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第1話 「執事になるそうです」

カクヨムにもいます。初投稿です

 輪廻転生何てものがこの世に本当にあるとは知らなかった。




 いつもいつも、この世界にどこか既視感を覚えてはいた。


 小さな頃から物の道理を知っていたし、勉強だって昔から今にいたるまで全国模試で一位を取り付けており同年代の誰よりも優れてできていたと自負している。


 しかしこんなことが現実にあるとは予想もしていないだろうが!


 次々と襲い来るように思い起こされる前世の記憶。かつて日本に生きた三十路男の記憶。俺は今世で習得した鉄壁の外ヅラを張り付け、顔には絶対に出さないが心の中で特大の溜め息をつく。




 思えば今日はいつもよりもやけに早く起きてしまったし、学校内の通路を歩けばパンを咥えた女子生徒が突進してきたし、いもけんぴを髪につけた女子生徒が前を歩いていたし、すれ違った女性教員が何度も俺の目の前でハンカチを落としていた。ハンカチは拾って手渡した。


 何か妙なことばかり起こると思っていたが前世だなんてこれはあまりにも、と少し目眩がした。




 「お久しぶりです、祐太郎さん」




 目の前で淑やかに微笑む彼女は天宮真帆。透明感のある黒髪の美少女で、これから高校一年生になるという時期にしてはスラッと伸びた長身の、存在感のある少女だ。


 生粋の大和撫子のお嬢様で、この世界における『悪役令嬢』でもある。


 そう、そんな仰々しい肩書きをもつ『登場』人物。



 今までに何度も会ったことはあるのだがこれまではただ単に外面のいい女だなとしか思っていなかった。



 この私立天帝高等学校の学生寮予定地という場で彼女に会うまでは。



 この場で今まさに、俺の前世の記憶が呼び起こされている。




 「私のお父様に執事となることを強いられてしまったとか。申し訳ありません、祐太郎さんは今年度から二学年でありながら生徒会長もお務めになるのに……」



 「いえ真帆さん、俺にとっては幸いなことだと思っておりますよ。まだまだの身ですが、精一杯務めさせていただきます」



 「まあ頼もしい!」



 次々に巡る前世の記憶とやらを押し留め、俺も彼女に向かって優しく笑いかけた。天宮に身内認定されるのは悪いことではない。


 少し前までは本当にそう思っていたのだが……



 濁流のように蘇り続ける前世の記憶によると、この世界は前世に存在したある乙女ゲームの世界にとてつもなく酷似している。



 俺は『攻略対象』の文武両道正統派イケメン生徒会長、と見せかけて実は腹黒御曹司という立場の『神木祐太郎』。


 少し色素が薄く茶髪にも見える黒髪に、キリッとした涼やかさを持ちながら甘い優しさをたたえた目元。そして金の瞳。形よく通った鼻筋に、弧を描く薄い唇。


 体型もまさに世の女性の理想といえるほど整い、優雅で立ち振舞いに無駄がない。幼い頃から剣道を習っており、男らしさもある。



 思い出されたこの設定と現実との相違点といえば……自分で言うのもなんだが現実の俺はさほど腹黒くはないと思うのでそこだけは相違点と言えるかもしれない。



 この世界が乙女ゲームの世界かもしれないと判断できるその証拠は俺の名前や容姿だけでなく、彼女の言葉がかつてディスプレイに表示された通りの文言であるということがある。しかも声も携帯型ゲーム機から発せられたままの鈴を転がすような声音。



 俺は一体いつ死んだのか、なぜ死んだのかということは一向に思い出せないのだが、前世での親友である男友達が『こいはしがち!』という乙女ゲームを自分でプレイした動画を俺に逐一送りつけてきたのでそれを知っていたのだ。



 元来良い歳して色々と挑戦的な行いばかりする男だったが、乙女ゲームを始めたときは何事かと思ったものだ。


 奴の実況が面白かったから俺も忙しい生活の合間をぬって最後まで動画を観てしまったのだが……



 恋は仕勝ち。略してこいしが。


 恋は、周りの事情など考えずに、積極的に自分から仕掛けたほうがうまくいくということ、という意味の諺からとったタイトルらしい。


 なんて安直なんだ。



 ゲームの世界と酷似してるのはまあわかったが、問題はこれが俺の現実であるということだ。これまでの人生は紛れもなく俺のものだ。断言してもいい。



 一瞬のうちに一人そんなことを考えていると、真帆さんはやたらと美しいグラフィックの設計図をパラパラとめくり、一つの部屋を指差した。




 「祐太郎さんのお部屋はこちらになります。私の部屋と繋がっておりますが少しだけ我慢してくださいね。……ああ、祐太郎さんさえよろしければ私はご一緒の部屋でもよかったのですけれど」



 真帆さんがいたずらっぽく軽口を叩く。



 「ふふ……それはそれは。天宮の当主に怒られてしまいますよ。お戯れはほどほどに」




 そう返すと真帆さんは目を見開き一瞬固まる。




 それからつぶらで可愛らしい目を更にきらきらと輝かせてこう言った。



 「……祐太郎さんもしかして、悪役令嬢という言葉に覚えはありますか?」



 しまった台詞を間違えたかと思うも、彼女の言葉の意味を考えるとすぐに思い当たった。俺という例があるのなら、他人にだって前世の記憶があるという可能性もあったのだから。



 「……ああ……貴方もでしたか」



 察した俺と真帆さんはお互い先ほどまでの外面顔ではない顔合わせをすることになった。


 我がことながらおかしなこと過ぎて笑いが込み上げてくるのを感じる。





 さて、事の発端は数日前にさかのぼる。





 「祐太郎、すまないが……何も言わずに今年度から執事をやりなさい」



 よく晴れた日曜の昼下がり、父であり大企業・神木グループの会長でもある神木総司という男のオフィスで、俺はそんなことを言われた。



 なんだそれは? いつも突然妙なことを言い出す父だとは思っていたが、なぜ執事。



 また何かを見極めるための試験か? と内心困惑しながら顔には出さずに問い返す。



 「執事ですか」



 こういうことがよくあるので俺の表情筋はよく鍛えられている。嬉しくない。


 今も父さんが立っている場所の後ろのガラスの窓に映っている、黒髪に金の目をした俺が神妙な顔をしている。



 父さんは元から壮年の渋めの二枚目俳優のような顔立ちをしているし、いつにもましてキリッとした表情をしているため会話さえ聞かずにこの状況を見れば、まさかこんなにもギャグマンガのようなことを言われている最中とは思えないだろう。


 その証拠に隣にあるガラス張りの秘書室にいた若い女性の秘書がこちらを見つめポーッと顔を赤らめている。


 父さんは顔だけはいいから仕方がないけどな……不倫だけはしないでくれよ。


 母さんと妹が悲しむだろ。



 「お前には天宮のお嬢さんの執事として学生寮でのみ働いて貰うことになる」



 「天宮というと、四月から一年になる長女の真帆さんのことでしょうか」



 真帆さんは俺の通う高等学校の理事長の娘であり、いつも笑みをたたえた美しい人だ。


 いまだ中学生ながらたおやかで落ち着いた雰囲気で、白く抜けるような白磁の肌に艶やかな黒髪と黒曜石のような瞳の少女だ。現代の大和撫子と呼び名が高い。


 正直常に外面が良すぎて俺としては不気味なところがあるが。



 「ああそうだ。お前も何度かお会いしたことがあるだろう? お前も今年度から会長となるのだから知っているだろうが、今回真帆さんの入学に伴って学生寮が新設されるのだ」



 「……ええ存じておりますが」



 実はこの間書類整理をしていて知りました。


 いや誰か報告しろよとは思わんでもなかったが、周りの人間に俺は何でも知っている男という風に見られている節がある。


 外部でユニットを組んで春休み中に仕上げることになっているらしく、三学期の今は何が造られるかあまり知るものはいない。金持ち連中には出回っている話のようだが。


 建築のことはわからないがそんな短期間で完成するなど色々と妙なことだと気にかかったのをよく覚えている。



 これまでの生徒会役員はほとんどの仕事を教員任せにしており、引き継ぎは特になく俺と副会長になる親友の二人での書類やデータの整理をした程度。それでいいのか名門私立と思わんでもない。


 まあ適材適所とも言うしな。



 「真帆さんをはじめ有数のご子息ご息女が入居する訳だが、自由に執事や使用人をつけて良いことになっていてな。そのための部屋もある。俺としてはお前にも一部屋と考えていたが、天宮の当主がお前を執事として是非にと言うのでな」



 ふうと溜め息をつき父さんは俺に背を向け大きな椅子に腰掛けた。うむ、我が父ながら様になっている。



 元華族の旧家である天宮家当主・天宮藤十郎といえば現代日本におけるフィクサーと言っていい男だ。


 父とも仲が良くよく二人で怪しい会合をしている。


 藤十郎さんは政財界を牛耳る傍ら、私立天帝高等学校の理事長としての職もこなしている……


 そして極めつけは真帆さんのお父上であるということだ。


 


 「天宮家当主がなぜ娘の執事を俺にと?」



 「さあな、奴の思うことは解らんがお前にとっても悪い話じゃない。次世代の天宮系列の人間に接触できるしな。顔繋ぎと社会勉強程度にやれ」



 ……見えてきたぞ、これは父さんが藤十郎さんとした賭けに負けて息子を差し出したパターンだな。昔からたまにあるのだ……俺が被害を被ることが。


 家族に対してのみ事後報告の多い父さんが言い出したと言うことはこれはもう決定事項だと言うことだ。


 じゃなかったら大企業の御曹司が執事業などするまい。



 「わかりました父さん。お任せください」



 「ああ」



 この人生で培った外面を駆使して二年間やり遂げてみせますよ。


 俺は誰が見ても人が良さそうだと思うであろう笑みを浮かべた。




 そうして時は冒頭に戻る。

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