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自宅でくつろいでいた神崎柚人かんざき ゆうとは、学校へと行く時間になったことに気付いて鞄を手に取ると玄関へと向かう。

 外に出てると夏の暑い日差しを浴び、鍵を閉めバス停へと歩いて向かう――ことはできなかった。

 すぐ目の前に小柄な少女が倒れていたのだ。

 少女は綺麗な濡羽色をした髪の毛をしており、セミロングでよく見ると伸ばしたもみあげを編み込んで三つ編みにしている。黒色を基調とし、所々に黄色が混ざった服装。

 そんな中でも柚人が一番気になったのは、少女のすぐ近くに落ちていたサプレッサーの付いた携帯性のよさそうな拳銃だ。柚人はエアガンと呼ばれる遊戯銃かとも思うが、真偽を確かめるすべを知らなかった。

 その存在を訝しみながらも、倒れている少女を放っておけないため、ゆっくりと近づいていく。

 そこで柚人は気付いたが、少女はどうやら気を失った訳でななく、ただ寝ているだけだった。その証拠に静かで規則的な寝息をたてている。

 一先ずカバンをその場に置くと少女を抱きかかえて自宅へと戻り、二階にある自分の部屋へと連れていきベッドに横たえさせた。そして、再び外に戻り鞄と少女の物と思われる拳銃を慎重に掴んで自室へ持ち帰る。

 そして柚人は、勉強机の椅子へと腰を下ろして少女の具合を確かめるためにも視線を向けた。少女の整った顔立ちや、スカートからすらりと伸びた鍛えられて引き締まった美しく煽情的な足に目を惹かれる。

 両親は出張でしばらく家を空けているため、現在柚人は一人暮らしだ。そのため頼れる人もいなく、ひとまず警察にでも連絡しようかとポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、連絡しようとした――その時だった。

「ぅーん……」

 可愛らしいうめき声を発しながら少女が身じろぎした。その拍子に、スカートが少し動いて隙間から中が見えそうになってしまい、思わず柚人の視線はそこに釘付けになってしまう。そうこうしていると、少女の小さな瞳がゆっくりと開かれた。

 見慣れぬ場所を探るように、きょろきょろと周囲を見渡していた少女はやがて、その様子をじっと黙ってみていた柚人の元へとたどり着く。

 綺麗な瞳の猫目で、ジーっと見つめられた柚人はドキッとしながら無害そうな少女に話しかけることにした。

「あーっと、大丈夫か?」

 拳銃を持っていたこともあり少し警戒していたが、今までの少女のしぐさから無害そうだと判断していた。映画などで見かける暗殺者のそれには、見えなかったからだ。

「問題ない……ここ、どこ?」

 自身の体に傷がないかなど確認することもなく少女は答え、反対に柚人に質問を投げかけてきた。

「俺の家だ。君が家の前に倒れてたんで、家の中に連れてこさせてもらったんだ」

「ん……ありがと」

 頭をペコリと下げながら少女はそう答えた。

「それで、君はなんであんなところで倒れてたんだ?」

 答えにくいことかも知れないと思いながらも、そのことを聞かずにはいられなかった。

「…………私、スパイなんだ」

 どこか論点のずれた答えだが、しっかりと少女は返事をした。

「それじゃあ、やっぱりこれは君のだったんだ?」

 半信半疑の柚人は探るようにそう言いながら、先ほど拾った拳銃を少女に見せる。

「あ、それ私の」

 そう言って小さな手を伸ばすが勿論渡せる訳がない。

「あなたを撃ったりはしないわ」

 そんな様子を見た少女はそう言う。

「スパイってのが本当のことかも分からないのに、その言葉が信じられると思うのか?」

 人の命を奪うための道具をそう簡単に渡すことはできなく、いかに少女の持ち物だとしても自身の身の安全のために返せないと言い返す。

「大丈夫、弾もう撃ち尽くしちゃってるから。ほら、ホールドオープンしてる」

 そう言われても柚人には、ドラマや映画などでしか銃を見たことがなく知識もほとんどない。そのため、その言葉の意味もよく分からない。

 すると、少女はそのことを悟った様子でさらに説明をする。

「そのスライドって呼ばれる部分が後ろに下がってることをホールドオープンって言って、その状態はその銃に弾が入っていないことを意味してるの。だから大丈夫」

「……」

 説明する少女だが、柚人はそれでも信用しきることはできない。

「そんなに心配なら、ボディチェックしてくれても構わないけど」

 そう言いながら少女は立ち上がり、柚人に近づく。

 突発的な行動に身構えるが、不審な行動は見られず目の前にまでたどり着くと少女は腕を横に広げ、無抵抗の意を示す。

「どうぞ?」

 柚人の反応に不思議そうにしながらも、少女は遠慮しなくていいと声をかけた。

「……いや、いい。そこまで言うなら信じる」

 全くと言っていいほど嘘をついている様子がなく、抵抗もしない少女を見た柚人は素直に信じることにした。幼い見た目の少女に手を出すのに抵抗を感じたのも一つの理由だ。

「そう。よかった」

「それで、なんであんなところで寝てたんだ?」

 再び先ほどの位置に戻った少女に、気になっていたことを問いかける。

「組織から抜けてきたの。それで逃げてたんだけど、疲れて休んでた」

 特に隠し事をするでもなくあっけらかんと答える。

「組織から抜け出した?」

「スパイの組織、嫌気がさしてきたの。追っ手はちゃんとまいてるから安心して」

 自分を追ってきたスパイがいたが、すでに逃げ切ることに成功したと少女は言う。

「そうか……。ん? つまり、行く先がないってことか?」

 追っ手がいたことよりも、少女のこれからのことに柚人の意識は向いていた。

「そう」

「……警察にでも連絡して、保護してもらうか」

 その答えを聞いた柚人は一般的な常識としてそう答えた。そうするのが普通だろうと。

「それはだめ」

 しかし、少女はその言葉に首を横に振った。

「なんでだ」

「組織は警察にも手が入ってる」

「マジかよ……」

 それを聞き、柚人は頭をガリガリと掻く。ドラマなどではよくある展開だが、実際にそんなことが起こっているとは思ったこともなかったのだ。

 どうしようかと数分静かに考えていると、ある答えにたどり着く。

「………………追っ手は、完全にまけてるんだよな?」

 長い葛藤のうえで、柚人の口から出た言葉はそれだった。

「それは大丈夫。まいてからもう何日かたってる」

 柚人は何か覚悟を決めたように少女に確認をとる。

「もし、もしだけど。この家に居ていいって言ったら、どうする?」

「いいの?」

 少女はその申し出に驚きながらも、どこか嬉しそうにしていた。

 苦渋の決断ではあったが、見ず知らずとはいえ行く当てのない歳の近そうな少女を外に放り出せるほど、柚人は非情にはなれなかった。

 治安の良い日本といえど犯罪がないわけではない。寝覚めが悪いことは出来るだけしたくなかった。

「しょうがないからな。そう簡単に割り切ることもできないし。幸いにも両親は出張でしばらく帰ってこねえしな」

「ありがと」

 少女は、見ず知らずの男の家に滞在することに抵抗はないようで、提案を受け入れるとお礼を言った。

「はあ。まさかこんなことになるとは。……そういえばまだ名前聞いてなかったな」

 普段通りに学校に通おうとしていただけなのだが、この数十分で生活が百八十度変わってしまった。そんなことを思い溜息をつくが、ここにきて少女の名前を聞いていなかったことに気付いた。

「私はメグ。よろしく」

 少女――改め、メグはそう言って右手を前に出す。

「俺は神崎柚人だ」

 柚人は自身も名乗るとその手を掴み、二人は握手を交わした。そして拳銃も弾がなく発砲できないということが確認できたため、持ち主に返却する。

「もう学校始まっちまってるな……まあ今日が終われば夏休みだし、サボりでもいいか」

 ベッドのそばに置いてある時計を見て時間を確認した柚人はそう呟き、これからどうしようかと考えていると、すぐそばから可愛らしいお腹の音が聞こえてくる。

「……」

 その音の発生源であるメグに視線を向けると、素知らぬ表情をしていた。

「腹減ったのか?」

「うん」

 しかし柚人の問いかけには素直に答えた。それだけ腹を空かせていると言うことなのだろう。

「しゃあねえ。作ってやるから、先に下に行って、テレビでも見てろ。着替えたらすぐ行くから」

「分った」

 メグはそう言い残し、柚人の部屋を出ると階段を下りて一階へと向かう。

 数分とかからずに制服から私服に着替えた柚人はメグの後を追うように階段を下りていく。一階に下りた柚人が目にしたのは、テレビをつけて興味津々といった様子で眺めているメグだった。

「面白いか?」

 そんな姿を物珍しく思い問いかけると、らんらんとさせた目を柚人に向ける。

「うん」

 スパイとして生きていたからか、そういった普通に生きていれば日常生活で見る当たり前の物でも珍しいのかと柚人は感じた。

「じゃあ、そのまま見ててくれ。すぐ作っちまうから」

 そう言い残して、台所へと向かい料理をし始める。

 十数分たち出来上がった料理をテーブルに並べていると、その匂いを嗅ぎつけたメグがやってくる。

「……」

 料理を見たメグは早く食べたいのか、柚人にねだるような視線を向ける。

「遠慮しないで、全部食っていいぞ」

 そう言ったのを聞くやいなや、メグは椅子に座ると早速料理に手を伸ばす。

「美味しい」

 柚人の用意した箸で小さな口に料理を運びながら、そう感想を述べた。手間暇をかけた訳ではない料理だが、そう褒めてもらえたことに気分を良くする。

 小柄な体躯からは予想もできなかったが、メグは食欲旺盛らしく食べ終わるのに大して時間はかからなかった。

「そんなに腹減ってたのか」

「ごちそうさま。それもあるけど、美味しかったのが一番」

「それは良かった」

 柚人は立ち上がると空になった食器を台所へと下げて、洗い始める。そんな様子を興味深そうに後ろから眺めてくるメグに、ふと気になったことを聞くことにした。

「そういえば、スパイってどんなことしてたんだ? ……答えにくいことなら答えなくていいが」

 単純な興味として聞いたことだったが、逃げ出すようならあまり良い記憶ではないかと思い直し、付け足す。

「ん……まず誰を調べて欲しいとか……機密情報を盗んできて欲しいとかって依頼があって、そこに組織がスパイを送るの」

 話すことには抵抗がないようで、淡々と語りだす。所々で間が開くのは、組織のことをどこまで言っていいのか悩んでいるからだろう。知りすぎると柚人が襲われる、と言うことなのかもしれない。

「そこで活動する期間とか方法は時と場合によって変わるけど、下手をうった場合は銃撃戦になったりもすることもある」

 そのことを聞き、メグの持っていた拳銃の弾がすべてなかったことを思い出す。

「お前は……人を殺したことがあるのか?」

 そう言った柚人の声は少し震えていた。警戒心からか、怖さからか。

「人に向けて撃ったことはあるけど、殺しはない……と思う。流石に流れ弾とかまでは分からないから確信はないけど。進んで人を殺したいなんて思う人は本当に少数」

 嘘の可能性もなくはないが、メグの口からはっきりと無いと答えが引き出せたことに、ほっと安堵する。

「映画とかじゃよく撃ち合ってるみたいだけど、本当のスパイは殺し屋とは違う。人を殺すのが仕事じゃない」

「そうか。ならよかった」

 人に向けて撃ったことがあるという事実に、良かったと返すのはどうかとも思ったが、むやみやたらと銃を撃つ人間ではないと分かっただけでも、安心することができるとそう思った。

 そんな柚人の様子を眺めていたメグだったが、いつの間にか姿を消していた。そのことに気付いたが、特に物音が起こる訳でもないため放っておくことにした。

 やがて洗い物を終えると、メグの様子が気になった柚人は家の中を散策し始めた。

 台所と居間にいないのは直ぐに確認できたので、一階にある風呂場やトイレ、書斎を探していくが見つけることはできない。そのため、今度は二階にあがり両親の部屋、空き部屋を探す。だが、そこにもいないため残る場所は柚人の部屋のみとなった。

 扉を開けて中に入ると、先ほどのように柚人のベッドの上で無防備に横になっているメグの姿があった。まだ寝たりないらしくあどけない寝顔が部屋の出入り口からでも確認できる。

「警戒心なさすぎるだろ……」

 本当にスパイなのかと疑いたくなるその行動に、警戒している自分が馬鹿のように思えそのまま部屋の中へと入っていく。すると、足音に気付いたのかメグの目が開かれ眠気眼ながらじっくりと柚人の目を見つめてきた。

「寝込みを襲うきだったの? そんなことしなくても言ってくれればさせてあげるのに」

 恥ずかし気もなしにそう言い放つメグに、柚人は思わず面食らう。

「からかうなよ」

「嘘じゃないよ。ただで家に寝泊りさせてもらうのは流石に悪いから」

 そう言って戸惑いなしにメグは服に手をかける。

 魅惑的な提案ではあるが、流石にそれは止めないといけないと思い柚人はその行為を止める。だが既に脱ぎ掛けていたため、少しはだけたメグの上着からきめ細やかな肌が見えてしまい、思わずドキッとして目をそらした。

「早く服をちゃんと着ろ」

 そう柚人が言うと、メグは素直に従って服装を整える。その間、衣擦れの音に柚人は人知れずドキドキしていた。

「いいよ」

 そうメグは声をかけるが、いまいち信用しきれない柚人は少しずつ視線を向ける。そしてしっかりと衣服を着ていることを確認した柚人はしっかりとメグを見つめる。

「もう少し恥じらいとかないのか」

「スパイとして組織にいた時に色仕掛けとかも習ってたから。実際にしたのは今のが初めてだけど」

「だからって、もう少し自分の体は大切にした方がいいぞ」

 組織を抜け、これから一般人として生活していくのならば、そう言った考えは捨てなければいつ危険な目に会うか分からない。

「そう? ならこれからは気を付ける」

 素直に言うことを聞くメグを見ていると、スパイだと言うことを忘れそうになってしまいそうになる。

「そういえば、服どうしようか」

 男一人しか住んでいないこの家に女性物の服がおいてあるわけもなく、メグにいつまでも同じ服を着させておく訳にもいかないため、どうしようかと頭を悩ませているのだ。

「あいつに借り……は、無いな」

 考え始めた柚人の頭にはある一つの方法が思いついたが、それはどうしても厄介ごとになってしまうため出来るだけ頼ることはしたくなかった。

「?」

 そんな様子をメグは不思議そうに見つめているが、特に話す理由もないため話すこともなく無視する。

「まあ、普通に考えて買うしかないよな」

 単純な問題故に、解決策も単純な方法しかないものだ。そう考え着いた柚人だったが、先ほどまで疲れて家の前で寝ていたメグをその日のうちに連れ歩くのも酷な話かと思い、この家で暮らすのに必要な服などをそろえるのは明日以降にしようと決めた。

「さて……と、俺は空き部屋をお前の部屋として使えるようにするために掃除とかしとくから、お前はテレビ見るなり書斎で本読むなり自由にしてていいぞ」

「書斎?」

 初めて聞く言葉にメグは首をかしげる。

「ああ。今はいないけど、父さんが昔小説とかいろいろ集めてたんだ。それを書斎にまとめておいてあるんだよ」

「そう。なら私はその書斎にいる」

 書斎を選んだメグに書斎の場所を教え、柚人は掃除用具を一階から取ってくると自身の部屋の隣にある空き部屋へと赴いた。

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