027 光の大帝国の高貴なる皇女殿下にして世界で唯一の大賢者がやって来た
王都ピレイネの中央、ピレイネフォートレスである岩山の上にそびえ立つ王城。その更に上に、巨大な飛空艇が停止……停船していた。
飛空艇には東の大帝国の紋章が大きく刻印されていた。他国の首都の中枢にいきなり侵入とは、これはもしかして国際問題なんじゃないだろうか。
さっきまで会議をしていた全員で中庭にやってくると同時に、飛空艇からゴンドラが降りてきて数名の男女が中庭に着地した。ゴンドラから折りたたみ式の階段が展開し、さっと赤い絨毯が階段の上から中庭の地面まで設置される。
絨毯の中央を集団のリーダーらしき少女を筆頭に、その左右に武装した騎士が随伴して降りてきた。
「妾こそは『光の大帝国』を支配する『大皇帝』の息女にして全権代理人。そして世界で唯一『大賢者』の称号を得た者! エルジェ・アルンハイム・ゴルコンダなり!」
豪奢なドレスを着た青髪の少女が宣言する。とっても偉そうだ。歳は俺と同じくらいだが、威厳と知性と高貴さを感じさせる。かなりロイヤルだ。しかし胸は薄い。(ないわけではない)
エルジェ皇女とは……酒場の噂で聞いたことがある。大帝国における最年少の重鎮。若干十四歳の美少女大賢者という触れ込みだ。大帝国の魔法学校の学位を総なめした天才。大帝国最強の魔法使い。数々の難事件や迷宮入り事件を解決した敏腕捜査官。その能力と実績と信頼性から騎士団まるごとひとつと高速型飛空艇を大皇帝から与えらえた全権代理人。
……そんなの噂にありがちな誇張されまくった尾ひれでしか無いと思っていたけれど、実在してたのか。
「私は光の大帝国、第一騎士団『インペリアルソード』団長メルリンド・ミリエーラだ! 我々は、ピレイネ王国のヒョーマ・グントラーゼ・ピレイネ王子殿下に対し、緊急で極秘かつ非公式の会談を申し込む!」
白銀の騎士鎧にマントをまとった女性騎士が会談を申し出てきた。こちらは鎧の上からでもわかるグラマスな体格だ。
しかし、飛空艇で乗り付けた上に中庭で叫んでおいて極秘も何もあったもんではないのでは……?
「へえ。どうするんだ? ヒョーマ王子さんよォ?」
「決まってる。受けるよ。」
マクバーンにそう返すと俺はゴンドラに進み出ようとするが、クジョウさんに止められた。
「まってまって。王子がここで出ちゃダメだって。ほらみてみて。家令の人が対応してるでしょ。多分この後、玉座の間で挨拶してから会談受けるかどうかの返事をして、受けるなら離れの部屋で会談すると思うからヒョー君もセッティングしてきてね。」
「セッティング?」
「うん。非公式とはいえ外国の使節を受け入れるんだから身なりをキチッとしてきてね。メイドさん達に言えばなんとかなるでしょ。彼女らも国内の貴族の子女なんだし教育は受けてるはず。手が足りないようならリナにも頼むから。うちのリナも現役のお皇女様だし。」
「いいのですか? 任せてください! ヒョー君をどこに出しても恥ずかしくない立派な王子様にしてみせます!」(ふんす)
そうして俺は、スタイリストと化したメイドさんたちとリナリーアさんによって頭の天辺からつま先までの全身をコーディネートされ、髪を整髪剤でピッチリ整えて顔にメイクを施されて、王太子にふさわしい服装に着替えさせられ王冠などの装飾品や靴や小物も装着させられて玉座の間に設置された。
そして使者殿と挨拶を行い。会談の申し入れを了承した。。
なんか最初はモデルか芸能人……にでもなった気分だったが、やっていることは社会人時代の接待と大差ないと昨日の国葬で気がついていたので、社畜のころを思い出しながら公務をそつなくこなした。
◆ ◆ ◆
無事に挨拶も終わり、儀礼的に贈り物も受け取って(本来は大帝国が格上らしいが、はるばるやってきて手土産がないほうが面子が潰れるため形式的に受け取った)密談のため場所を王城の離れの談話室に移した。
人払いをしたので相手はエルジェ皇女一人。こちらは俺一人。完全にサシだ。差し向かいだ。お茶とお茶菓子はテーブルの上に用意されている。
隣の部屋は控室になっておりマクバーンやクジョウさんが待機しているが、同時にあちらの騎士団長メルリンドたちも待機していた。
「さて堅苦しい話は抜きじゃ。ヒョーマ王子よ。お主が我らの協力者であることは存じておる。ゆえに、まずリュウスキーを出してもらおうか。」
「はて、リュウスキーとはどちら様でございますでしょうか?」
「しらばっくれずとも良い。お主の共犯者じゃ。なんじゃ、あやつから聞いとらんのか?」
相手の雰囲気がやや剣呑になる。しらばっくれ続けたらこちらの身が危うそうだ。
(マリ? この子に心当たりある?)
俺は心の中でマリに呼びかけた。黒紳士と戦った時に心で会話ができたので、なんとなく今でも。これからずっとでも。マリと思念で会話ができる気がした。念話というやつだ。マリの心につながる電話番号を暗記したというか……マリの心とチャンネルがつなかったままなのを感じている。その履歴をたどって話しかけた。
(あ~~。多分……上級魔族で四天王筆頭のベルゼブブ……か、その部下の中級魔族ベルゼビュートだと思う。えっとね。あのね。ベルゼビュートはベルゼブブの従兄弟でね。影武者もやってるくらい似てるからね。どっちかわからないなぁ。つまりね。とにかく魔族が憑依してるんだよ。その大賢者。)
マリから返事があったベルゼブブ殺す。条件反射でそう思った。なぜかは覚えてないが、とにかく殺す。おっと。俺は生前の道場での訓練と今生でのクジョウさんとの修行の成果で殺気を表に出さず、しかし読み取りは敏感になっていた。
殺意を相手に知られることはほぼない。
(マリでもどちらか、わかないのか?)
(えっとね。影武者だからね。見破るのは難しいんだよ。だけどね。大賢者皇女と騎士団長はベルゼブブとベルゼビュートなのは確かだよ。人間と合意を形成して憑依している思うよ。でもね。どっちかまでは。ボクにはわからない。)
どちらかなのか……じゃあ最悪ふたりとも殺せばいい。そう思った。我ながら物騒だな。
(で、そのどっちかさんがマリに出てこいって言ってるけど?)
(……ぐぅ。)
「出たくないようですけど? 寝てるようです。」
「叩き起こすのじゃ。妾に手間をかけさせるでない。四天王直々の訪問ぞ。リュウスキーがここを拠点にしておるというから、やって来たのじゃ。事態は急を要するのじゃぞ?」
あ、やばい。大賢者エルジェ皇女が怒っている。
「もぉ~。なんだよ。そちら様はどなた?」
マリが短距離瞬間転移して部屋の中へ現れた。
思えばこいつ、魔族の本体の影としてこの世界に降臨したせいか、この短距離瞬間転移といい途方もなく強力な能力を多数保有している。
(あのね。この世界にいる間はね。魔族の真名は秘密なのでよろしく。ボクの名前も外に漏らさないでね。逆にボクの名前を教えてもらったといえば最大級の信頼なんだよ。)
そなのか。なんか最初の自己紹介でぽろっとその場の全員に漏らしてたんですけど!
(あの時はテンション上がってたんで仕方ないね。一応ね。ボクの発言は、ある程度のレベルがある相手にしか聞こえないようにはしていたよ。)
「妾はムシスキーじゃ。リュウスキーよ。この王国を無傷で手に入れるとは見事である。その功績は魔王様も高く評価しようぞ。」
(ムシスキーって?)
(ベルゼブブとベルゼビュートが共同で名乗ってるグループ名のこと。)
「今回の功績をたたえて、お主は四天王に次ぐ地位を得ることとなる。そのため、魔王様への貢献をより確かなものとするための特別なる任務を申し伝える。」
「えっとね。あのね。要するにざんぎょ……いえなんでもないです。」
マリがエルジェ皇女に睨まれて黙る。すげえ。マリを黙らせた!?
「まず、王国からほど近い辺境。魔女の山という俗称で呼ばれる土地に新たなるフォートレスが発見された。」
「そうだね。それはね。知ってるよ。」
「ならば次にやることはわかっておるな? 新たなるフォートレスを我らがものとし、魔王様の支配をより盤石なものへとするのじゃ。よってフォートレス門前町作りに協力せよ。物資と人材を送って街を作るのじゃ。」
「えっとね。あのね。冒険者の手配とかはどうするの?」
「あらかじめフォートレスを攻略するためにエルフスキーたちが用意していた手勢が国外におる。そやつらを向かわせる。そして妾の騎士団も常駐させるつもりじゃ。心配するな。」
「はあ。王国の物資とお金でバックアップだけさせて手柄はそちらが取るつもりだね。」
「人聞きの悪い事をいうでない。お主は今回ちょっと勝ちすぎた。エルフスキーたちにも手柄を分けてやらねば後に大変なことになるぞ? 政治的バランスというやつじゃ。」
「面倒くさいなぁ……それじゃ、ヒョーマに任せるよ。」
「おい。」
いきなり話を振られてびっくりした。
「えっとね。だってね。お金だしてって言われたんだよ。共犯者くん?」
「……はいはい。」
俺はマリから交渉を任されたのでガタガタっと椅子を動かしてエルジェ皇女に心なし近寄る。相手はぎょっとした。皇女殿下に対して少しお行儀が悪かったかな。
「エルジェ皇女殿下? 実は、先日の魔王崇拝者の襲撃により、当方は甚大な被害を受けておりますれば、人材は特に枯渇し外にだすほどの余裕がなく、資金もまず復興のために費やしたい所存でございます。一朝一夕に街づくりができるほどの余裕は今はございません。どうぞご理解ください。」
「道理ではあるな。犠牲者にお悔やみ申し上げる。だがそこをなんとかしてみせい。我らが同盟者となるならこの程度の働きは日常茶飯事よ。」
エルジェ皇女はとっても偉そうだ。マリの上司だから仕方ない……のか?
まて。そもそも上司なんだろうか。同僚の可能性もある。確認しよう。
(おーいマリさん? おめー派閥どこよ?)
(えっとね。あのね。やさぐれすぎなんだよヒョーマ。うんとねえ。ボクの派閥は正確には特にないよ。けどベルゼブブ派閥と仲が悪くもないよ。仲がいいところも悪いところもないよ。全方位中立だよ。)
(そういう態度が一番困るんだよ! 全部の敵って言い方もできるじゃねえか!!)
(てへっ)
全方位中立とか聞こえはいいけど潜在的に敵になる可能性があるため中立だと思っているのは自分だけで周囲からは敵だと思われてるぞ。それは孤立というのだ。
話がそれた。
フォートレスコアは駄メガネの肉体だと知ってしまったので魔王軍には絶対渡さないつもりである。だが魔王軍の懐にはいってしまった現状、面従腹背し表向きは従わないといけない。裏切りはいつでもできるので今は従ったほうが得だからだ。
まぁ今のことを考えよう。資金だけだして手柄は他の魔族ってのはおいしくないぞ。どうやらマリは勝ちすぎてしまったらしい。事実はどうあれ、魔族の内部ではそういう事になっている。ゆえに苦労もしなさいということらしい。
つまるところ職場の人間関係のバランスとり。『その程度』のことで人材が枯渇している王国に街づくりの負担はしゃれにならない。
ここは、ムシスキーことエルジェ皇女に対して『要求』をしていい場面だと俺は判断した。
では、何を要求する?
(ベルゼブブ殺す。どっちかわからないから両方殺す。お前らの命。)
おっと思考にノイズがはしった。殺気と態度を切り離せ。それが俺の通った道場で習った暗殺剣流派奥義。奇襲の極意。
おいといて。大帝国に要求するものか~。
……そういえばエルジェ皇女は魔法学校の学位を総なめしたという伝説持ちだったな。魔法学校。うん。魔法学校は王国にはない。冒険者時代のことを思い出すと、大帝国の魔法学校を出た冒険者はみんな腕の立つメイジだった。よし。魔法学校がほしい。いいじゃないか。
他には? 他に要求するべきものは?
お金?人材?マジックアイテム?伝説の武器?……いやいや。もっとも必要なもの。それはコネでしょう。王族全滅+貴族大被害ということは、亡くなった方々の持っていたコネやパイプも亡くなってしまったということ。特に俺は王族の持っていたコネをまったく継承していない。つまり独自に人脈を作らないといけないということだ。自分のちからで知り合いを作って、顔を広げないといけないということだ。これは必須だ。支配者層として必須の業務だ。人生で最も大事なことだ。とてつもなく時間がかかる作業だ。よし。コネにしよう。方針決定。
「エルジェ皇女殿下にはご機嫌麗しゅう存じますところでその命令って魔族内のパワーバランスだけで王国側のメリットがないですよね? 代わりに飛空艇ください。乗ってきたあれ。乗務員と技術者もこみで。造船所の船大工も紹介してくれ…ください。」
「な! そんなのできるわけなかろう! 妾が大皇帝より下賜されたのじゃぞ!? 国家機密の塊ぞ?」
エルジェ皇女の顔色がさっと変わる。まずとびきり高いものを要求する。交渉の基本だ。
「じゃあ大帝国で使える政治的なコネと魔法学校のノウハウでいいです。使える貴族を五、六名外交官として派遣してください。もちろん性格と血筋が良好で友達が多くて人望があって不祥事をおこさないような方々を。あと魔法学校の教授クラスと若い教師を二十名ほど。学校の建物は都合します。造船技術者も欲しいんですけどとりあえずそれだけでいいです。」
「う……あ……ぁ……か、片方! 外交官か教師かどっちかだけじゃ!」
「両方!」
「保留! 人員を選考するので保留とするのじゃ。」
「今すぐ決めて! どうせ後になったら『知らんのじゃ~』で済ませるつもりでしょ!」
「せんわ! 妾は誇り高き大皇帝の血筋ぞ!」
「すぐだよすぐ! なんならお前……」
『なんならお前と騎士団長の命でもいいぞ死ね』と言いかけたが寸前で踏みとどまる。閉まれ俺の口。くろーず。ベルゼブブ殺す。ベルコロ。
「なにっ……妾? わ、妾じゃと!? たしかに妾は大帝国に比類なきコネもあるし魔法学校の教師なぞ朝飯前じゃが……い、いかんぞ! ありえん!」
エルジェ皇女がなんかわたわたしている。静まれ俺の殺意。
「いえーい。」
なんか知らんがマリが盛り上がってる。あれはかなり面白い事があった態度だ。俺はベルゼブブへの殺意を抑えるので精一杯なのであまり余裕がないからマリは静かにしていて欲しい。
「マリ、ステイ。」
「しーん。」
マリが両袖で口を押さえる。
エルジェ皇女はとても驚いた顔をした。高貴なる血筋が台無しなほどだ。
「リュウスキーお主まさか人間に魔界の真名を教えたのか?」
「あ、やっちまった。」
「やっちまいましたなぁ。えっとね。まったくね。ヒョーマは仕方ないなぁ。反省するんだよ。」
「すまん。このお詫びはサバトに参加すること以外で許して欲しい。」
「いいよ。いつかはボロがでたよ。許すよ。ヒョーマ。でもサバトには来い。むしろ来い。」
「その招待状はヤギさんに食べられました。メェー。」
棒読みの返事をする。マリはフンッと鼻息で返事して純金の櫛を取り出し、髪を手入れしはじめた。
「お主ら、仲が良さそうじゃのぉ……」
もう呆れ返ったという様子でエルジェ皇女がつぶやく。
「えっとね。あのね。ヒョーマはとても面白いんだよ。」
マリがコートの袖をひらひらとさせる。
「まるで友人のようじゃ。……今までの魔族と人類の関係性ではありえないことじゃぞ。魔族は常に畏怖と恐怖と崇拝そして魔界とこの世界の遠さによって精神的な距離を隔てていた。」
「えっとね。ボクはね。魔族の神秘性を作ってきた他の上位魔族たちとはね。距離をおいていたからね。」
「ひたすら嵐竜の模造品という失敗作を作ってたお主がどうして?」
「えっとね。うんとね。心境の変化?」
「……そうか。」
エルジェ皇女が沈黙した。俺は用意されたお茶をすすって殺意を押さえ込み落ち着きを取り戻していた。しばし室内に沈黙が降りる。
「要求の件は考えておく。それでリュウスキー、実はニクスキーが行方不明なのじゃ。これから捜索にゆくので、手を貸してほしいのじゃ。」
「ん。えっとね。それはね。そっちが本題なんじゃない?」
「そうじゃな。最後に接触したのがお主らと聞く。なにか知っておらぬか?」
「ん~。ヒョーマ?」
「ああ。実は……」
俺はエルジェ皇女に、開拓村で起こっている出来事を説明した。
ニクスキーがオーク兵士を使って村を包囲し、巫女を傷付けて勇者召喚の転移門が出現したこと。そしてニクスキーが転移門の向こうへと消えたこと。転移門から一万人を超える異世界人がやって来て開拓村を要塞化していること。
説明を終えた時、エルジェ皇女は頭痛がするといった様子で頭を押さえていた。
「なんとまぁ……大問題じゃ。これはもう手に負える事態を逸脱してきておるぞ。しかし、今ここで手を打たねば被害が更に広がるな。」
「そうだな。異世界人がこれ以上増えると困る。」
「それだけではないぞ。なんじゃ。またリュウスキーから聞いておらんのか。」
「なにが。」
「――電波祭りじゃ。」
電波祭り。なんだそれは。俺はマリを見た。マリは『あ、そんなのもあったなーテヘヘ』という表情をしている。猛烈に悪い予感がする。ただでさえややこしい事態がもっと悪い方向へ転がっていくという予感が。
誤字等ご指摘願います。




