なんで私にあんな事をしたの?
私は、深夜の城中を彷徨っていた。頭の中の頼りない記憶は、さっき迄の私の行動をおぼろげに思い起こさせる。
······確か私は、タイラントを張り倒し、回れ右で駆け出した。そして城の中で迷ってしまったのだ。
私は無意識に指先を唇にあてた。この唇に、ついさっき別の唇が触れた。いや、触れたなんてあやふやな物じゃない。
密着した。くっついた!とどのつまりあれはキスだ!!······私は足に力が入らず座り込んでしまった。
······初めてだったのに。初めてのキスが、私を拉致した魔族達の首魁に奪われた。一時の衝撃が落ち着いてくると、私の中に沸々と怒りが湧き上がってきた。
······許せない。アイツ、一体どう言うつもりで私にキスしたの!?気まぐれ?気の迷い?お遊び?ご乱心?
どれに該当しても絶対に許せない!!心が凍りついた可愛そうな奴と、一瞬でも同情した自分が馬鹿だったわ。
怒りに任せてザンカル並の大股で歩いていると、運良く自分の部屋に辿り着けた。あれ?ドアの前に誰かいる?
私の部屋の前に立っていたのはハクランだった。な、なんでこんな深夜に?ロウソクの灯りに照らされた彼女の顔は、暗く沈んでいた。
「······ごめんなさい。リリーカ様。こんな夜分に」
え?ど、どうしたのハクラン?そんな思いつめた顔をして。
ドンッ!!
何かが私の頬を掠め、ドアに突き刺さった。それは、鋭利な果物ナイフだった。そしてそのナイフを握っていたのは、恐ろしい形相で私を睨むハクランだった。
「······リリーカ様。私。私ね。昔からお慕いしていたの」
は?はい!?お、お慕いですか!?貴方ももしかして、カラミィと同じくタイラントの事が?
「ザンカル様と踊るリリーカ様を見て、私は我慢が出来なかったの」
そっち!?姉のカラミィはタイラントで、妹のハクランはザンカルの方!?
「リリーカ様。私は姉のように小細工は好きじゃないの。正々堂々と戦いましょうね」
い、いやいや。こんな夜更けにナイフで人を脅して、正々堂々も何もないでしょう貴方。ハクランはドアにナイフを刺したまま、静かに去って行った。
「ハックシュンッ!」
静まり返った深夜の廊下に、私のクシャミが響いた。
······翌朝、私は大量の鼻水を出しながら目覚めた。全身がだるく、悪寒がする。間違いない。私は風邪をひいてしまった。
昨晩、半乾きの髪で冷えた城中を歩いたのがいけなかった。私は何度か咳込み、私の戦場に赴く為に身支度を整える。
講義室には、いつもの面々が律儀に着席していた。強面笑顔魔族。酒乱美人魔族。発情眼鏡魔族。
······そして、私の初めてのキスを奪った破廉恥外道金髪魔族!!私は怒りを込めてタイラントを睨んだが、本人はどこ吹く風で平然としている。
······聞きたい。どう言うつもりで私にあんな事を。でも、こんな公衆の面前でそんな事が聞ける筈もなかった。
熱のせいか頭が重い。喉に乾きを覚えたが、教壇の上にあるグラスには口をつけなかった。
シースンを見ると、何やら嬉しそうに頷いている。このグラスには、酒が盛られている事は決定的だった。
ふとザンカルと目が合うと、彼は優しく微笑む。だ、駄目だ。なんだか照れてザンカルを静視出来ない。
雑念で一杯の私の頭は、更に重くなってきた。い、いけない。この連中に何か話さないと。
「娘。早く講義を始めろ。私はそんな暇ではないのだ」
タイラントが偉そうに私に促す。どの口が仰っているのこの外道魔族!!誰のせいで雑念てんこ盛りになっていると思ってんの!
「······何でタイラント?」
ちょ、ちょっと待て私!これから何を言うつもりだ?それはこの場では言っては駄目!絶対に駄目よ!
「何で私にあんな事をしたの?」
熱に侵された私の頭は、感情の抑制が効かず、暴走は始めた。私の一言で、教室内はざわつき始めた。
「あんな事?ああ、あれか。お前が言った事を実践してみただけだが?」
「······実践?どう言う意味?」
「お前が言った愛情とはどんな物か。確認してみただけだ」
······親がしてくれる、愛情が込もった目覚めのキス。私は確かそんな事をコイツに言っただろうか。
愛情を知らないタイラントは、私が親から受けた愛情表現を自身で行い、愛情とは何かを確かめたと言うの?
「······それで。どう思ったの?タイラント」
「何も感じなかったな。理解不能だ。全く無益な事をしたと思っている」
金髪魔族の両目は、綺麗な紅い色をしていた。だが、それは感情を伴わない、氷の目だ。
パンッ。
気づいた時、私はタイラントの頬を叩いていた。数回咳込み、私は感情の無い人形のような魔族を見下ろす。
「······アンタは心が抜け落ちた人形よ。タイラント。そして空っぽの心は、厚い氷で覆われいるの」
タイラントは机に座ったまま、氷の目を私に向ける。
「······娘。それはどう言う意味だ?」
「自分で考えなさい!この馬鹿!!」
大声を出した私は、急に身体の力が抜け落ちて行く。視界が暗転し、私の意識はそこで途切れた。




