5
――バスに揺られること十数分。
三人は目的の服屋が含まれるショッピングモールにたどり着き、冷房の効いた室内へと足早に進んでいく。
「久々に着たけど中変わってないか?」
中に入った柚人は最近用事もなく立ち寄ることもなかったためか、自分の知っている姿と違和感を感じた。
「あれ、改装したの知らなかったんだ」
そんな柚人とは反対に、服やちょっとした小物をよく買いに来る紫苑はよく勝手を知っていた。
「ああ、最近立ち寄る用事もなかったしな」
「そうなんだ。あたしはよく来るけど」
「どうせ服とかなんだろ? 必要最低限あれば別にいいだろ。なんでそんなに季節によって買い替えたりするのか俺にはよくわからん」
見栄えの悪い服でないなら、何回着回しても問題ないと思っている柚人には、紫苑の気持ちがよく分からない。
「それは柚人が男の子だからだよ。女の子はいつでもオシャレにしてたいの」
「そんなもんか」
今までに幾度となく繰り返されてきた問答だが、ただの一回として柚人が納得できたことはなくいつも通り適当に答えた。
そしてそんな会話をする二人とは裏腹にメグは物珍しそうに室内を眺めていた。
「どうした」
そんな様子を不思議に思った柚人は声をかける。
「私こういうとこに来たの初めて」
スパイとして忍び込むことはあっても、こういった場にメグは来たことは無かった。そのため、初めて訪れたショッピングモールに驚き辺りを見回していたのだ。
「そうか……まあこれからはこういうところに来ることも多くなるだろうから、段々と慣れてくるよ」
これからはスパイとしてではなく一般人として暮らすことになり、今まで経験できなかったこともできるようになる。こういった反応はこれからも多く見ることになるだろうと柚人は思った。
「よーし、それじゃあメグちゃんのお洋服買いに行こう」
そう言ってさっそく歩き出す。仕方なしといった風でついてきた紫苑だったが、なんだかんだメグの服を選ぶのを楽しみにしていた。
「メグ気を付けろ。紫苑に着せ替え人形扱いされるぞ」
身長の高い紫園は身長の高い自身に似合わないと服を諦めることが多く、その影響で他の人の服を選ぶのが好きだった。
「頑張る」
メグはそう返すと柚人と一緒に紫苑の後をついていった。
祝日ということもあり、多くの客で賑わうショッピングモール。だが幾度となく通っているため紫苑はすいすいと進んでいく。そのおかげか柚人たちはあまり時間をかけることなく目的の服屋にたどり着いた。
女性服をメインに扱っている店ということで当然のことながら女性客が多い。付き添いで来ている男性もいるがそれでも居心地が悪いのに変わりない。
「メグちゃんはどんな感じの服が好き?」
「うーん、よくわからない」
長年スパイとして生きてきたメグは、好きな服を選んで買うといった経験はない。潜入場所にあった服を組織が用意し、それを着て潜入するのが主だったからだ。
「うーん、それじゃあどうしよっか……」
そんなメグを見て紫苑は悩む。
「選んで」
「いいの?」
「うん」
経験のないメグは紫苑に服を選ぶのを任せた。
「それじゃあいくつか見繕ってくるから、その中からメグちゃんが選んで」
そう言い残すと紫苑は二人を置いて服を選びに行った。
――それからしばしの時間がたち柚人とメグが話をして待っていると、紫苑がいくつかの服をもって戻ってくる。
「選んできたよ。メグちゃん、この中から選んで」
そう言って複数の服を見せていく。メグの好みが分からないためか紫苑が持ってきた服は様々だ。
「…………これとこの辺、かな」
メグが選んだのはピンク色の動きやすそうな半袖のチュニックと、白いノースリーブといくつかのスカートだった。
「あ、それじゃあこれは、あたしからのプレゼントってことで」
メグが選んだチュニックとノースリーブは柚人が買うことになるが、それとは別に紫苑は自腹でメグにポンチョを買うと言い出した。
「気使わなくていいんだぞ?」
そんな紫苑に無理して金を出してもらうのも悪いと思い柚人はそう言うが、紫苑は首を横に振った。
「これはあたしがメグちゃんに着てもらいたいだけだから。メグちゃんが着たら可愛いと思うんだ」
「そっか、ありがとな」
そんな柚人と紫苑のやり取りを隣で見ていたメグは、服を買ってもらえると嬉しそうだ。
「メグちゃん、肌寒くなってきたらこれ着てね」
「うん」
メグは嬉しそうに答えた。紫苑の言葉が、いつまでもここにいてくれていいという肯定の言葉に聞こえたからだ。
ポンチョの分のお金を受け取るとレジへと向かい、買い物を終えて柚人を待つ二人のところへと戻る。
「メグちゃんは何か気になることある?」
目的であった服を買い終え、メグに行きたい場所を尋ねる。
「……あれは?」
聞かれたメグは周囲を見回すと気になることを発見したらしい。
視線の先にあったのは近々行われる夏祭りのポスターだ。
「ああ、あれか。あれは今度やる夏祭りだよ。毎年この時期になるとやってるんだよ」
「お祭りって、花火とかの?」
祭と言えば打ち上げ花火というイメージが強いのかメグは目をキラキラとさせる。
「あーいや、この祭りは花火はやんないよ。周りに民家も多いしね」
「なんだ……」
柚人の言うことにしょぼんとする。
「花火見たかったの?」
そんなメグの様子に紫苑は尋ねる。
「うん、お祭りも気になるけど……」
「それじゃあさ」
メグの落ち込む姿に紫苑はある提案をする。
「一緒に祭行って、柚人の家で花火やらない? 打ち上げ花火は流石にできないけど」
三人で花火をするには調度いい大きさの庭が柚人の家にはあるのだ。
「……いいの?」
「勿論!」
柚人が口を挟む間もなくメグと紫苑の間で話が進んでいく。
「勝手に話を進めないでもらえませんか、紫苑さん?」
柚人はおどけた風に割って入る。
「ユズ……だめなの?」
その言葉を聞いたメグは上目遣いで懇願する。
「うっ……」
そんな可愛らしい仕草に柚人は思わずたじろいでしまう。
「別にいいでしょ、柚人。昔はよくやったじゃない」
「そうだけどさ…………はあ……まあ、いいよ。分かった、やろう」
メグの隣から一緒になって頼む紫苑。そんな二人に押され柚人は渋々と言った様子でその提案を受け入れた。
「ありがとうユズ」
そう言ってほほ笑むメグの姿を見ると受け入れてよかったという気持ちになる。
「それじゃあ、三人で一緒に行こうね」
「うん」
紫苑とメグは嬉しそうに手を繋いで喜ぶ。
そんな二人を眺めていると不意に、柚人のお腹が鳴った。
「ユズ……お腹減ったの?」
「聞こえちまったか、少しだけな」
「どうしよっか……。ちょっと早いけどご飯食べる? お昼時だと混んじゃうだろうし」
昼食を食べるには少し早い時間帯だったが、適時になると人が多くあふれるだろうと考えた紫苑はそう提案した。
「そうだな。フードコートにある料理適当に選んで食べる、でいいか?」
同意した柚人はそう提案をする。
「いいんじゃない。メグちゃんもいいよね」
「うん」
二人の同意も無事に取れたため、二階にあるフードコートへと向かう。
エスカレーターで二階へと上がるとすぐに美味しそうないい匂いが漂ってくる。
「いい匂い」
そんな匂いをすぐさま嗅ぎ取ったメグは導かれるようにして発生源に向かっていく。そんな後を柚人たちは追う。
すぐにたどり着いたフードコートでは、お昼時よりも早いためあまり人もいなく直ぐに場所を取ることができた。
「それじゃあ各自で食べたいもの選んでここに集合な。メグは……ほら」
現金を持っていないメグのために柚人は自分の財布からお札を取り出しメグに渡した。
「店員に食べたい物の名前言えば貰えるから」
「分った」
お金を受け取ったメグは目を爛々と光らせ店へと小走りで向かった。
「メグちゃんって食べるの好きなの?」
そんな様子を初めて見た紫苑は驚いたように柚人に尋ねる。
「みたいだな。家で料理出すとめっちゃ美味しそうに食べてくれるから結構嬉しいよ」
「へえ、見かけによらないんだね」
見かけ通り小食なのだろうと思っていた紫苑は驚く。
「さて、俺らも選んでくるか」
「そうだね」
柚人がそう言ったのを合図にそれぞれ自分の食べたい物を選びに二手に別れた。
――――三人がそれぞれ料理を持って再度テーブルを囲み、仲良く食べること数十分、紫苑がメグの気持ちいい食べっぷりに驚く。
「メグちゃん本当によく食べるね」
少し大盛りになったラーメンを箸を止めることなくどんどん食べ進むメグを見て紫苑が驚く。
「ほう?」
メグは口に麺を頬張りながら返事をする。
「返事するのは食べ終わってからでいいよ。さっき柚人から聞いたけどほんとびっくりした」
どこにその量の食べ物が入るのかと、驚く勢いでぱくぱくと食べていくメグは、初見の人は誰でも驚いてしまうほどだ。
「んくっ……こんなに美味しいご飯ならいっぱい食べれるよ」
口の中にあった麺を飲み込むとメグは答えると、また食べ始める。
「ほんと美味しそうに食べるね。……可愛いなあ」
小さな口を動かし、ラーメンを食べるメグの姿に紫苑は思わず箸を止めて見やる。実のところ、紫苑は可愛い物に目がないのだ。
「ユズ」
「ん?」
黙々と食べ進めていると、唐突にメグが名前を呼んだ。
「それ食べないの?」
視線の先にあるのは目玉焼きだ。
「ん? ああ、俺卵アレルギーなんだよ。だから食べれないんだ」
「また適当に頼んだの? アレルギーあるんだから事前に確認してから頼みなさいよ」
「普通のカレーだと思ったんだって。まさか目玉焼きが付いてくるとは思わなかったんだ」
「じゃあそれ私が貰ってもいい?」
いつの間にか自身のラーメンをぺろりと食べ終えていたメグはまだ食べ足りないらしく、じっと目玉焼きを見つめている。
「残すのも勿体ないしやるよ」
そう聞くや否や、メグは箸を目玉焼きに伸ばす。
「お前、普段家で食ってる分で足りてるのか?」
ラーメンを食べてもまだ物足らなさそうなメグを見て疑問に思った。
「……身体鍛えてた時の癖みたいなものだから。食べても食べなくても大丈夫よ」
「そうなのか」
「でも、美味しいものをいっぱい食べるのが好き」
「それは見てれば分かる」
見ているこちらも嬉しくなるほど美味しそうに食べるのだ。そんな人間が食べることが嫌いなわけがない。
そんな話をしていると二人に数分遅れながら紫苑も食べ終えた。
「やっぱりここで食べる冷やし中華は美味しいね。夏はこれに限るよね」
「いやだから、俺卵食えねえって」
そんなやり取りにメグは楽しそうにほほ笑む。少しその場で他愛無い話をして三人はフードコートを後にする。
「腹もふくれたし次どうする」
「あたし部活の道具買いたいんだけどいい?」
「部活って?」
紫苑の言葉に気になったのかメグが反応する。
「んとね、生徒が何人も集まって一つのことをやることなんだけど、あたしはそれでバスケやっててレギュラーなんだ。凄いでしょ」
紫苑は小学生のころからバスケットボールにはまっていて、一筋でやっている。
「へー。そうなんだ」
メグは感心したように頷く。
「何買うんだ?」
そしてそのことを知っている柚人は目的の物が気になった。
「大した物じゃないよ。テーピングとリストバンドが欲しいんだ」
「そういや、こないだそんなこと言ってたな」
ショッピングモールの中にはスポーツ用品店も入っている。紫苑が今言ったものも売っているはずだ。
紫苑を先頭に売り場へと向かう。
「うーん……何色好きだったっけ?}
リストバンド売り場の前で悩む紫苑は、後ろで見守っていた柚人に尋ねる。
「青色かな」
「じゃあこの青いやつにしよ」
紫苑は目の前にあった青いリストバンドを手に取る。
「そんな決め方でいいのか?」
普通は自分の好きな色などを買うものだろうと疑問に思う。
「うん。もうオレンジは見飽きちゃったから」
紫苑の好きな色は昔から決まってオレンジだ。バスケも長い間やっていて、今使っているのもオレンジ色のリストバンドだ。
「紫苑のバスケやってるところ見たい」
「うーん、あたしたちの学校はこないだ試合に負けちゃって当分ないんだよねー。……機会があったら見せてあげるね」
できれば要望に答えたかった紫苑だが、この前あった大会の試合で早々に負けてしまったために当分試合がないのだ。
「うん、楽しみ」
「こいつ結構上手いから期待しとけよ」
あまりバスケは詳しくない柚人だが、紫苑がどれだけ努力し続けて上手くなったかを知っており自身のことのように自慢げに語る。
「ちょっと勝手にハードル上げないでよ。あたしより上手い人なんていっぱいいるんだから」
「そう言われても俺は他の上手い人知らねえし」
紫苑は謙遜するがその表情は嬉しそうだ。
「柚人も背高いんだしバスケなり部活すればいいのに」
背が高く体格の良い柚人だが幼いころ少し野球をやっていただけで、それ以降は全くと言っていいほどスポーツに触れずに生きてきていた。
「昔はともかく、今は家のことがあるから忙しくてやってられないんだよ」
「それもそっか」
両親がいないため、部活をやる時間を確保することが難しいのだ。
「それじゃあこれさっさと買ってきちゃうね」
紫苑は明朗に笑うとそう言い残し、レジへと一人で向かう。
「そういやメグは、本屋とかいいのか?」
普段家に居るときは書斎によく入り浸って読んでいることを思い出す。
「まだまだ読み切れない本いっぱいあるから」
柚人が生まれる前から父親が集めていることもいて、その本の数も尋常じゃない程の多さだ。メグが一日一冊のペースで読み進めていったとしても、数年はかかる計算になる。
「それもそうか。俺もたまに書斎に行くと未だに知らない本見かけるしな」
「そうなの?」
「ああ。俺が集めた訳じゃねえから」
そう答えるとメグはどこか気になったようで何かを考え始めた。
「おまたせー」
紫苑の買い物も終わったようでビニール袋を持って帰ってくる。
「おう、用事はもうないか?」
「うん、あたしはもうないけど二人は?」
「俺は元々用事ないし」
「私も」
柚人はメグや紫苑の服を買いに来ただけであり、メグも他には用事は無い。
「それじゃあ帰ろっか」
ショッピングモールで行うべきことをすべて終えた三人はバスに乗って自宅へと帰った。