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花冠を君に

 魔女の山。その山頂にある隠者の家。

 築六十年。

 気合の入った煉瓦造りの建物だ。生活に必要なものは一通り揃っている。

 居間には暖炉、台所には竈やパン用の窯もあり、煙突が二つ屋根から飛び出している。


「ふんふーん。いいじゃないのクジョウさんと遊びに行ってればー。ココらへんじゃ唯一のヒョーちゃんの理解者だもんねー同郷だもんねー。ルビーちゃん別に寂しくないしー。ヒョーちゃんの下着作るのに忙しいしーあー忙しい忙しい。」


(めんどくせえ……いや、放置しすぎた俺が悪いか。)


 朝から縫い仕事をはじめたルビーは明らかにご機嫌斜めだ。

 こんなの誰かに相談するまでもなく、最近クジョウさんに時間を使いすぎてルビーとの会話が疎かになった反動だろう。

 ガッツリご機嫌取りをしないといけない。


「ルビールビー、ここの山って中腹あたりに花園みたいな原っぱがあったよね?」


「あったわねー。」


「ピクニック、してみない? お弁当作るよ。」


「……いいわよー。いついく?」


「明日で。」


「ん。わかったわ。」


 そういう事になった。

 別にクジョウさんも毎日来るわけじゃないので今日も明日も余裕はある。


 山を回って木の実を探し、野生のうさぎを石投紐スリングで仕留めてナイフで血抜きし解体する。明日のメインだ。

 夕食用の魚をちゃっちゃと釣って塩焼きにして食べ、その日は早めに寝る。

 ルビーはやることがあると言って一緒にベッドには入らなかった。

 ちなみに0歳のときから常にルビーと一緒に寝てる。完全に日常で、もう一緒でないと違和感があるほどだ。一人だとベッドが広い。


 朝起きると、ルビーがいつもどおり火魔法でパンを焼いている所だった。窯からいい匂いがする。

 俺が夜のうちに生地を練っておいて、それを翌朝ルビーが焼くのが俺たちの日課だ。


 ピクニック用に多めに練っておいたが、ルビーは察して黙々と焼いてた。

 最初は古い窯の使い勝手がわからず、火加減を間違えることもあったが今は慣れたためその心配もない。

 

「俺も火魔法でパン焼いてみたいんだけど……便利だし。」


「まだ早ーい。もうちょっと大人になったらね。」


 ルビーは俺に魔法を使わせたがらない。

 最近はこのようにあしらうが、もっと昔の最初期は『なんで? わたしがいるからいいじゃないー』と泣き出したのでひどく焦った。

 だがファンタジー世界に転生したからには魔法を使ってみたいのが人情である。

 この問題は早めになんとかしたい。


 朝食を食べて、ぱぱっと掃除して身支度をしてルビーに声を掛ける。


「ルビー、そろそろ行く?」


「んーもうちょっと待っててー。」


 しばらく待ってると、白いワンピースに麦わら帽子、日除け傘のルビーが出てきた。

 初期装備の黒いドレスは長年の冒険……の最初の三ヶ月程度で擦り切れたり穴が空いたりしたので、今は市場で買ったり布から自作の服を作っている。

 ソシャゲの美少女キャラクターの衣装替えみたいに別バーションを課金してガチャする必要はなかった。

 この服は見たことがなかったので、おそらく昨日のうちにゲートで街に飛んで買ってきたのを手直ししたのだろう。


「ふふーん。どーよ。」


「白一色ってルビーは初めて見るかも。シンプルだけど、それだけに赤い髪やルビー本人の華やかさが引き立つね。とても綺……うっ。」


 途中でルビーに抱きつかれた。

 最後まで言わせろ。せめて。


「ほらほら最後まで言いなさいよー。ちゃんと聞かせてよー。」


 わしわしと髪をなで回される。

 苦しい。離して…!


「手、つないで。連れてって。」


「エスコートするよ。」


 日除け傘のルビーを先導して山道を二時間ほど歩く。昼飯のバスケットは俺が抱えた。

 ルビーは本当に楽しそうで、道中も何気ない話をたくさんした。


 やがて、道を進み、川を越え、山の中腹の原っぱに出た。

 有名な映画サウンド・オブ・ミュージックのロケ地のような高原に、色とりどりの花が咲いている。


「ひょ、ヒョーちゃんお花!お花!お花の輪を作ってきて一人で!あ、でも目の届かないところには行かないでねそれでルビーお姉ちゃんにあげるーって感じでキャーありがとうお礼に膝枕しちゃうからガッツリそれでお昼にして二人は幸せなキスをして……」


「落ち着け。あと花冠な。」


「あ、蜂が飛んでるわね焼き払わなくちゃ。」(シュボッ!)


「やめい! 花が咲いてるんだから蜂が蜜集めしてて当然なの! ちゃんと気をつけるから!」


「虫よけの魔法!」(ペッカーと光る)


 ルビーが魔法を発動した瞬間、俺たち二人の周囲からコオロギやバッタなどの虫が飛んで逃げ出した。ヤブ蚊や蝶も逃げ出す。

 多分地中にいるミミズとかも急速潜航か反転して逃げ出してる。


「これ、生態系への影響大丈夫?」


「私達が帰ったら、虫も戻ってくるわよ。」


 やっちまったものは仕方ないので、何事もなかったようにピクニックをすることにした。

 ルビーがご所望の花冠を作ることにする。


 原っぱを歩いてシロツメクサを集めて、くいくいと茎を丸めていって花冠を編む。

 それだけでも綺麗だったが、白いワンピースにこれはシンプルすぎるかなと、青や黄色のカラフルな花をいくつか選んで編み込んだ。ちょっと豪華すぎるか……?

 想像以上にすごいのが出来たので内心びびった。


 それを見ていたルビーがはよ、はよと鼻息荒く手招きするので、しょーがねえなあーという顔つきで戻り、一転うやうやしく差し出す。

 つけて、と言われたので、しゃがんだルビーの麦わら帽子を外して、花冠を乗せる。

 麦わら帽子は手に余ったので帽子掛け代わりに自分でかぶった。


「綺麗だよ。ルビー。」


「ありがとう。……ありがとう、ヒョーちゃん。嬉しいわ。とっても。」


 ルビーが涙ぐんでいる。

 ……いつもそうだ。ルビーは俺が何かをプレゼントすると、どんなものでも喜び感激の涙を流し、家宝にするぐらいの勢いで大げさに振る舞う。

 彼女の涙は苦手だったので、抱き寄せてよしよしとあやした。


 たしかに、八歳の割には大きいな、この体は。ルビーとの身長差が年々無くなっている。


    ◆ ◆ ◆


 割と奇妙な関係かもしれないが、実は俺はルビーの面倒を見ているつもりでいる。

 駄メガネの条件三番――ちゃんと面倒を見ること――それは縛りであり呪いだ。八年過ぎてもルビーは俺だけのために存在している。


 ルビーは俺を王城からさらった誘拐犯――ひどい言い方だが実際そう――だと思うのだが、おそらくルビーなりの理由があってやったことだろう。

 聞いても教えてくれないのは理由があるから。そして恐らく、まだ言えないから。


 そう確信するだけの時間はあったし、関係も築いているつもりだった。


 それに、俺のためだけに存在しているルビーを見限ったり裏切ったり不信してはいけない。

 俺がそれをしたらルビーは壊れてしまう予感がした。

 

    ◆ ◆ ◆


 隠者の家で暮らしているうちに六年が過ぎて、俺は十四歳になった。

 ルビーも二十代後半に成長した。


 その間。俺はクジョウさんから風魔法を学んだり、対価として現世で学んでいた短剣術を教えたり。クジョウさんに対抗したルビーから火魔法や飛行魔法などをやっと学ばせてもらったりした。


 クジョウさんのほうも、狩人の弟子を取ってからはそっちの育成にかかりきりになって遊ぶ機会がめっきり減った。その後、弟子に迫られて断りきれずにやっちまって結婚するぞと聞いて吹き出した。


 クジョウさんの結婚式に出席した後から、俺とルビーの関係まで微妙になってきた所に……あの事件が起こり、俺は旅立つことになる。

誤字等ご指摘願います。

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