······また、愛情の実験?
······目覚めた時、私はベットの上にいた。自室の天井を眺めながら、私は自分の記憶を辿った。
······そうだ。私はタイラントをひっぱたき、そのまま倒れてしまったのだ。あの冷たい紅い両目が、熱で火照った身体を寒々しくする。
「あ、気がつきました?」
突然、私の耳に女性の声が聞こえた。首を横に動かすと、メイド服を着た若い女の子が立っていた。
「具合はどうですか?お水飲みます?」
······この娘、カラミィ?いや、違うわハクラン?いやいや、二人によく似てるけど違うわ。
「あ、私、カラミィとハクランの妹のエマーリと申します。」
······カラミィとハクランの妹!?も、もう一人いたのかあの姉妹に?
「姉のカラミィとハクランがリリーカ様に大変失礼を働いたそうで。ごめんなさいです」
······いえ、ただ毒殺すると脅されたり、果物ナイフで刺されそうになっただけです。大した事はありません。はい。
「水はここに置いておきますので、ゆっくり休んで下さいねー」
······黄色い髪をしたこの娘も、可愛らしい顔をしている。美人三姉妹の末っ子は、笑顔を残して去って行った。
私は有り難く水を頂き、再びベットに横になる。タイラントへの怒りはまだ残っていたが、今は身体を休めるのが先決だ。寝よう。
「リリーカ!具合はどうだ?治ったか?」
ノックを完全無視し、ザンカルが乱暴に入室してきた。手に持った籠には、果物が山のように盛られていた。
······あの、いま正に治そうとしている最中なので、出来たらそっとしておいて。
「弱っている奴を押し倒す訳にはいかんからな。早く治せよ」
いえ、弱ってなくても押し倒されるのは困ります。はい。ザンカルは私の頭を軽く叩き、大股で去って行った。
······ちょっと雑だけど、やっぱり優しい人だな。ザンカルは。私は再び眠りにつこうとした。
「リリーカ起きてる?寝付けなかったら、いいお酒があるわよ」
うとうとしていた時に、シースンが酒瓶片手に入っで来た。
「しらふでも風邪の時でも、寝付けない時はこれを飲めば一発で眠れるわよ」
ご遠慮させて頂きます。それを飲んだら確実に症状が悪化してしまいます。シースンが酒瓶を残し退室したのと入れ替わりに、リケイがやって来た。
私の弱った身体に悪寒が走る。い、一番危険な男が現れた。私は素早くリケイの着衣を確認したが、彼はまだ脱ぎ出していないようだ。
「······リリーカ殿。タイラント様の事ですが」
リケイは浮かない顔でベットの前の椅子に腰掛けた。沈んだ顔をしていても、この人は本当に綺麗な顔をしている。内面はかなりおかしいが。
「リリーカ殿。私はタイラント様が九つの頃から、勉学の教師を務めさせて頂きました。あれから、もう十三年になります」
ん?と、言う事はタイラントは今、二十二歳?気になって他の人の年齢も聞いてみた。するとザンカルはタイラントと同い年の二十二歳。
シースンは二五歳。リケイは二十九歳。メイド三姉妹は、上から十九、十八、十七らしい。
「リリーカ殿。タイラント様を責めないで下さい。あの御方は、御両親の愛情を受ける事なく、ここまで成長されたのです」
······やはりそうなんだ。私の考えは正しかった。タイラントの御両親は、冷たい人達だったのかしら?
「······特別冷たい方達と言う訳ではありません。全ては戦のせいです。タイラント様がお産まれになった頃のこの国は、戦争の時代でした。そんな非常時に、当時の国王と王妃は国を守るのに必死で、子供に目をかける余裕が無かったのです」
······そんなに大変だったんだ。じゃあ戦争さえ無ければ、タイラントは普通に親からの愛情を受ける事が出来たのね。
リケイが去った後も、私はタイラントの事を考えていた······ひっぱたくのは、ちょっとやりすぎたかな。
タイラントが無感情になったのは、戦争のせいで彼の責任では無かった。私は胸の中にわだかまりを残し、いつの間にか眠った
。
······なんだろう。何かいい匂いがする。私は意識が覚醒するのを感じ、嗅覚が反応した方を薄目を開き見た。
ベッドの前に、タイラントが座っていた。その右手に持った陶器のグラスから、私が感じた匂いが湯気と共に立っていた。
タイラントが無言でそのグラスを私に差し出す。私はなんとなく受け取ってしまった。タイラントが頷くので、私はそのグラスに口をつけた。
「······これ。ハチミツ入りの牛乳?」
なぜこれをタイラントが?······そうだ。私がタイラントに話したんだ。親が子供にしてくれた事柄に、ハチミツ入りの牛乳があった。
「······また、愛情の実験?タイラント」
私にキスをした事と同様に、このハチミツ入り牛乳も、自分が何かを感じるか試しているのだろうか。
「そうだ。お前が私に話した内容と、同一の事を実践している」
タイラントは相変わらず無表情だ。実験は二度目も失敗に違いない。
「······それで?何か感じたの。タイラント?」
「何も感じないな。ただ······」
「たた何?タイラント」
「顔だ。娘。お前が私を叩いた時の顔。あの顔を思い出すと、心臓が妙な動きをする」
タイラントは表情を崩さず話す。私はタイラントの言葉を聞きながら、ある一つの考えが浮かんだ。
私はタイラントがこんな事をするのは、単なる知的好奇心だと思った。けど、それは違うのかもしれない。
タイラントは無意識に、心の奥底では誰かの愛情を求めているのでは無いだろうか?硬く凍りついた心の中から、その氷を溶かそうとする何かがあるのかもしれない。
それが、タイラントをこんな行動に駆り立てているのではないか。私は重い頭の中で、そんな仮説を立ていた。
私の手に持つグラスから、湯気が昇り私とタイラントの間に壁を作る。当の本人は、いつまでも無表情な顔で私を見ていた。




