隠者の家、魔女の山
スタールビーが冒険者になって八年が過ぎた。
それだけ長く冒険者生活をしていれば当然、あちこちの国で知り合いが増えた。
例えば商人。
行商の護衛を依頼してくる各町の商会。代表者の商会長や補佐の副会長、実際に行商を行う行商人、丁稚の見習い商人など。
冒険に使う武器防具を作ったり修理する鍛冶屋の親父さんや、見習い徒弟たち。
旅の途中に利用した宿屋の主人や女将、給仕の仕事をする息子や娘。料理や掃除や洗濯を分担する下働きさん達など。
他にも依頼者として繋がりのあった村の村長や、さらに村長の上司である男爵などの貴族とも知り合いになった。
貴族といえば飛空艇の持ち主も貴族だ。王子時代に命名の儀式で見た顔だった気もするが、向こうは覚えていないだろう、
冒険者ギルドの中でも有名になり、懇意にしている冒険者グループが増えた。
スタールビーはとても優秀なファイアメイジだったので、パーティに誘われることも多かった。そしてすべて断った。
だが、パーティに加入しなくても大きな仕事では他のパーティと共に仕事をしたりすることもあった。それでさらに知り合いが増えた。
そして八年のうちに稼ぎも膨大になり、宿屋暮らしをやめて王都に家を借りて使用人を雇ったりもしたが、煩わしい事も多くなった。
冒険者ギルドのギルドマスターなどとも相談した結果、しばらくほとぼりをさますために山奥に隠棲することとなった。
なお、その話は後で聞かされたため引っ越し直前まで俺は知らなかった。
スタールビーは勝手に物事を決めて進めてしまうため、俺は八歳になっても冒険者の仲間ではなくスタールビーの被保護者で、暴走する前にツッコミを入れるツッコミ役だった。
冒険の旅には同伴するが、戦闘ではスタールビーに守られていて、たまに助言したりツッコミを入れる他は戦力になることはできなかった。
この八年間の生活を詳しく説明したらそれだけで十冊以上の物語になってしまうので、惜しいけれども省略する。
そんなわけで、新しい家は山のてっぺんに作られた古い一軒家だ。かなり大きいレンガ造りで壁や屋根には苔が生えている。
山の頂上なので景色もいい。
辺境の山奥の、少し前まで隠者が住んでいた家。
隠者が旅立って空き家となって残っていた家を貰い受け、掃除をして荷物を引っ越ししたそこが俺とスタールビーの家になった。
「やっとゆっくりできるわ~。ヒョーちゃんこっちこっち。ぎゅーってしたげる♪」
ソファーに埋まってるスタールビーが手招きする。
「あーはいはい、いまいくいまいく。」
逆らっても無駄なのでされるがままにする。
スタールビーの体温は高いので寒いときは便利だがたまにうざいときもある。
「あ゛~し゛あ゛わ゛せ゛た゛な゛ぁ゛~」
「変な声出すなよ……。」
「なによー。いいじゃないのよー。あ゛あ゛~~。」(ゴロゴロ)
ここ八年でスタールビーに聞きたいことは山程あったが、たいてい聞いてないか、はぐらかされる。
今更確認することすら馬鹿らしいのだが、スタールビーは俺の擬人化チートで出てきた美少女だが、決して『ゲームの美少女キャラ』ではなく、自分の意志やどこからか持ってきたか不明な知識で自分で判断して行動をする一個の人間だった。
「ねえ、ルビー。」
スタールビーがフルネームでルビーは愛称だ。二人だけのときにたまに呼ぶ。
「ルビーちゃんって呼んで。」
「……ルビーちゃん。」
「もっと愛を込めて。」
「ルビーちゃんッ…!」
「ああっ!いいん。……いい。……そうね、いっそママと呼んでもいいのよ。」
「――ルビーママ?」
「ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛……ごめんチョット待って。」
背中から抱かれているので見えないがスタールビーの体温が上がった。暑い。きっと赤面して背中に顔を埋めてるのだろう。
割と慣れっこで心地よかった。
「嬉しさと物悲しさ――これはこれで、まぁ悪くはない。悪くないわ。むしろいい。なんか禁断って感じがムフッフ……」
「そーかそーか。」
しばらくゴロゴロする。
髪をモフモフされる。
「どっちかと言うと母親より姉ちゃんって感じなんだけど。」
「! じゃあお姉ちゃんって言って!ヒョーちゃん、はよ!!」
「ルビーお姉ちゃん♪」
「すんなり言われると心の準備がぐっはああああ!」
あー、はぐらかされてるな。いつもこうだ。
転生前は立派な社会人だったんだがな……関係ないか。家族だし。
八年も聞きたいことが聞けず、何やってんのと思ってしまうが、聞いたが最後、後には引けなくなるようなことも含まれている。実家の王家の事、魔王の事、チートの事。ルビー本人の事。
ルビーは馬鹿な行動をやるおバカだが、ちゃんと考えている部分もあるので、なんというか――信頼?してしまっている自分が居た。
強さは信頼できた。今までであったどの冒険者より強かった。
そして、意外にも本当に取り返しの付かないようなミスをしたことはなかった。破天荒な行動にいくつか裏があったことを確認したこともあるので、ある程度は計算ずくで馬鹿をしているのかもしれない。
まぁ、大体そう思った翌日にはやっぱりこいつ本物の馬鹿だと思うような事を起こすのだが。
結局その日は何も聞けず、ルビーと一緒に寝て終わった。