032 電波祭り
「相手を国家として承認する必要はありません。野盗の群れとして殲滅しましょう。」
飛空艇の貴賓室でエルジェブブが言い切った。
貴賓室の中には俺、ルビー、リュミドラ、マリ、騎士団長メルリンド。そしてクジョウさんがいる。
今回マクバーンとリナリーアさんは留守番だ。エルジェブブはクジョウさんでさえ連れてくるのを嫌がったが、俺が命令して従わせた。
エルジェブブは何も知らないリュミドラと違って、生まれてからすぐに知識をフル活用してアクティブに動き始めた。
この混乱しきった事態を収拾するために。
「なぜ承認しないほうがいいという結論になったんだ?」
「承認するメリットが一つもないからです。転移門の向こうにあるのは貧しく、先がなく、滅びゆくだけの価値のない世界です。こちらが助けたり何かを与えてもすぐに消費しきってしまい次を求めるのみ。見返りになるものはありません。……かつての魔界よりひどい。奪われた後の何も残っていない乾いて枯れた哀れな世界です。」
エルジェブブは言い切った。
「そもそも電波祭りに渦中にある上、兵員の八割がグールオーガ現象を発現。これは正式な国家の軍隊のありようとはとても言えません。彼らは日常的に共食いをしていたとしか考えられません。」
「それで、どうするんだ?」
「はい。まず開拓村を占拠している野盗の群れを殲滅し、人質となった開拓村の村人を救助します。要塞も叩き壊します。」
「それができたとして……転移門の向こうに連れ去られた村人や、アンリは?」
「転移門を越えてアンリ……ニクスキー憑依体を捕らえる戦力を派遣します。ただし、向かわせるのはわたくしの権能でつくったしもべの魔獣、眷属だけです。ご主人様や、クジョウ氏や、この飛空艇にいる大帝国の騎士たちは転移門をくぐることはありえません。」
転移門をくぐるとセン・ニンかテン・センのジョブと『悪を滅ぼせ』という使命を刷り込みされる。人間としてほぼ終わり、以後の人生を仙人として光合成して生きることになるので、その判断は妥当であり、納得ができた。
「現地ではすでに電波祭りが佳境を迎えています……メルリンド、報告しなさい。」
「は、はいいい!!」
涙目になって騎士団長メルリンドが大帝国斥候の報告書をめくる。
エルジェ皇女がエルジェブブになって以降、中級魔族ベルゼビュートはエルジェブブに絶対服従を誓わされ、こうして手先としてこき使われている。
メルリンドに憑依していた分霊はそのままに。ベルゼビュート本体は魔界でベルゼブブ不在をごまかす影武者の任務を与えられていた。
「開拓村の上空にはハネエルフの浮遊城を確認、さらに暗黒氷原から出撃したDJリッチーが間もなく到着。また、ヴァンパイア一級闘士、チャンピオン『闇の盾』と同じく一級闘士で『闇の盾』の弟子『英雄』が潜入したとの情報もあります! すでに開拓村内部はダイテッコウオオムカデの群れが猛威を奮っており、偵察部隊は撤退しました。」
「……一つづつ説明してくれ。」
ハネエルフとは世界の危機や転機にあらわれて外界を観察し、酒の肴にする暇人種族たちだ。こうして電波祭りのようなイベントをどこからか探し当て、手の届かない上空から見物にくる。気分は悪いがほおっておいても害はない。むしろ浮遊城に近寄るとビームで排除されるという。
DJリッチーとは魔族がこの世界に来るはるか前から存在している謎のアンデッドである。生物の生きられない環境である暗黒氷原の地下に根城を構えて電波でゴキゲンなミュージックを流している変わり者だ。彼の住居は寒すぎるため、植物が生えずモンスターも寄り付かないため電波祭りが発生することはない。しかし他人の電波を感知すると氷原の下から出てきてDJバトルと終わりのない雑談を仕掛けてくるという伝説の存在だ。
ヴァンパイアとは吸血城という中規模フォートレスを支配する吸血種族である。人間や獣人の血液を飲んでグールオーガ現象を発現した罪人の末裔で、彼らは己の血を与えることで同族を増やせるというグールオーガ現象のなかの変異種である。その数は少ないが優れた能力を持つため支配者に君臨している。社会性が普通にあるため、種族とのいざこざは少ない。
一級闘士とはヴァンパイア内部の戦士のランクを示し、チャンピオンはその最高峰だという。
「ダイテッコウオオムカデ……大鉄鋼大百足?」
「名前に『大』が二つも入ってる……」
俺とクジョウさんがちょっと微妙な顔をした。変な日本語だ。命名者は誰なのだろうか。
「成体が百メートルにもなる超大型のムカデです。電波を浴びて育つデンパススキに集まるデンパコオロギやデンパカヤネズミを捕食しますが、人間もよく食べます。」
「電波で会話するモンスターも来るって話だったけど?」
「はい。死霊山に生息するバライロコンドルの群れが開拓村の上空に出現。地上ではテツサビバイソンの集団が全国から向かってきています。アイランドヌーも幻魔諸島から出て河川を越えつつ進撃中です。島ほど大きいヌーで遥か太古から生き残る最後の一個体です、無限の食料庫と言われる世界樹の側を離れることはほぼありません。アイランドヌーの移動は電波祭りだけの現象です。」
「……もう何が何やら。俺たちはどこから狙うんだ?転移門かな?それとも電波を流している放送設備?」
「はい。転移門を制圧することが第一目標です。そして眷属を転移門の先へ派遣します。そのあとは、転移門を内側と外側から防衛しつつ遠距離魔法で放送設備を破壊して電波を止めます。」
「待って。先に放送設備を制圧して、異世界から来ている彼ら全員に撤退を勧告したい。最低でも一度は彼らに警告を出したいんだ。」
「クジョウさん……」
「却下です。転移門の確保を後回しにしたり、確保後でも敵の通行を許せば破壊される恐れがあります。そもそも、彼らは警告した程度では撤退する可能性はありません。指揮官を抑えても従うかどうか。」
「わかった。僕のわがままだしね。放送設備の確保と電波の停止を担当させてよ。停止が無理ならすぐに破壊する。」
「……殲滅です。わたくしたちは、異世界の兵士を全員殺します。グールオーガ現象でキョンシー化している者も、していない者も。ゆえに警告は必要ありません。」
「彼らだって人間だよ。一度は故郷に戻るためのチャンスを与えてもいいんじゃないかな?」
「ご主人様?」
エルジェブブが俺に視線を向ける。クジョウさんを連れてきたのは俺だ。
俺はどうすればいいのだろう。
クジョウさんの言うとおり警告を一度はするべきか。警告にすぐに従う可能性は低い。そうだとしたらただの自己満足か。警告に従って元の世界に戻る兵士がいたら制圧した転移門を通らせるのか。背後から撃たれる可能性はもあるだろう。転移門のむこうに報告されて増援が来る可能性もある。戦車や戦闘機が来たら内と外から高い火力で挟撃され攻められることになる。
「警告はします。……ただし、開拓村の上空で、この飛空艇に搭載されている拡声スピーカーを使って外側から言葉で呼びかけます。」
「ありがとう。僕はそれでいいよ。」
クジョウさんは納得してくれた。
「承知しました。ご主人様。敵の対空兵器は……なんとか食い止めましょう。」
「あとアンリを捕獲する眷属を放つ時に、ついでに転移門の向こうにいる国の王……地球統一政府総督バキュラを暗殺するよう命じてもらえないかな?」
ざわっと皆が驚く。
「凄い。」
「それは考えてなかったね。」
「……流石ですご主人様。こちらからも攻めるのですね。良いと思います。」
皆はなにか勘違いをしているが。これは個人的な復讐だ。駄メガネ情報によれば地球統一政府の支配者はバキュラだ。恐らく、俺に封印を施したのもバキュラだろう。今更やつを殺しても封印が解けたり、俺の前世が報われるわけではない。
「俺は自分の……」
復讐のためにバキュラを。
がしりと腕をつかまれて言葉が止まる。ルビーが俺の腕を握っていた。
「ヒョーちゃん。」
「ルビー。俺は、自分のために」
「なにがあったのか知らないけれど。迷ってるならやめなさい。必要だとは思うけど。やらないよりやったほうが良いけど。」
「必要?」
「アンリと手を組んだなら、そのバキュラも私達の敵よ。だから倒すことは必要なの。躊躇は必要ないわ。」
「そうか……ならば、いい。なんでもない。」
「迷いは?」
「晴れた。」
「そう。よかったわ。」
ルビーがうなずく。リュミドラは傍観し、エルジェブブは羨ましそうに見ていた。
「そのバキュラ、ヒョーちゃんが殺せっていうなんてよっぽど悪いやつなの?」
「どうかな。よくは知らない。」
これは本当だ。バキュラと会話した時間なんて五分程度もない。
「間もなく開拓村、上空です。」
騎士団長メルリンドが報告する。戦闘準備は全員終えている。順番に部屋の扉を通って飛空艇の甲板へ出ていった。
「こちらはピレイネ王国ヒョーマ・グントラーゼ・ピレイネ王子および光の大帝国大皇帝全権代理人大賢者エルジェ・アルンハイム・ゴルコンダです。開拓村を不法に占拠しているテロリストたちへ勧告します。あなたたちはピレイネ王国の領土と主権を侵害しています。よって実力による排除を実行します。命が惜しければ今すぐにすべての武器を放棄し、人質を開放して投降しなさい!」
飛空艇の拡声器でエルジェブブが呼びかける。
要塞化された開拓村は高い壁で囲まれ、コンクリ突貫工事で作られたような三階建てのビル(倒壊済み)と巨大な体育館のような建造物を中心にファンタジー世界に似つかわしくない未来的な建物がまばらに建てられ、大地には無数のテントが設営されていた。
開拓村はその周囲の畑になっていた部分も村の内側も巨大なススキが地面を覆い尽くし、人間ほどの大きさのコオロギやカヤネズミが大量に闊歩している。百メートルから数十メートルの巨大な大ムカデがあちこちで蠢き、エサを捕食している。空にはバラ色の巨大なコンドルが舞い、こちらも時折急降下して人間を捕食している。
地平の端には戦車の群れのような鋼鉄のモンスター集団が接近してきている……あれは多分テツサビバイソンだ。
極めつけは、遠くに見える富士山のように空気の壁で霞んで見えるほどの巨体がだんだん近づいてきていることだ。アイランドヌーであろう。
『地球統一政府の勇猛なる兵士諸君!あの上空に見える戦闘機こそが卑怯にも我軍に未知のウィルスをばら撒き同士討ちさせた挙げ句に卑劣なプロパガンダで我々の名誉を汚そうとする土着人の手口である!即刻排除し地球統一政府総督に栄光を取り戻すのだ!』
『サーイエッサー!』
あちこちに設置された架台から高射砲が発射される。その数、十あまり。
また、三名ほどの歩兵が地対空ミサイルスティンガーを発射する。狙いはすべて、この飛空艇だ。
「いくよ。」
甲板の舳先に直立するクジョウさんの弓矢が高射砲の追尾誘導弾をすべて空中で叩き落とし誘爆させる。すかさず発射地点をも狙撃して風をまとった矢で高射砲を破壊し射手も射抜く。スティンガーも同じく弓矢で迎撃して爆発させ、地上の歩兵を随伴している観測者ごと射ぬいた。
この間二十秒程度。発射した矢は五十本ほど。一発も外さず無駄撃ちがない。指揮をしていたエルジェブブもポカンとする。
「反撃!」
クジョウさんが叫ぶ。ルビーは手慣れたもので箒で飛空艇の周囲を飛び回り、お得意の火力で開拓村へ爆撃を開始した。
「メテオストーム・ダブル!」
いつもの隕石十連打。爆発と爆風が開拓村を破壊する。ただし中心にある体育館のような建物には被害がいかないように隕石の着弾視点はだいぶ遠くに設定している。
一面のススキが吹き飛び、焼け焦げ、燃え始める。人間ほどの大きさのコオロギやカヤネズミが逃げ惑い、その巨大さゆえ隕石の直撃を受けた大ムカデの胴体がちぎれ飛んで欠損し、欠けた身体でのたうちまわる。百メートルサイズのモンスターののたうちで開拓村要塞内のあらゆる設備や建物が踏み潰され、押しつぶされ、粉砕され、ちぎれ飛ぶ。
上空を舞っていたバライロコンドルは隕石の衝撃波で半分ほどが墜落し地面に落ちたが、すぐに飛び上がって逃げ出した。本能的に危険を察知したらしい。ああした退却の会話も電波で交わしているのだろうか。
「人質の無事は!?」
「冒険者の心得そのいち!テロリストには妥協しない。絶対に絶対に妥協しない!人質の時点で死んだものとして扱う。まず勝つ。人質は無駄と思わせる。生きていたら儲けもの!」
冒険者こわい。いや、人質の無事のために犠牲や傷口を広げるよりは正しいのか?そういう考えがこの世界の一般的な考え方なのか。前世にいた世界のように世界大戦で大量の死者が出て欧米市民がビビッたという記憶がなければ人道主義は生まれていても世界に広まらないのかもしれない。人道主義が欧米以外にはウチガワから生まれていないゆえ大戦未経験の国々に理解されていないように。あるいは人質を早く確実に開放するという観点……合理性の優先か。
「フリーズブリザード・トリプル!」
エルジェブブの大魔法が開拓村を凍結させる。メテオストームと並ぶ超広範囲魔法だ。それが範囲三倍で開拓村を覆い尽くす。霜と氷による凍結で兵士やキョンシーの動きが止まる。コオロギと大ムカデは凍りつき、カヤネズミがいっせいに逃げ出す。向かってきていたテツサビバイソンも冷気を感じて足を止めた。
ゴウッ!
開拓村から四本脚の戦闘機が跳躍した。シャークマウスのペイントが施されたF-14トムキャットの底面に足を付け足したようなフォルムだ。
同時に戦車とトレーラーがジェット噴射で飛び上がり、三台のマシンが変形して合体する。
腕と足が大きな歪なフォルムの人型ロボットが完成した。
「うわあああーなぁにあれ!!」
「ひえええ!」
「きょ……巨人??」
クジョウさんが興奮して叫ぶ。他のメンバーはあっけにとられていた。
「なんでやねーん!!」
俺は叫んだ。何をヤッているんだ未来の地球。なんて無茶苦茶な合体なんだ。ガワだけF-14で中身は全部魔改造済みか!?
ピキュイーン!
変形したロボットの瞳が輝く!
『ドゥンドゥンドゥンホォーイ!!』
ロボットからマサイ人の雄叫びが轟く。マサイジャンプだ。この声……さっきの指揮官か?
巨大な手足を振り上げて飛び上がる。かなり距離があったが、ホバー移動を組み合わて空を歩くように飛空艇に接近してくる。
この飛空艇にパンチを……いや、右手部分からビーム剣を展開。叩き切るつもりだ!
「ビックバン!」
ルビー最大最強魔法ビックバンが炸裂する。パシシッと軽い音が響き、ロボットは頭部と胸部、右腕ビーム剣を消し飛ばされて墜落した。残った下半身が勢いのままに落下して凍結した開拓村に土柱が上がる。雪煙が舞う。轟音が響いた。
対魔法装甲がない機体なぞ、ただ鉄の厚みのみ。ルビークラスの魔法使いの敵ではなかった。
開拓村を占領していた地球統一政府軍の指揮官である旧タンザニア出身のジェレミー大佐が搭乗していたF-14改造機『オピリオン』がビックバンで消滅したため、この時点で敵軍の指揮官は戦死し不在となった。
「着陸は不要。降下します!」
ガコンッと、音がする。飛空艇の下部に設置されていた格納庫に通じる発射口が開く。リュミドラと騎士団長メルリンド以下の騎士団の突入部隊を載せた魔導戦車が射出された。目標は転移門だ。
「ご主人様、お手を!」
「ヒョーちゃん、乗って!」
俺に向かって甲板に立つエルジェブブと箒でホバリングするルビーが同時に手を差し出す。どっちを取れと?
「お前らがついてこいっ!」
俺は甲板を蹴って開拓村へ飛び出した。
「オーラウェイブ!」
赤いオーラの波を自分で作り出す。赤い波の急角度斜面だ。それに乗って空中を駆け下りる。急な坂道を自転車で駆け下りるような無鉄砲な興奮が体内から突き上がる。
開拓村から対空射撃が散発的にあがるが、すべてクジョウさんの弓矢が黙らせた。
「もうー!」
ルビーが俺を追って箒で追随する。
「ご主人様っ!?」
エルジェブブも一瞬遅れて飛び降りる。何かのアイテムを使ったのか、光の翼を広げて速度でルビーを追い抜く。
「行くぜ転移門!」
俺は赤いオーラに包まれて、目標地点である転移門を覆い隠す体育館のような建造物へと突っ込んだ。
誤字等ご指摘願います。




