する迄、手伝いを頼めるか?」


「は、はい!私で良ければ喜んで」


 こうして私は、調理場臨時雑用係に任命された。多少戸惑ったけど、何か仕事があるのは、毎日に張りがあって良い事だわ。


 私は昼も夜も調理場で雑用係をこなした。最後の洗い物を片付けた頃、カーゼルさんも居なくなり、厨房は私一人になっていた


「娘。講義を放棄してこんな所にいたのか」


 厨房に突然タイラントが現れた。私は前掛けで濡れた手を拭きながら思った。講義なんてすっかり忘れていたわ。


「ま、まだタイラントだって体調が万全じゃないでしょ?具合はどうなの?」


 するとタイラントは、厨房内を見回す。


「溜まった政務が忙しく、食事は摂っていない。何か食せる物はあるか?」


 た、食べる物?私も周囲を見たが、もう食堂は閉鎖の時間で、食べる物などある筈が無かった。


「無いか。ならば良い」


 あっさりと諦めるタイラントを見て、私はある考えが浮かんだ


「豪華な物じゃなくてもいい?タイラント」


 金髪の魔族は黙って頷く。幸い釜戸にはまだ火が残っでいた。私は薪を足し、鉄鍋に水と豆を入れた。


「娘。何だそれは?」


「豆スープよ。私料理は苦手なんだけど、この豆スープは不思議と美味しく作れるの」


「とにかく火を通して味をつけろ。口に出来る物なら何でも良い」


 じゃあ自分で作りなさいよ!この王様気取りの金髪魔族!あ、気取りじゃなく、本当の王様だった。こいつ。


 釜戸の強い火力で、豆は煮立って来た。香辛料を入れ、後はひたすら煮込んで行く。人気のない調理場で、スープが煮立つ音だけが聞こえていた。


 ······昨日、なぜ私の手を掴み離さなかったのか。その理由を問いたかったが、この静寂の中で口を開く事が、何故だか躊躇われた。


 そうしている内に、豆はいい具合に柔らかくなった。


「はいどうぞ。リリーカ特製の豆スープよ」


 私はスープを器によそい、タイラントに渡した。タイラントは黙ってスープを口に運んだ。


「······どう?美味しい?」


「······悪くは無い」


 タイラントは豆スープをあっという間に飲み干した。空の器を私に差し出した。お替りって事?


 結局タイラントは三杯の豆スープを完食した。そんなにお腹を空かしていたのかな?タイラントは手にした空の器をじっと見つめている。


「どうしたのタイラント?」


「······初めてだ。料理を美味いと感じたのは」


 言い終えるとタイラントは突然立ち上がった。な、何?


「······お前だ娘。お前が私の前に現れてから、何かがおかしくなった」


 私を見るタイラントの表情は、いつもの無感情の物では無かった。それは、まるで何かに怯えているかのように見えた。


 

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