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紫苑が家に帰ってしばらく時間がたち今は二人で向かい合うようにして晩御飯を食べ終えたところだ。
「ユズ」
メグは柚人に話しかける。
「なんだ?」
「お風呂」
柚人の疑問にメグは短く即答した。
「そういや場所教えてなかったな。案内すっからついてこい……着替えの服は、今日は俺の服で我慢してくれ」
今日一日分ぐらい紫苑に貸してもらうんだったと後悔しながらメグに伝える。嫌な顔の一つでもされるかと思った柚人だったがメグは表情を変えることなく、こくんと頷いた。
一度その場にメグを待たせると自身は二階へと上がり、自室のタンスから無難な服を選ぶと掴んで居間へと戻るとメグを風呂場へと案内する。
「ほれ、ここだ」
柚人が案内した風呂場は日本によくある標準的な大きさよりも少し大きく、柚人と小柄なメグなら一緒に入っても小さく感じないほどだ。
「覗かないでね」
最初は自分から肌を晒したくせにと思わないでもない柚人だが、覗き見る趣味はないため「しねーよ」と返して自分の部屋へと戻っていった。
自室へと戻った柚人は、ベッドに倒れこむと息を大きく吐いた。
「はあー。今日は色々疲れた」
朝学校に行こうとすれば、見ず知らずの少女が自宅の前で倒れていたり、掃除をしていると幼馴染が家に着たりと色んなことがあったなと思い返す。
女性の風呂は長いという定説から外れず、メグも中々出てこない。
柚人はゆっくりとくつろいでいると、突然ベッドの脇に置いてあったスマホが鳴る。電話の着信だ。
「紫苑か……電話してくるなんて久しぶりだな。どうした」
「どうしても言っておきたいことがあってね」
紫苑はそういうが柚人には全く心当たりがなかった。
「今メグちゃんは近くにいるの?」
「いや、今は風呂に入ってる」
「そう、それならよかった」
その言葉に柚人はますます疑問を深める。メグに聞かれたくない話など、何もないはずだからだ。
「メグちゃん、柚人のことユズって呼ぶじゃない?」
「そうだな」
「でもそれって変じゃない?」
そう言われてもピンとこなく、紫苑に無言で続きを促した。
「だって柚人って名前の漢字を知らないとユズとは呼べないよね」
ユズとは柚人の名前をもじった呼び方だ。名前自体は名乗った柚人だが、どういった字を書くかまでは教えていない。
「そういえばそうだな……でも、家の中なら俺の名前が書かれた物が置いてあってもおかしくないし、それを見たんじゃないか?」
「その可能性もあるからさっきは言わなかったんだけど、ちょっと心配になっちゃってね。もしかしたらメグちゃん、何か隠してることがあるかもしれないよ」
「ああ、分かった。注意はしとくよ」
「あくまで可能性の話だからね。問い詰めちゃ駄目だよ?」
先ほど紫苑が言った以外にも二人が思いつかないような理由で、字を知った可能性もある。そのため、今のところはそこまで不審がることでもないとの判断だ。
「そんなことしねーよ」
「伝えたかったのはそれだけだから。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
二人は挨拶を交わすと通話を終え、柚人はスマホをベッドの上に放り投げベッドの上でごろごろしていると部屋の扉が開かれた。
「出たよ」
そこにいたのは風呂を出たメグだ。しっかりと拭かなかったのか少し身体が濡れていた。が、それ以上に柚人の目を引く箇所があった。
「下はどうした?」
「下?」
「ズボンだよ」
メグは柚人の準備した上着だけしか来ておらず下は何もはいていない状態だった。小柄なメグが柚人の上着を着ているためワンピースのようになっており、下着が見えているわけでないが、それでも目のやり場には困る。
「ぶかぶか」
そう、上着が大きいと言うことはズボンも大きいということでもある。大きすぎてはけないのだ。そのことに柚人はやっと気付く。
「そりゃそうか。どうすっかな……寝るときにベルトはきついだろうし……」
「これでいい」
小さいズボンなんてないよな、と悩む柚人にメグは上着だけで大丈夫だと答える。
「……まあお前がそういうならそれでいいか」
一緒の部屋に寝るわけではないため、本人がいいならそれでいいかと頷く。メグは昼間に柚人が掃除して片付けた部屋に、布団を引いて寝る予定だ。
「眠くなるまで、書斎にいていい?」
「ああ、いいぞ。本好きなのか?」
柚人が掃除していた時も書斎にいたことを思い出しメグに問いかけた。
「……うん。色んな事が知れて好き」
「そうか」
自分の父親も最初は同じ理由で本を集め始めだしたと昔言っていたなと思い出す。
「俺は本は読まねえし、親父も当分帰ってこねえから書斎は好きに出入りしていいぞ」
「分かった」
好きにしていいとお墨付きを貰えたのが嬉しいのか、嬉しそうにしながら柚人の部屋を出ていった。
「俺も風呂入ってくるか」
部屋にいてもすることがないため、柚人も入ろうと思い準備をすると風呂場に向かった。