子連れ魔女
俺はスタールビーによって王城から連れ出され、ヒョーマ・グントラーゼ王子ではなくなり、ただのヒョーマとなった。
そして、スタールビーの破天荒さに振り回される日常がはじまった。
……
…………
スタールビーの大声で目が覚める。
「だーかーらー、魔王崇拝教団潰してきたから報酬頂戴って!ほら、手配書にあるし!」
時刻は深夜……いや明け方か?
王城脱出から数時間から半日寝てたとするとまだ朝のはずだ。
「いや、ですから、証拠がないので今、裏とり中です。あと、冒険者登録してませんよね?まずはそこから……」
スタールビーと受付嬢らしい人がカウンターを挟んで怒鳴り合ってる。これはうるさい。
どうやらスタールビーは冒険者ギルドという所にいるらしい。
魔王崇拝教団とかいうワードが聞こえたが……なんだそれ。潰した?いつの間に?
「冒険者登録?いいわよ♪ ちゃっちゃと終わらせましょう。」
「ではまず、こちらの用紙に記入をしてください。」
名前や生年月日を書く紙がでてくる。
役所でお馴染みの四角い申請用紙だ。
「ばぶー!(四角い紙じゃん。文明レベル高すぎぃ!)」
「あら、ヒョーちゃん起きちゃったわ。よしよし。まぁいいわこれに書けばいいのね。」
スタールビーが羽ペンをサラサラと走らせる。
羽ペンはいつの時代にあってもおかしくない。問題は黒いインクの小瓶のほうだ。
「ばぶぅ……(インク……いや墨かな?墨は煤から作れるから、かなり古代からあったんだっけ。)」
「書けたわ。ほらこれ!」
「確認いたします。」
受付嬢がスタールビーの書いた申請書を受け取る。
異世界の文字だ。
「ばぶー。(なんかすごくOLっぽい対応だな……)」
「すいません、生年月日が空欄です。あと年齢は?」
「そんな事恥ずかしいわ♪」
「規則ですので、せめて年齢を。」
「ん~、地下に一万年くらいいて、地上にでたのが五百年くらい前?」
「では五百歳にしておきます。」
「ばぶー!(事務的スギィ!この人プロだ。プロの対応だぁ!)」
……五百年?
スタールビーがホラを吹いてるのでなければ、もしかして元となった宝石の記憶を持っているのか?
「では次にステータス測定です。」
「ばぶー!(ステータスキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!)」
思考が一気に吹っ飛ぶ。どうやらこの世界はステータスというパラメーターが一般に認識されているらしいぞ。
受付嬢が測定装置を持ってくる。
「そこを握って……はい、測定終わりました。」
早い。
この世界の文化レベルがわからなくなってきた。
頭の中は「???」でいっぱいだ。
「レベル150、筋力A、体力A、敏捷A、器用C、魔力【測定上限超え】、クラス:ファイアメイジ……測定上限超えを見たのは初めてです。これはすごい!とんでもない新人が現れました!」
うおおおー、と野次馬から歓声が上がる。やり取りが派手だったのですっかり人だかりができていた。
ステータスがアルファベットなのは、まだこの世界の言語を分析中なので、俺が前世の知識で判断できるように理解しやすい表現に落とし込んでるだけなので突っ込んではいけない。
「それで冒険者ランクですが3つあります。……A級であり第一位でありプロフェッショナル冒険者に与えられる『金ランク』、B級であり第二位であるベテラン冒険者と証明する『銀ランク』、C級であり第三位の駆け出し冒険者を表す『銅ランク』、これら3つの等級があります。」
「いきなりSSSSSSランクとかは?」
「ありません。例外なく最初は全員、銅ランクからスタートします。あとは実績と仕事への勤務態度で昇格が決まります。」
「ばぶ?(あれ、冒険者ギルド名物の新人をからかう上級者の出番は?)」
「それならもう終わったぜ。いきなりブラッドボイルしかけたんで急いで止めたわ。」
ん?
何か今、返事が返ってきたような気がしたが気のせいだろう。
「おまちどうさん。確かに壊滅してたんで、賞金出すぜ。」
筋骨隆々とした逞しい肉体のおっさんが出てきた。
「おかえりなさいませ、ギルドマスター。」
「この子の受付、あとは俺がやるわ。ご苦労さん。」
「はい。それではお願いします。……次の方、どうぞ。」
ギルドマスターに別室に招かれたスタールビーは、賞金を受け取るとすぐに次の仕事を要求した。
「慌ただしいな。少し休まねぇのか?」
「まだ疲れてないし。あと、この子の生活費も稼がないとね♪」
「子連れ冒険者とは珍しいな。まぁいいけどさ。深くは聞かねえ。それが冒険者の流儀だ。……だが、なんて名前の子供なんだ?」
「ヒョーちゃんよ。ヒョーマ。」
「へえ、王子と同じ名前か。命名の儀式があったばっかりだし、この時期は多いんだよな。だけど縁起のいい名前じゃないぜ。」
「ばぶっ!?(え??どういうこと。)」
「なんでよ?」
「あっさり病死しちまったんだよ。ヒョーマ王子は。今朝方告知があったぜ。」
「ばぶぅぅぅぅー!!(廃嫡されてるうううう!!!)」
…………あ、割とショックだ。
いや、追手が来ないのは幸運なのか?
しかしどうしてそうなった。乳母がごまかしたのか?……わからん。でも実の両親が追ってこないというのは悲しい。
――こうして、スタールビーは子連れの冒険者となり、生活費を稼ぐ日々がはじまった。
依頼01:ゴブリン退治
記念すべき最初の依頼は王都から少し離れた村のゴブリン退治だった。
箒に乗って空を飛びさくっと村に到着、村長へ冒険者ギルドのギルドカードを見せて依頼を確認。
村から少し離れた森の洞窟にゴブリンが住みつき、村の畑や家畜小屋を荒らしたとのこと。
「ゴブリンは群れで行動しますのじゃ……冒険者様がいくら強くても、お一人では危ないのでは?」
「ばぶー。(不安だ…)」
「大丈夫!任せて♪」
村の猟師の案内を断り、再び箒に乗って洞窟を確認。
上空から五十メートルを超える魔法陣を展開。嫌な予感がする。
「メテオストーム!」
「ばぶぅぅ!(この馬鹿やりやがった!)」
空から隕石が降ってくる。それも一つや二つではない。五つだ。
爆発。爆発。大爆発。地響き。地震。衝撃波五連発。俺はスタールビーのバリアで守られていたが気を失った。
洞窟は消滅していた。深い洞窟ではなかったため地下部分など残ってもいない。
森も消滅していた。あとにはクレーターと焼けた木々が残るだけだ。
村長以下村人達は怯えて声も出なかった。足がすくんで逃げることすら不可能。
家畜は轟音と地震で泡を吹いて倒れ、最悪の場合ショック死していた。
畑の作物は衝撃波でなぎ倒されていた。
その村は鳥も動物も寄り付かなくなり、数年後には廃村になったという……。
「ゴブリン退治の報酬は出たけど、もうゴブリン退治は出禁だって。ヒョーちゃん、何がいけなかったのかしらね?」
「ばぶぅ…。(こいつはヒデェ)」
依頼02:馬車の護衛
ゴブリンの暴威から村を守った(?)次の仕事は隊商の護衛だった。
どうやら山賊が出るらしい。
「山賊たちは商人の馬車を見ると金目のモノを狙って襲いかかってきます。そのため、鎧兜で武装した護衛が何人もいれば襲撃を未然に防げます。」
「つまり示威行為が有効なのね。任せて♪」
スタールビーはいつも美しい。黒いドレスがよく似合う。
商人達はため息を付いた。
「しかし、冒険者様のような美女がいれば逆に何が何でも襲いかかってくるでしょう。」
「サモンイフリート!」
お台場のガン○ムのように巨大な、炎に包まれた燃える巨人が魔法陣から出現する。スタールビーの召喚魔法だ。
馬車の馬がすべてマッハで逃げそうになって暴走しようとするのを御者が必死に止める。それはそうだ。俺も逃げたい。
隊商の責任者が苦情を入れるがスタールビーは構わずイフリートに前を歩かせた。当然、山賊は出てこない。というか街道から人が居なくなった。一切いなくなった。すれ違うどころか後ろからついてこようとする者すらいない。
イフリートはずんずん進み、目的の都市に近づく。
壁の向こうではしきりに鐘が鳴り響き、住民は逃げ出し、衛兵は矢を射掛けてくる。だがイフリートは一切気にせず城壁を掴んだ。
その日、人類は――……
「逃げ出した人が戻ってくるまで商売にならないって怒ってたわ。ヒョーちゃん、何がいけなかったのかしらね?」
「ばぶー。(何から何まで悪いんだが……まさかこれが続くのか!?)」
依頼03:空賊退治
いまだにスタールビーに依頼が来るとは世間と冒険者ギルドの正気を疑うが、それでも需要はあるらしい。
今度の依頼は飛空船を襲ってくる空賊退治だった。
「いいですか、絶対、絶対に依頼者の飛空船は壊さないでくださいね!」
「はいはーい♪」
「ばぶぅー(よかった、冒険者ギルドの受付嬢が同伴だ。)」
快適な空の旅の途中、大砲の轟音と共に空賊が乗り込む海賊船……空賊船が出現する。
てか飛空船に大砲とか完璧に時代考証がおかしいが、この世界はそういうものだと自分を納得させる。
「ばぶぅー!(すっげえ、飛空艇の中にカジノがある!)」
「ヒョーちゃーん、こっちも見てぇー!」
今回は受付嬢に預けられて飛空艇から高みの見物である。
いつもスタールビーに抱えられていたのでなかなか新鮮、というか初めてだ。
「サモンフェニックス・トリプル!」
出た、なんかよくわからない瞬間三重魔法。
スタールビーは魔法に集中時間を必要としないのでいつも瞬時に魔法を放つ。しかも本気になれば三発同時に発動させることも出来る。瞬間かつ三重は冒険者ギルドでも類を見ない技量らしい。
普通、魔法を使うには精神集中に数秒から数時間を必要とするそうだ。ブラッドボイルも本来なら五分以上の集中が必要という。スタールビーはいつでも瞬時に使うので知らなかった。弾込めの必要ない連射可能な銃口を常にどこかに向けているようなものだ。
空賊船が三匹のフェニックスの群れに囲まれ、三方向から火炎魔法で攻められる。フェニックスはスタールビーには及ばないが火炎魔法を使う。
さらに箒で飛び回るスタールビーがファイヤーブラストを放ち、熱波で船体に穴を開ける……ああ、空賊船が墜落していく。傍で見るとよくわかる、あの速度、攻撃力、連射性能。理不尽すぎる魔法の暴力だ。
さすがのスタールビーも空賊船と間違えてこちらを落とすようなヘマはせず、護衛任務と空賊退治は無事に終了した。
後日、送還し忘れたフェニックスが野生化して群れとなって空路が使えなくなったという知らせが来た程度だった。
「あのフェニックス卵生んでたわー。それも十個も。繁殖力が強いわねー。あのままだと近くの国が無くなってたかも。」
「ばぶー!(無くなってたかも、じゃねーよ!大惨事じゃねえか!)」
――こんな生活が八年間続いた。
スタールビーが大金を稼いだ事と、それに伴い悪名が高まりすぎたため、辺境の山に隠れ住む事になった。
腰を落ち着けて生活できるというのも悪いことではなく、俺は魔女の山ですくすくと育っていった。
転機が訪れたのは八歳と十四歳のとき。
八歳で人生の師匠といえる相手と出会い、そして十四歳の時に魔王討伐の旅がはじまった。
誤字等ご指摘願います。