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 翌日。

「おーい」

 朝早く起きて朝食の準備をしていた柚人は、起きてこないメグを起こしに二階へと上がると部屋の前から扉越しに話しかけた。だが、メグが起きてくる様子もなくノックをしても反応がない。

「入るぞ」

 せっかく用意した料理を無駄にするのも勿体ないため、声をかけてから中へと入る。

「?」

 そこにメグの姿はなかった。そして布団も敷かれていた様子もない。

「もしかして……」

 昨日最後に会った時に書斎で本を読むと言っていたことを思い出した。

 そこで、柚人は一階に下りて書斎へとたどり着くと中へ入った。

「いたし……」

 そこには予想通りにメグが寝ている姿があった。

 多数の積まれた本に囲まれるようにして、メグが小さな身体を丸くして寝ていた。気持ちよさそうに眠るメグを起こそうと書斎に入って行こうとすると、メグはゆっくりと目を開ける。

「んぅ……あ、ユズ。おはよう」

 柚人と目が合ったメグは、心配した柚人の気持ちも知らずにのんびりと挨拶をした。

「ああ、おはよう……じゃなくて。書斎で寝るなよ、風邪ひくだろ」

 まだ眠そうな目元をこすりながら、申し訳なさそうなメグがしょげる。

「ごめん、気を付ける……あ、そういえばこれ見つけたんだけど……」

 メグはそう言いながら写真を差し出す。

「? ああ、この前父さんがスマホ壊したからって手紙くれたんだよ。そん時に観光名所に行った時の写真も一緒に送ってきたんだ」

「それじゃあ、この人がユズのお父さんなんだ」

「なかなか家に帰ってこないような親だけどな」

 言葉とは裏腹に柚人はどこか誇らしげだ。

「仲いいんだね」

「まあな」

「羨ましい。私は両親に捨てられちゃったから……」

 メグにしては珍しく悲しげな表情をする。

「そう悲観するなって。どうしようもない理由があったかもしれないじゃないか」

「でも……」

「自分の子が嫌いな親なんていないよ……俺の親見てるとそう思う」 

 理不尽な願いでも無理して叶えてくれたり、自分のことを犠牲にしてでも助けてくれる。柚人と共に過ごす時間は短くともそんな親だ。

 今回の手紙に写真が入っていたのだって、寂しくない様にと気を使ってのものだろう。 

「ほんとに……? ユズがそう言うなら……私も信じてみる」

「なんだか朝っぱらから湿っぽい話になっちゃったな。飯作っといたから早く食べようぜ」

「うん」

 頷くとお腹が減っていたのかと柚人を置いて先に向かっていった。

「ったく」

 柚人が後を追って居間にたどり着くと、先に着いていたメグがパンを食べていた。おかずとして作ったサラダと交互に食べている。喋るのも惜しいのか、柚人が席についてもチラッと視線を向けるだけで食事をする手を止めることはしない。

 二人がほぼ同時に食べ終えると歯を磨き、出かける準備を始めた。メグは替えの服がないため、前日に着ていた服を着回すことになる。黒と黄色の服を着て自分の部屋から出てきたメグは、同じく着替え終わって部屋から出てきた柚人とばったりと出会った。

「準備おーけ」

 いつでも出かけられるとアピールするメグ。

「少し早いな……まあいいか。家の前で紫苑待てば」

 腕時計で時間を確認した柚人は待ち合わせ時間よりも早いが、家の中で暇をつぶすほどの時間がないという中途半端な状態のため、早めに紫苑が来るのを待つことにした。

 歩き出した柚人の後ろをメグはとことこと付いていく。

 玄関の扉を開けて外にでると、夏の暑いギラギラとした日差しが容赦なく二人を照り付ける。

「あちい」

 思わず柚人がそう言ってしまうほどだ。だが、隣にいるユズはあまり暑くなさそうだった。

「お前は平気なのか?」

「平気って訳じゃないけど全然我慢できる」

 淡々と言うメグを見ると、無理している様子もなく涼しそうな顔をしていた。

「ならいいんだけどよ……そういえば外を出歩いても大丈夫なのか? 追われてるんだろ」

「組織に属しているスパイの数はそれほど多くない。私みたいな下っ端は重要視されてないから追っ手は少人数だと思う。気を抜きさえしなければ多分大丈夫」

 スパイの仕事は多岐にわたるが、スパイに適している人材は少なく優秀な者はさらに、数が限られる。そのため、辺りを注意していれば捕捉されることはないと言うのがメグの私見であった。

「そうか。でも、何かあれば言えよ。俺にできることなら協力するから」

「……ユズはどうして、私のこと気にしてくれるの? 普通なら見ず知らずの人にここまで優しくしてくれないよ」

 見ず知らずの存在である自分を助けたうえ居る場所まで用意し、面倒ごとに巻き込まれるかもしれないと知ってなお見放そうとはしない。どうしてそんなに気を使ってくれるのかとメグは疑問に思ったのだ。

「昨日紫苑が言ってたことの影響……かな。俺の目の前であいつが目に怪我をした時に物凄く後悔して……さ。あのとき俺が手を出さなければ、俺に力があればあいつは怪我しなかったはずなのにって。もう二度と、俺の目の前で誰かが傷つくのを呆然と見ていることだけはしたくない」

「……そう」

 柚人の瞳の中に後悔の念が渦巻いてるのを見たユズは静かにそう返した。

「だから、そんなこと気にしなくて良いって言ってるのに……。そんな心優しいところがあたしは好きだけどさ」

 二人が話に夢中になっていると、いつの間にか家から出てきて話を聞いていた紫苑がそう話しかけた。

「うおっ! なんだいたのか」

「そんなに驚かれると傷つくんですけど」

 紫苑がいつの間にかすぐそばにいたことに驚く柚人の反応に紫苑がわざとらしく言った。

「おはよう」

「うん、おはようメグちゃん」

「……今日は黒いのね」

 紫苑が視線を合わせて、挨拶を返したためメグはすぐそのことに気付いた。

「うん、カラコン入れてるからね」

 そう言う紫苑は日差しよけに帽子をかぶり、キャミソールにパーカーを重ね着して下はミニスカートという出で立ちだ。

 だが、そんな紫苑の服装に特に注意を引く柚人ではなかった。

「それじゃあ三人そろったし、出かけるか」

 そう言ってバスに乗るためにバス停に向かいだした柚人の後を少し不満げにしながらも紫苑は付いていく。

 暑い日差しに照らされ歩くたびに汗が出るほどで、途中でコンビニに立ち寄るとアイスを買い、食べながら進むことにした。

「やっぱり暑い夏はアイスが美味しいね」

「ああ」

 隣に並んだ紫苑が言うと、柚人も同意する。

「……」

 メグも美味しそうに歩きながら自分のアイスを食べていたのだが、口を少し休め柚人に視線を向ける。

「なんだ?」

「それ美味しい?」

 どうやら、メグとは違うアイスを食べている柚人が気になったようだ。

「美味しいぞ」

「…………はむっ」

 少しの間じっと見つめていたメグだったが唐突に柚人が持っていたアイスにかぶりつく。その気があったのかは不明だが結果的に間接キスをしたことになる。

「お、お前な……」

 小さな口によって削り取られたアイスは少量だったが、人の物を勝手に食べるなと恥ずかしそうに柚人は注意する。

「ん……それじゃあ、はい」

 食べてしまったものはもう戻らないため、そのかわりにとメグは自身のアイスを差し出す。

「食べていいのか?」

 断っても話を聞かなさそうなため、柚人はドキドキしながらメグの食べかけだったアイスを食べる。

「美味しい……?」

「あ、ああ」

 どこか不安そうに聞いてくるメグにそう答える。

「……あ、あたしのもあげるから、柚人のアイス一口頂戴っ」

 その二人のやり取りを眺めていた紫苑は少し照れ気味に言った。

「へ? 珍しいな、お前がそんなこと言うの。まあいいけど」

 奪われるようにメグには食べられたが、紫苑にだけ断るのも悪いと思い承諾する。

「んぅーこのアイスも美味しい」

 美味しそうに柚人のアイスを食べると、そのお返しにと自分のアイスを差し出す。

「おっ、これも美味しいな」

 お互いに特に意識することなくアイスを一口ずつ食べた。

「ほんとに仲いいね」

 そんな二人の何気ない動作に、メグは付き合いの長さを感じた。

「なんだかんだ、十数年の付き合いだからな」

「最初のころはしょっちゅう喧嘩ばっかりしてたけど今はもうそんなこともないし。メグちゃんは長い付き合いの友達とかいないの?」

 紫苑はメグの友達関係が気になるようだ。

「いる……けど、向こうが勝手に慕ってくるだけ」

 そう言うメグの表情は過去を思い出したのか、楽しそうだ。

「そんなこと言って、嬉しいんでしょ。顔が嬉しそうだよ」

「そう、かな?」

 自覚してなかったようで、そう聞き返した。

「どういう子なの?」

「うーん、フランス人で私と同い年の子なんだけど人形みたいな感じ……かな?」

「へえ、それじゃあメグちゃんと同じで可愛いんだろうなあ」

 会えるかもわからないメグの友達に思考を巡らせる。

「でもあんまり人当たり良くないよ」

「大丈夫、柚人も最初はそうだったから」

 視線を向けながら紫苑が言うと昔のことを言われたのが恥ずかしそうにしていた。

「そうなんだ」

 今現在の柚人の姿しか知らないメグは意外そうにする。

「柚人は昔と今でだいぶ変わったからね。あたしは今の方が好きだけど」

「私も」

「本人の目の前でそんな話をすんな」

 こそばゆくなる話をすぐ隣で言われ柚人は釘を刺す。

「柚人の昔の話聞きたい」

 だがメグはそんな柚人の言うことを聞く気はないらしく紫苑に話の続きをねだった。

「また今度ね。柚人が睨んでくるから」

 だが長い付き合いの紫苑は柚人の醸し出す雰囲気を察して話題を終わりにさせる。

 そんな話をしているといつのまにかバス停にたどり着き、暑い中バスを待つことにした。

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