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一週間後。

 学校に忍び込んでから時間がたち、メグの待ち望んでいた祭りの日となった。

「楽しみ」

 夏といえど流石に日も暮れ始めた頃、柚人はメグと一緒に自宅の前で紫苑が出てくるのを待っていた。

 事前にスマホで連絡した時には少し遅れるとのことだ。

「メグは祭りに行くのは初めてか?」

「ううん、昔行ったことあるよ。でももうあんまり覚えてない」

 幼いころに一度行ったきりであるため、残っている記憶は僅かでしかない。

「そうか。それじゃあ今日は気のすむまで楽しんでくれ」

 そんなメグに楽しんでもらいたいと心からの言葉だった。

「たこ焼きとか焼きそばとかいろいろ美味しい屋台あるから、遠慮しないで食べていいからな」

 必要な金は全部柚人が持つ予定だ。

「ん」

 美味しい食べ物があると聞いて嬉しそうな表情に変わるメグに思わずほほ笑む。

「無理だけはするなよ」

 今までの様子を見て大丈夫だろうと思う柚人だが、食べ過ぎで腹痛になってしまったらせっかくの祭りが台無しになってしまうと注意する。

「任せて」

 そんな気持ちが伝わったのか定かではないが、こくんと頷いた。

「祭りの時の屋台ってなんであんなに美味しいんだろうな」

 普段食べてる料理よりも美味しく感じる。祭りの雰囲気がそうさせるのかもしれないと考える。

「なに、物思いにふけってるの」

 そんな柚人に声をかけたのはメグではなく紫苑だった。

「おそかっ……」

 振り返りながら遅かったな、と声をかけようとした柚人は紫苑の姿を見て思わず声を失った。

「な、なによ」

 そんな柚人の反応に紫苑は恥ずかしそうにする。

 だが柚人の反応も無理はない。なぜなら紫苑は自身の名前と同じ紫苑色の浴衣を着ていたからだ。髪型もそれに合わせていつものではなくアップにしている。

「……」

 メグはそんな姿を見て感想を言おうとしたが、紫苑が感想を求めている相手が自分でないことを察して静かに見つめていた。

「…………似合ってる、すごく」

 黙っていようとしていた柚人だったが、隣にいるメグが密かに腕をつねるのでしかなく口にする。

「ありがと……」

 褒めてもらえると思っていなかった紫苑は赤くなった顔を隠すようにうつむいた。

「それにしても浴衣なんて持ってたんだな」

「お母さんに柚人ともう一人女の子と一緒に祭りに行くって言ったら応援してるって言って用意してくれた」

「応援してるって何が?」

「え!? それは……その…………」

 嬉しさのあまり口を滑らせてしまった紫苑はその疑問に答えを用意していなく狼狽してしまう。

「私も着たかったな」

「ごめんねメグちゃん。あたしだけ着ちゃって。……でもあたしも後悔したくないから」

 メグがぽつりとこぼした言葉にこれ幸いと食いつく。最後の言葉は誰にも聞かせるつもりがなく、口の中で自分に言い聞かせるように言った。

「大丈夫。こないだ買ってもらった服気に入ったから」

 実際にメグはあの時以来嬉しそうによく着ている。

 今日は少し肌寒いこともあり、ノースリーブの服の上に柚人が持っていた生地が薄めのパーカーを着ていた。

「そっか。気に入ってくれたようでよかった」

 そんなメグの様子に紫苑は心底嬉しそうにする。誰しもプレゼントしたものを大事にしてもらえることは嬉しいものだ。

「そんじゃ、行くぞ」

 一時はメグを警戒するようなことを言っていた紫苑だが最近では、疑う気もなくなったのか仲の良い友達のような関係になっていた。

 祭りの会場までは少し距離があったが歩いていけない距離ではなく、メグの要望もあって徒歩で向かうことになっている。先頭を歩く柚人の後ろをメグと紫苑がお喋りしながらついていく。

 時たま柚人の名前が会話の中に登場している様子だったが、一々反応していたらきりがないと黙って前を向いて歩く。そのためどんなことを言われているか全く見当もつかなかった。



 柚人たち三人が祭りの会場に着いた時には、祭りはすでに人混みが出来ていた。

 会場は提灯やライトの柔らかな光に照らされライトアップされている。行く人来る人様々であり浴衣や私服の老若男女問わず様々な人が手に食べ物や玩具を持ち、中には頭にお面を付けている人もいた。

「人が、いっぱい……」

 そんな光景を始めてみたのかメグは驚いた様子だ。

「はぐれるなよ」

「メグちゃん、あたしと手つなごっか」

 心配する柚人の考えをくみ取り紫苑はそう告げた。メグはスマホを持っていないが紫苑は持っているため、もしはぐれたとしても連絡が取れる紫苑がメグと一緒にいれば再び合流するのも容易い。

「ん」

 差し伸べられた手をメグはしっかりと握った。

「それで、どこ行くの?」

 紫苑はこれからの予定を柚人に聞く。

「俺に聞くなよ。今日はメグのために来たんだから」

 主目的はメグにこのお祭りを楽しんでもらうことだ。そのため主導権はメグにある。

「んー、あっち」

 辺りを興味深そうに見ていたメグは行きたい場所を見つけたのか繋いでいない方の手で指さした。

 三人はその方向へとはぐれないように気を使いながら進む。

「美味しそうな匂い」

 少し行くと香ばしいソースの匂いが漂ってきた。

 その匂いをたどって進むメグについていくと目の前に現れたのは焼きそばを売っている屋台だ。

「ユズ」

 待ちきれないといった様子で名前を呼ぶメグにお金を渡す。

「ほら買ってこい」

 何をしたいのか察した柚人はそう送り出すと手を離し出来ていた列に並びに行った。

 数分とかからずに買って戻ってくるメグは、待ちきれなかったのかフードパックと呼ばれるプラスチックの容器を開けて焼きそばを食べていた。

「行儀悪いし危ないから座って食えよ」

 人混みが多く両手がふさがってしまうためにトラブルを引き起こしてしまう可能性がある。

 一度箸を動かすのをとめ、口に残ったのをもぐもぐと咀嚼しながらこくりと頷いたメグは、すぐそばにあったベンチに座って黙々と食べるのを再開した。

「ほんと可愛いなあ……あたしも一人暮らししてればうちにメグちゃん呼べたのに」

 幼い子供の用に一生懸命に食べるメグを見た紫苑は悔しそうに柚人を睨む。

「紫苑は家事できねえだろ。一人暮らししたいならまずそこからだな」

 以前柚人に料理を教えてと乞うてきた紫苑だったが、中々うまくいかなかっことを思い出す。

「うっ……。そ、そのうちね!」

 気にしていたところを突かれ慌てて誤魔化す。

「美味しかった」

 そんな話をしているとメグはいつのまにか容器を空にしており、ベンチの横に置かれたゴミ箱へと入れているところだった。

「お祭りで食べる料理っていつもより美味しく感じるよね」

 祭りの雰囲気の影響か、人と一緒に食べると美味しく感じさせるのか定かではないが、普段食べている物でも不思議と美味しく感じるのだ。

「ん、ほかにも探そ」

 まだ食べ足りないのか歩き出すメグの後ろを慌ててついていく。

「メグちゃん、一人で行ったら危ないって」

 追いついた紫苑は横に並ぶと注意しつつ再び手を繋いだ。

「ごめん」

 思わず浮かれてしまったと反省する。

「いいよ、でもはぐれちゃうと大変だから気を付けてね」

 仲の良い姉妹のように歩く二人を、柚人は微笑ましく思いながらついていく。

 人混みを避けながら進んでいくとやがて射的屋を見つけた。

 コルク銃が気になったのかメグは足を止めるとじっと見つめた。

「気になるのか?」

「ん、ちょっとね」

 銃を扱っていた経験があるからか気になるようだ。

「気になるんだったら、やってきなよ」

 紫苑の勧めもありメグは射的をすることに決めたようだ。

「ん、分かった」

「あの鉄砲で撃ち落としたら、それが貰えるからな」

 柚人がルールを説明すると揚々として向かっていった。

 お金を払ってコルク銃と五発分のコルクを受けとったメグは弾を込めると慣れた手つきで狙いをつける。ほかに射的をしていた人もその様になった姿に目を引かれたのか、突然現れた新たな挑戦者に様子を眺めていた。

 そんな中狙いを付けたメグは引き金を引いた。だが放たれたコルクはメグが狙ったと思われる小さな箱に入れられたお菓子から右にそれてた。メグの狙いが悪かったわけではなく、そのコルク銃の持つ癖のせいだろう。本人も初弾から当てようとしていた訳ではないらしく落ち着いて狙いを調整していた。そして二発目。

 放たれたコルクは見事に当たってはお菓子を下へと落とした。

 メグが次に狙いを定めたのは大きなぬいぐるみだ。倒しやすいように右上部の端を狙って撃つが少し動くだけで倒れそうな気配はなかった。どうやら、固定されているわけではないがぬいぐるみ自体の重さで簡単には倒れなくなっているようだ。

「む」

 意地になったのか残りの弾全部を使って倒そうとするが、結局倒れることはなかった。

「ユズ、もっかいやる」

 メグは落としたお菓子をもって戻ってくるなりそういった。

「あれは倒せないから諦めたほうがいいぞ」

 固定されてなかったのは幸いだが、それでもぬいぐるみを倒せるだけの威力がないために正攻法で落とすのは無理だ。

「大丈夫。あと二回やれば落とせるから」

 だがメグは自身満々にそう言い切った。

「じゃああと二回だけな、それ以上は金出さないからな」

「ん」

 メグはお金をもらうと再度射的屋に戻っていった。

「メグちゃんどうする気なんだろうね」

「さあな。でも考えがないわけじゃなさそうだったな」

 どんなやり方をするつもりなのか見当もつかない。

「銃五個とコルク十個」

 射的屋に戻ると店主にそう告げ、二回分のお金を渡す。

 その行為に誰もが不思議に思うが違法性はないため店主は言われた通りに用意した。メグは受けとった五個のコルク銃に弾一発ずつを詰めていく。そして再度ぬいぐるみにしっかりと狙いをつけて丁寧に撃っていく。数発当たるがぬいぐるみは倒れない。

「……分かった」

 だがその結果に満足したようで再度コルク銃に弾を込めて、順番に並べる。

 メグは深呼吸して今までにないほど集中力を発揮すると、周囲のざわめきをも自然と呑み込まれ静寂に支配される。

 そんな状態から放たれるコルクはメグが狙っているぬいぐるみの右上の部分に当たり僅かながらぬいぐるみの上半身をのけぞらせる。

 メグはすぐさま撃ち終わった銃を脇に置き横に並べた次のコルク銃を手に取ると、即座に狙いを付けて再度同じ場所を狙ってトリガーを引き絞ると、先ほどと寸分違わぬところに当たりさらにそらせる。それを次々に繰り返していく。

 一発だけでは倒すことが出来ないぬいぐるみだが、コルクが当たり体勢が動いて不安定になっている間にさらに銃撃を加え倒そうという作戦だ。

 単純ながら技術を要求される動作だが、スパイとして訓練を受けてきたメグが一番得意としているのが射撃だ。その技術を惜しげも無く披露する。

 四度目の射撃で今にも倒れそうになっているぬいぐるみに向かって最後の一発を放つと、ぐらりと動いて下へと落ちていった。

 悔しそうにしながらも難癖付けることなく、褒めたたえる店主からいぐるみを受け取ると、嬉しそうにしながら柚人たちの元へと戻った。

「どう?」

 撃ち落としたぬいぐるみを大事そうに抱きかかえながら言うメグに「頑張ったな」と返す。

「メグちゃん凄い! あたし祭りの射的で大物取ったの初めて見たっ」

 紫苑も興奮しながらほめるとメグは微笑んだ。

 ひとしきり喜んだメグは次の屋台を求め右手でぬいぐるみを抱いて左手で紫苑の手を掴んで歩き出す。

 りんご飴やたこ焼き、たい焼きに綿あめ、クレープなどの食べ物をどんどん食べていく。柚人や紫苑もいくつか一緒に食べたがメグにはかなわなかった。

「ほんとメグちゃん食べるね。浴衣だからあたしあんまり食べれないってのはあるけど、倍以上食べてるもんね」

 そう言って眺める先ではフランクフルトを幸せそうに食べるメグがいた。

「今まで祭りとか来たことないらしいから好きに食べられるのが嬉しいんだろうよ」

「そうだね」

 二人してほんわりしながらメグを見ているとふと何かを見つけたらしく、食べ終えたフランクフルトの櫛を捨てつつ柚人たちの元へとやってくる。

「あれやりたい」

 指さす先にあったのはお化け屋敷だった。

「メグちゃん?」

 それを見て確認した紫苑は露骨に嫌そうな表情をした。自分がああいったものは苦手だと知ってるはずだよねと。

「だめ?」

 だがそれでも行きたいメグは食い下がる。

「祭りのお化け屋敷なんて子供だましだから平気だって」

 柚人も気楽そうにいうが紫苑は学校に忍び込んだ時にみっともない姿を見せてしまったことを後悔しており、極力近づきたくなかった。

「また腰抜けたらおんぶしてくれる?」

 そこで思わずそう言い返していた。人気のなかった学校と違い、ここには大勢の人たちが行き交っている。高校の友達やクラスメイトもいる可能性がある。そんな中でおんぶすると言うことはあらぬ誤解を生むことにつながる。そのためそう言えばあきらめると思ったのだ。

「……しょうがねえ、分かった」

 しかしその予想は外れることになる。

 そうまでしてメグのために行動できることに嫉妬を覚えながらも、自分で言ったことのためそう答えられてしまえば断るわけにもいかない。

「じゃあ一回だけね」

「やった。ありがとうユズ、紫苑」

 だが邪気がなく、嬉しそうにするメグを見てしまえばその感情もすぐに薄れるというものだ。

 三人は仲良くそろってお化け屋敷へと向かう。

 人気があるのか少し待つことになったが、十分とかからずに中に入れることになった。

 足を踏み入れると薄暗く雰囲気もそれなりに出ていたが、所詮は遊園地などではなく祭りの出し物としてのお化け屋敷だ、どこか物足りなさがある。それでも進んでいくたびに現れる仕掛けやお化けに紫苑は悲鳴を上げていた。

 腰も抜けることなく無事にお化け屋敷をでると、紫苑は一人疲れた様子だ。

「疲れた……」

 自分でも情けないとは思っているのだが、だからと言ってすぐにどうにかできる問題でもない。紫苑はそばにあった屋台でラムネを買うとベンチに座り休憩する。

「メグちゃんは楽しめた?」

「うん」

 隣に心配そうに座ったメグに話しかけると、元気な答えが返ってくる。

「そっか。ならあたしも頑張ったかいがあったよ……メグちゃん、まだ行きたいところがあったら柚人と一緒に行ってきていいよ。あたしはまだ少し休んでるから」

「いいの?」

 心配そうに柚人と紫苑を交互に見る。

「本当に大丈夫か?」

 心配しているのはメグだけではなく柚人も同じだ。

「平気だよ、ちょっと疲れただけだから。ここで待ってる」

「……じゃあ何かあったらすぐ電話しろよ、すぐ戻ってくるから」

「うん、期待してる」

 紫苑を一人残していくのは申し訳なかったが、本人が行動の妨げになるのを嫌って言い出したことなので、受けいれることにした。

 二人になった柚人たちは何か面白いものは無いかと歩いて回る。

 メグが途中で見つけたお面を買ったり輪投げをプレイし、金魚すくいをしようとした時だった。

 目の端にキラリと綺麗に光る物が映り思わずそちらへと視線を向けた。

 そこにはミディアムヘアの美しい金髪の青い瞳の大人びた雰囲気の持つ少女がいた。年の頃は十六ぐらいだろうか。その整った顔立ちから察するに日本人ではないだろう。歳は大人びて見えるが実際には柚人と大差ないはずだ。

 少女は安心したような様子でメグを見つめていた。その視線に気づいたのかメグもそちらに視線を向け少女を瞳にとらえると、驚いたような悲しそうな表情をした。

 その反応からその金髪の少女がメグの言っていた追っ手なのかと身構えるが、少女はメグに向かって意味深そうにほほ笑むとその場を去っていった。

「ユズ」

 柚人が心配に思っているとメグは感情を殺したような平坦な声で呼びかけた。

「帰ろう」

 先ほどまでとは打って変わった態度に戸惑う柚人。

「金魚はいいのか?」

「いい」

 それだけを言うと紫苑のいる場所に足早に向かいだしたメグの後を追った。

 紫苑は先ほどの位置から動いておらず、周囲をぼんやりと見つめていた。

「紫苑」

 そんな紫苑の背後から近付いたメグの呼ぶ声に紫苑は驚いた様子で振り返る。

「あれ、もういいの?」

 いろんなものに興味深そうにしていたメグが思った以上に早く戻ってきたが気になったのだ。見たところ調子が悪そうな状態でもない。

「うん、帰ろ」

 そんなメグの態度に違和感を感じたのか、柚人に探るような目線を送るが柚人もその変わりようには心当たりがなくただ首を振るしかなかった。

 すっかり日が落ちて暗くなった帰り道を来るときに覚えたのか迷うことなく家へと向かって、足を進めるメグの後ろを柚人と紫苑はひそひそと話しながらついていく。

「なにかメグちゃんの嫌がることした?」

「なんもしてないって」

「ほんとに? 自覚がないだけじゃないの」

「メグの様子が変わった時何も言ってないし、なにもしてない」

 自信を持って言い切る姿に紫苑は信じることにし、別の可能性を口に出す。

「それじゃあ他になにかなかった?」

「他にって言われてもな…………あ」

 紫苑の問いかけに当時を思い出して考えていると一つ思い当たる節があったのだ。

「なに?」

 心当たりがあるとばかりの反応に紫苑は聞き出そうとする。

「もしかしたら見間違いだったかもしれないが、メグが知り合いを見つけたみたいなんだ」

「知り合い?」

「ああ、最初は例の追っ手かと思ったが二人の状況を見るに違うみたいだった」

 追っ手だったら姿をさらすだけ晒して何もせずに帰ると言うのはおかしな話だ。

「うーん……気になるけど、今のメグちゃんには話しかけにくいな」

 あれだけ楽しみにしていた花火にも興味がなくなったのか、静かにずんずんと進んでいくメグの後ろ姿はとても話しにくい雰囲気を放っていた。

「そうだな。後で聞けたら聞いとくよ、だから心配すんな」

「ごめん、頼むね。あたしにもできることがあればするから」

 そのため家に帰って、メグの状態が落ち着いてからゆっくりと話を聞くことにした。

 家の前まで居心地の悪い雰囲気のまま戻ってきた柚人とメグは、紫苑に別れを告げそれぞれの家へ戻っていった。

 帰宅したメグはそのまま有無を言わさぬ状態のまま自室へと入っていく。

 そんな姿を心配に思いながらも柚人はしばらくの間テレビを見たり、風呂に入ったりして過ごしていたがいつまでも顔を出さないことに心配し、扉をノックした。

「メグ、ちょっといいか」

「…………」

 だがそんな柚人の呼びかけにも答える気がないらしく返事が返ってくることはない。静かに耳を澄ませていると時折物音がするため、起きていることは確かだ。

「あー……顔合わせたくないならそのまま聞いてくれ」

 どうしてもメグのことが気になる柚人は姿は見えないが、聞いてくれていることを前提にして話しかけ始めた。

「俺には何をそんなに気にしているのか分からないけど、メグが困ってることがあるなら力になってやりたいって思ってる。それは俺だけじゃなくて、紫苑も一緒だ。まだ出会ってから一月も経ってないけど、それでもずっと一緒にいてメグが悪い奴じゃないのは知ってるつもりだ。だから――」

 そしてそれ以上柚人がしゃべり続けることはできなかった。

「ユズは! 私のこと何にも分かってない! だからそんなことが言えるの!」

 なぜならメグがそう苦しそうに叫んだからだった。

「メグ……?」

 初めて聞くメグの荒げた声に驚き、目を白黒させる。

「私はそんなユズが言うほど良い人間じゃない……。だからもう私に構わないでッ…………」

 そう言うメグの声はどこまでも悲痛そうで、苦しそうで、距離を感じさせた。

「…………」

 これ以上このまま話しても、メグを辛くさせてしまうだけだと感じた柚人は静かにその場を離れるのだった。

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