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第6話「家庭について思うことは多いようです」



 一階に降りるとダイニングにつく前からビーフシチューのいいにおいが鼻腔をくすぐる。


 食器を並べる小気味いい音が聞こえ、ダイニングテーブルの向こうでは俺達の母さんが食事の用意をしてくれていた。



 足音に気がついたのかこちらを振り返り花がほころぶような笑顔を浮かべる母さん。


 この人はこの家で誰より子供っぽく……ではなく童心を忘れない可愛らしいお茶目な人だ。



 「由香ちゃん、祐ちゃん呼びに行ってくれて有り難うね」



 「はい!お母様のビーフシチュー、久しぶりなので楽しみですねってお兄様とも話していたんですよ」



 「ええ。いい香りですね」



 「まあ嬉しい!週に一回だけじゃなくて総司さんにお料理禁止も解いてもらいたいわ……」



 「うふふ、お母様。お父様も色々お考えがあるのですわ」



 由香が話をそらすようにおほほと笑っている。由香は何かを隠しているときにこの笑い方をする。かわいい。



 そう、母さんの料理は実は味が壊滅的なのだった……。


 本人の自覚は無いものの、生粋のお嬢様育ちで台所に立つ機会が無かった母さんが作るものは何故かとんでもない味になるのだ。



 母さんは俺が小さい頃も女優として忙しくしていたので、食事を作るのは毎日ではなかったが、その破壊力は半端なものではなかった。



 レシピ通りに作れば良いのでは?と幼い僕は一緒に料理をしてみたのだが、なぜか知らない間に隠し味と称したゲテモノを母さんが入れており、結果は惨敗。その後何度試しても母さんが良かれと何かしらを入れているのだった。


 この俺が唯一敗北し諦めた相手と言っていい。



 当然母さんを溺愛している父さんが強く言える訳もなく、父さんに睨まれながら俺と由香は我慢していたのだった。



 しかし最近ようやく父さんが宥めるのに成功したようで、母さんが料理をするのは週に一度の夕飯のみという決まりができた。



 母さんには申し訳ないが、母さんを尊重する面でも家族間の交流という面でも、由香の衛生面にとっても現在の我が家ではかなり良い結果だっただろう。


 そのため食事は俺、由香、家政婦さんと週に一度の母で当番制となっている。




 そんな壊滅的な母さんの料理だが、ビーフシチューだけはその例外であり、我が家のソウルフードとなっている。


 一体普通の材料の他に何が混ぜられているのか……は聞かない方が良いことだが、味は最高なので家族皆で素直に母さんを称えることができる。



 そのため余計に母さんが料理について自覚しない悪循環が生まれてしまうのだが、これは仕方のないことだ。


 わが家は母さんの穏やかさ中心にまわっているため、それくらいは甘んじて飲み込むべきものだ。



 幼少の頃の多感な時期を母さんの料理で揉まれ過ごした俺は強い人間になりました。





 「何やら賑やかだな」



 父さんが仕事から帰ってくると母さんが駆け寄って抱きつき、勢いのままそのままくるんと一回転。幸い部屋は広いため危ないことはない。



 「総司さん! おかえりなさい」



 「ただいま由奈さん」



 「今日はみんなの好きなビーフシチューなの! 力を入れて頑張っちゃった!」



 「そうかそうか」



 きゃっきゃといちゃつく親は割りと目の毒だが、由香がにこにことそれを眺めているのでまあ今日くらいは俺もお小言は言わないでおこうと思った。



 乙女ゲーム『こいしが』の設定を知ったからというわけではないが、こうした普通の暮らしは実はとても恵まれていたのだと日々痛感させられる。


 それに仲がいいに越したことはない。



 ……だがこんな年中いちゃつく夫婦だけがいいのではなく、人の数だけ、夫婦それぞれの関係があっていいのだ。


 つまり……俺は思うのだ……長い……長すぎると……!! 後は部屋でやってくれないかとは思ってしまう。



 「じゃあ総司さんは手を洗ってきてね」


 


 「ああ」



 ぱっと母さんが離れたかと思うと名残惜しそうな父さんを洗面所へと押し出した。


 やり手と言われる父さんがこんな様子だと知れば部下はどう思うのだろうと思うと面白かった。



 「……俺達はもう座ろうか、由香」



 「そうですねお兄様!待ちくたびれちゃいました」



 「だな」



 俺達は苦笑しながら、のこりの食事の準備を全て済ませ席についた。




 ***



 「そうそうお兄様、この間の雑誌みましたよ!」



 食事中、由香が思い出したように雑誌の話題をふってきた。



 「……耳がはやいな」



 「わたしだって今時の娘さんなんですから! 雑誌くらいみますもん」



 「あれ対象年齢由香より年上向けの雑誌じゃないか?」



 「むむ、年齢制限があるわけでもないですし普通に買いますよぉ。いい雑誌ですよね」



 「そうだね」



 少しむくれる由香の頬を指で押すとぷしゅうと空気がもれて穏やかな笑い声に包まれた。



 「かっこよかったわよねぇ祐ちゃん。お母さんマネージャーとボディーガードさんに自慢しちゃった」



 「あの大人気モデルなMAKOTOと並んで見劣りしない美しさな上に、あの数枚だけで沢山ファンの子達ができたみたいですよ? さすがお兄様です」



 由香が私のSNSでもみんな話題にしてますと言いながらむふんと自慢気に笑っている。


 口々に誉められて少しばかり照れてしまう。家族に言われると尚更だ。


 はにかみつつありがとうと返した。



 ……いつまでも自慢できる兄や息子でいたいものだと思う。



 「……そうだ、父さん。さすがに今回ばかりは困惑しましたよ」



 父さんにお小言を言う丁度いい機会のため黙って食事をしていた父さんの方を向く。



 「してたようには見えなかったと五十嵐に言われているぞ」



 さっきのでれでれぶりはどこにいったのか?という程威厳たっぷりに返される。


 いつも思うが母さんと俺とで態度が違いすぎる。



 「そりゃ、いつかはメディアに出ることは覚悟していましたが。いいんですか?モデルというイメージがついて回ることになりますが」



 「お前が有能であれば関係のないことだ」



 「……そうですね。努めます」 



 そう言うと、父さんはふっと少し笑った。



 「……信頼している」



 「!!」



 父さんがこちらを見据え真面目な顔で口にしたこの言葉に俺はかなり驚いた。


 いつものように、そうだなとかああとか、そういう言葉で流されるかと思っていた。


 普段俺に対して労うような言葉は滅多にくれなかった父親は、信頼しているという言葉ひとつでこんなにも人に感動を与える。



 これまでの俺を見て、こうした言葉をくれるとは。



 母さんも由香も成り行きを見守り、微笑んでいた。



 正直、こんな言葉ひとつでこれからももっと精進しようと思ってしまった俺はかなり単純な男なのかもしれない。


 でも自分のそういうところは結構嫌いじゃないと思った。


読んでいただいてありがとうございます。評価や感想、うれしいです。これからも続いていきますので、楽しんでいただけたら幸いです。

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