024 夢幻泡影テラガイア
俺の名前はヒョーマ・グントラーゼ・ピレイネ。王子として異世界に生を受けたが、自前の擬人化チートガチャで生み出したスタールビーにより王城から連れ出され冒険者の連れ子として十四年生きた後に、王族全滅という未曾有の国難に際して国を導くために舞い戻った……ということになっている。
実際の所は、草壁豹真という異国で遭遇した誘拐事件を防げずにソシャゲに逃げて餓死するまで課金した男の転生者だ。そして魔王を倒せと女神駄メガネによってこの世界に転生させられた。誘拐事件の詳細を思い出してからは、異星人や銀河政府やその手先の銀河パトロール・バキュラへの復讐を考えている。
さて。
ローウェル・チェルノボグ・エルフスキーとの戦闘によって両足を負傷した俺は生死の境をさまよっていた。
暗い空間をさまよい。さまよい。足が穴だらけで歩けないので腕ではいつくばり、はいずりまわった。これは夢だ。夢に違いない。現実の俺が死にかけているので夢を見ているだけだ。なにせ止血をせずに倒れてしまった。あれはまずい。さっさと処置しないと後遺症が残るレベルでまずい。
がむしゃらに前進していると、やがて明るい空間をみつけた。くらい闇なかで明りを灯して営業する喫茶店のように、窓の向こうには暖炉によって暖められた室内と、清潔なテーブルクロスが敷かれた食卓に温かい食事とお茶が見える、ああ、俺はまるでショーウィンドウのトランペットを眺めるゾンビのような気分で窓を叩いた。ぺた。ぺた。
「そんな所にいないで、中へどうぞ。」
あ~う~と中をのぞき込んでいた俺は、何者かに招かれて室内へと入っていった。
そこには駄メガネがいた。俺を異世界へと殴り飛ばした女神だ。メガネだ。つまり駄メガネ。今日は谷間の見えるエロっぽい白いドレスではなく、セーターとジーパンの室内着だった。あとメガネ。そして靴下とスリッパ。えらいラフな服装である。
「よう。久しぶり。」
「はい。十四年ぶりですね。私にとってはつい昨日のことですけど。お元気ですか?」
「あまり元気じゃないな。」
俺はすすめられた椅子に座って暖炉の前に陣取った。
「チェルノボグと戦った。かなり劣勢だったが、マリが止めなかったら相打ち寸前で勝ってたな。……少なくともチェルノボグに『巨人族の剣』以上の隠し玉がなければギリギリ勝ててたと思う。出血は多かったが、こちらが倒れる前に切り倒せていた。」
負けず嫌いではなく、本当にそう思う。
足を刺された後から、ピンチを認識した自分の肉体が急激に活性化してレベルが飛躍的に上がったという感覚がある。
「魔族は憑依した人間の体を一時的に変化させて、怪物体という肉体面を強化したモードへ変身できます。追いつめられたり、人間の身体が致命傷を負ったり、最初から本気で殺しにかかる場合にこの変身を使います。」
「マジか。」
「怪物体は巨大化、速度増加、筋力増加にくわえて爪や牙や触手などの攻撃手段を持ちます。怪物体のフォルムは、憑依した魔族によって異なります。チェルノボグの怪物体は私も知らないので、その姿形や能力はわかりません。」
「それじゃあ……まだ勝負はわからないかったかな?チェルノボグの怪物体を実際見ないとなんともいえない。しくったな。そんな奥の手があったとは。」
あの黒紳士、なかなかやる。接近戦は相手に有利なフィールドだと理解した。次は接近戦を避けて戦うべきだと結論した。
駄メガネは俺にコーヒーの入ったカップをすすめてきた。両手で受け取り、ほっと一息つく。
「すまんな。コーヒー久しぶりだ。社畜時代しか飲んでなかったな。」
「貴方の人生で一番多く飲んでいたからてっきり好物かと思いました。」
「ああ……嫌いじゃない。」
俺はコーヒーの香りと味を楽しんだ。異世界でも探せばコーヒーがあるのだろうが、食事は食べられるものをありがたく食べ文句を言わないようにする性格なので、飲み物は水とお湯とお茶と酒くらいしか飲まなかった。気軽に出し入れできる冷蔵庫や清潔な水道がない異世界の衛生事情的に水の質が悪くなりやすいので、酒はそのままでも飲めるアルコール消毒済みの飲料だ。子供でも水で薄めて飲む。
たまーに牛乳や果汁ジュースが飲めるときもあるが、贅沢品だし産地直送どころか産地でしか飲むことができなかった。
しばしの沈黙のあと、駄メガネが話しかけてきた。
「なんでマリを仲間にしているんですか。バグですか? 一つの神話体系の主神クラスの女神ですよ?」
マリたんマジゴッド!?
マジかよ……ただのサバトと魔女をつかさどるエロ魔族だと思ってた。
「知るかよ……向こうが欲しいものが手元に転がり込んできただけだ。それからずっと友達料を強請ってる。」
娘をダシにして協力させているんだから。……ひどい扱いだ。俺はきっとろくな死に方をしないだろう。
「リュミドラですね。……マリが出現した発端であるマクバーンの成長からして異常なんですよ。あの世界の平均よりレベルが高い。異常ともいえるほどに高かったのでマリが出て、リュミドラが出て、結果マリが仲間になったんです。つまりマクバーンの成長に介入してレベルを上げた何かがバグです。マリが仲間になった遠因です。」
ふと頭にクジョウさんが浮かんだ。おそらくあの人だ。あの人と修業をすると、異常なほどにはかどる。一年分の修行で得られる気づきを数日でモノにできてしまうという実感があった。なにしろ六年の付き合いだ……うち二年くらいは嫁さんの修行に時間を割いていたので実際は四年と少しだけど。
クジョウさんの百年のうちにマクバーンと共に過ごした数年があったならば、マクバーンは完全竜化できるまでレベルを高めることが可能であると自然と思えた。
「マリの狙いはシュガールの復活ですが、シュガールとは完全竜化したリュミドラの肉体のことです。」
「そこ、詳しく頼む。」
「そもそも完全竜化というスキルは、異次元に格納してある別の肉体に精神を乗り移らせて入れ替えることです。徐々に巨大化していく変身プロセスがありますが、あれはただの演出です。」
「ああ、だからいくら食べても人間の姿が変わらないのか。」
「はい。異次元にある肉体は餓死こそしませんが、いつもお腹が空いています。変身して肉体を入れ替えると可能な限り食事をとって食い溜めをするよう本能がはたらきます。」
マクバーンの食欲は異常だった。トリケラトプスとグリフォンを何匹もバクバク食べていたのだ。あれは異次元に格納された肉体が飢えていた事と、次の格納に耐えるための食事だったのだ。
「それで、リュミドラが完全竜化して入れ替わる肉体こそが、異次元に封印されているシュガールです。この場合、シュガールの精神は生きているのでリュミドラの精神と融合します。」
「リュミドラはどうなるんだ?」
「シュガールであり、リュミドラとなります。混ざったら戻ることはありません。融合からの分離は不可能です。私から言えるのはそこまでです。」
「わかった。ありがとう。」
駄メガネを少し見直した。知らずにピンチな時にリュミドラに完全竜化させていたら、取り返しのつかない事態になっていた。
「今の件が本題か?」
「いえいえ。本題はですね。……なんで十四年も私に祈らないんですか! ぜんぜん接触することができないじゃないですか。」
「……悪いが日本人でな。神に祈る習慣はもれそうな時だけだ。」
「それもどうかと思いますが。私と話したくなったら祈って下さい。もしくは各地にあるフォートレスコアに接触して話しかけるか。」
「ん、なんでフォートレスコア?」
「だって私、女神テラガイアはフォートレスコアの化身ですから。あの世界における私の肉体がフォートレスコアなんです。これは世界の秘密です。すごいんですよ?」
「へえ。すごいね。」
駄メガネの名前はテラガイアか。地属性っぽい名前だ。古代ギリシャにガイアって女神がいたな。その関係者かな?
以前に予想をしていた妖怪化スキルを流用したから日本の神様だってのは外れたらしい。
「驚きが薄いですね? 自己紹介もしたのに。」
「聞いてないしな……。」
「割とひどいですね。大地教という宗教の主神もしていますので、聖堂で祈ってもいいんですよ?」
「それよりあれだ。お前から俺に話しかけられないのか? 今みたいに。」
「今みたいに生死の境なら夢を通して可能ってくらいですね。神が自分から関わるのは色々タブーに引っかかるので。奇跡を起こすのも大変なんです。」
「そうか。……いくつか聞きたい。魔王を倒すのは何のためだ?」
「私の肉体はフォートレスコアと説明しましたよね。魔王の目的はあの世界を魔界に取り込むことです。私は魔界に誘拐されたくないんです。」
なんと単純明快な理由だった。女神は俺に助けてほしいのだ。拉致されたくないのだ。知らない場所へ連れ去られたくないだけだったのだ。
『誘拐から助けてほしい』……ああ、またこれか。あの子の顔がふと浮かぶ。以前は失敗した。今度は成功させたい。俺はそう思った。今度こそは。守れなかった彼女たちのかわりに。
「わかった。納得した。いいよ。やってやる。」
「よろしく頼みますね。」
「そのかわりと言っちゃなんだが、クジョウさんを元の世界に返す方法を知りたい。」
「クジョウって誰ですか? ああ、今貴方の記憶を調べました。……結論としては、私には無理です。」
「なんで?」
「まず、私にはそのクジョウが認識できません。隠形スキルのようなもので自分を世界から隠しています。よって私には見ることも触れることもできません。」
驚いた。とてもそんなふうには見えなかった……違う。あの人は自分が高レベルだと言いふらさないし他人に悟らせない。自然な風のようにそこにいて、強さをおくびにも出さない。今ならわかる。あれは自分のレベルを隠蔽、隠匿しているということだ。
「私には記憶をのぞいても姿を捉えられず、人間の形にくり抜かれた何もない虚ろな空間とかにしか感じられません。バグの発生する穴のようなもので、それに触れた存在は端から運命も肉体もねじれ狂っていくという感じです。バグの集合体です。」
ひどい評価だ。まるで見ただけで発狂してしまうという狂気を振りまく邪神だ。
「しかし、不思議と精神を狂わせるような異質さはありませんね。運命のねじれも比較的良い方向のことが多く、肉体のねじれは急激なレベルアップや個人差があるレベル上限の撤廃、限界を突破して成長が可能という形で発現しています。クジョウとは私の知らない異質な異界の神ですか?」
「知らない。ただのゲーマーでしょ。ダークエルフ姫が嫁にいる。」
正直、俺もあの人のことはよくわからない。通りすがりの身一つでやってきた超美形チート主人公と言われたほうが納得できる。
「まぁ後は、俺は草壁豹真なのかヒョーマ王子なのかって自問やバキュラの事だが……これは俺の身近にいてくれる人達と話すべきことだな。」
「そうですか。わかりました。バキュラといえば耳に入れておきたいことがあります。」
「なんだ?」
「王国の外周部、辺境近くの村で地球に通じるワープゲートが開きました。勇者召喚の魔法により発生した転移門です。」
「なんだって!?」
「転移門の向こうは、貴方が死亡してから十四年後、2032年のホンコンです。」
「マジかよ。」
「貴方の知っている国家群はほぼ消滅しています。ホンコンを治めているのは地球統一政府総督バキュラ。貴方と因縁のある相手です。」
「おい。」
ヒラポリスじゃなかったのか。地球の支配者になってやがる。
「それで、問題は転移門です。これは私の世界でほそぼそと伝承されていた『元始天尊教・最後の巫女』の恨みと憎しみと怒りにより形作られたもので、この転移門をくぐったものは自動的に元始天尊教に伝わる勇者と認定させられてしまいます。強制です。それまでのジョブや資格や功罪歴、思想宗教は関係ありません。唯一の例外がいますが、これは後でお話します。」
「その例外は気になるが……勇者認定されると、どうなるんだ?」
「チート職業である『セン・ニン』あるいは『テン・セン』というジョブが強制的に付与されます。どちらが付与されるかはランダムです。」
「おおー、いわゆる仙人系ジョブというやつか。幻の職業だな。」
「はい。ここから仙人系ジョブの説明を行います。私の世界からは失われて久しいため詳細は失伝しています。貴方からマクバーンに伝えて冒険者ギルドへ知識を与えて下さい。」
「わかった。」
「セン・ニンは主に物理系よりの職業です。テン・センは主に魔法系よりの職業です。この二つはクラス特性として『不老不死』『宝具作成』『宝具使用』の三つを標準で取得しています。また武術や魔法についてどちらもある程度覚えることが出来ます。しかし、極められるのは適正がある分野だけです。」
「魔法戦士のように両方使えるけど、得意な分野が決まっているということだな。しかし。不老不死?」
「クラス特性として寿命では死なず、歳も取らず、食べ物を必要としない『不老不死』スキルが自動的に付与されます。怪我や病気などの外傷では死にますが、寿命からは解放されます。」
「え! 転移門をくぐっただけで不老不死だって!?」
「はい。ただしデメリットもあります。まず仙人系ジョブは天地自然と一体化して不老不死を実現しているため、清浄な自然環境では若い年齢のまま加齢しませんが、汚れた空気を吸ったり、汚れた水を飲んだり、動物の肉を食べたり、血や泥や油汚れなどのケガレに触れると『老化』をします。加齢します。年を取ります。そして戻る方法はありません。老人の姿と能力で生き続けます。」
「ひええ! 油汚れで歳を取るなんて一切料理ができないじゃないか!」
「仙人系ジョブは『不老不死』の効果で基本的に食事を必要としません。太陽光と水で栄養を取ります。しかし楽しみや治療のために『宝具作成』で自作した『神酒』や、回復薬である『金丹』を飲むことは出来ます。」
「はあ……それってもうまともな人間じゃないな。」
「そのほかに仙人系ジョブは射精をすると老化します。房中術という体内で精を循環させるスキルも不老不死の一要素のため、精を出すほどに老化します。」
「…………それはチートなのか? いや、間違いなくチートなんだがなんというか……罰ゲームじみている……。」
「仙人系ジョブは『宝具作成』により空を飛ぶ乗り物である筋斗雲を作ったり、武器である火尖槍や乾坤圏などの宝具を自作できます。」
「それは便利だな。戦闘のほかにアイテム作成も出来て一人二役だ。」
「ただし宝具を使いこなせるのは『宝具使用』がある仙人系ジョブだけです。酒や薬のたぐいの消耗品系宝具も仙人同士でしか効果を発揮しません。」
「他の職業では宝具を使うことは出来ないということだな。わかった。自己完結してるんだな。戦闘スキルと作成スキルのバランス配分が難しそうだな。」
「各種宝具の作成方法も教えておきますね。材料と設計図がないと作成することができません。先程伝えたように、すでに失伝しているので扉をくぐっただけではすぐに宝具を自作はできません。材料や作り方をセン・ニンたちが自分で工夫して編み出す可能性もありますが、ノーヒントだとたどり着くまでに数百年はかかると思います。」
俺は女神からデータを受け取った。この空間では書類の形をしているが、夢の外に持ち出すことは出来ないので全部を暗記した。
「槍に鞭に薬に……百種類以上あるな。そうだ、仙人系ジョブの魔法については?」
「魔法はメイジ系と共通なので、呪文書を読んだり師匠について学べば使えるようになります。……セン・ニンとテン・センについては以上です。それで、転移門についてに話を戻しますが、これをくぐると勇者としての使命が刷り込みされます。」
「使命か。ありがちだな。召喚勇者に好き勝手させるとろくなことにならないし。それで、どんな使命だ?」
「『悪を滅ぼせ』です。悪を許すなでも悪を殺せでもなく、滅ぼせ。です。この悪とは概念なので個人や組織を指していません。誘導のやり方によっては全方位に向きます。そして解除はできません。」
「ちょっとまってくれ。それは途方もなく危険な状態じゃないか?」
「パン屋は悪だと教え込めばパン屋を滅ぼします。井戸は悪だと教え込めば井戸を埋め続けます。寿命が尽きるまで悪と定義された対象を滅ぼし続けます。」
「滅ぼすっていうのは……」
「単純な暴力で。人なら殺します。モノなら壊して燃やして埋めます。もう一度言いますが解除する方法はありません。ただし、ほかのものを悪と教えこんで矛先をずらして先延ばしする事は可能です。」
「その門は今すぐ破壊するべきだ!」
「だから『恨みと憎しみと怒りにより形作られた』門なのです。これはアンリ・シーザー・オーカス・ニクスキーによって殺された巫女の復讐物語なのです。唯一の例外とはアンリのことです。」
「……いまアンリっつったか?」
「はいアンリです。オーカスの意識を飲み込んで新しい邪神シーザーと化したアンリです。このままだと、三つの世界を食いつぶします。至急退治しないといけません。」
誤字等ご指摘願います。




