ガチャ!ガチャ!ガチャ!!
翌朝。王城。
あの後、俺は一人になってルビーに言われた言葉を考えていた。一晩中だ。王の私室のベッドが血だらけでまだ掃除が終わってないため、適当な空き室の汚れの少ないベッドに潜り込んでいた。もちろんマリもリュミドラもいない。
「ルビーの気持ちもわかるが……俺は連続した人格なんだよなぁ。前世の無念を今生で晴らせるならそれで……」
ごろんと横になる。
「へっ。」
自嘲した。おかしいのは自分自身だった。
「ルビーは正しいのだろう。でも、復讐とはそういうものだし。誰が悲しんでも貫くのみ。江戸の敵を長崎で討つことになろうともだ。草壁豹真の恨みをヒョーマ・グントラーゼ・ピレイネで晴らす。ヒョーマのちから、ヒョーマの人脈、ヒョーマの周りの人間を使って戦う。」
ルビーは悲しむだろう。リュミドラはよくわからないまま俺のために手を汚すだろう。マリは従うだろう。クジョウさんとマクバーンは怒るだろうか。悲しむだろうか。俺を止めるだろうか。
「バキュラは多分、ただの末端警察官で、上司に文句を言っても知らぬ存ぜぬクビにして終わり程度の役職でしかないだろう。だが、そんな奴らにいいようにされた怒りがあるから。バキュラの世界を魔王軍で侵す。ああ、なんという……なんという。誘拐された子たちを助けるという事ですら無いんだな。あの子のことはもう諦めているんだな。でも俺のために俺は怒っているんだな。俺の怒りはわがままだ。」
この感情はなんだろう。怖いのか。世界を一つ潰すつもりで戦うのが怖いのか。それとも多くの人を俺の怒りに巻き込むことが怖いのか。わからない。
「……だれか助けてくれ。俺にスマホをくれ。無性にソシャゲをやりたい。ガチャだ。ガチャを……ガチャを引かせてくれ。」
生前、こういう悩む時間。空き時間。自分が何者かを考える時間。振り返る時間。そういうものはすべてソシャゲに注ぎ込んだ。わざと自分を忙しくした。楽しいから没頭してた。飽きたら次のゲームを探した。WIKIを見てキャラ情報やクエスト情報を調べた。SNSで公式の情報を集めた。ソシャゲの4コマ漫画で笑って作品世界への共感を深めた。いまはそれがなにもない。
「ガチャしてえ!!!!」(絶叫)
叫びは石壁に吸い込まれた。
「新キャラのピックアップを教えてくれ。新イベントはまだか。ひたすらスタミナポイントを無心に消費する作業がしたい。周回してえ~!かわいいキャラが画面の中で戦うのを三画面同時進行で眺めていたい。」
ほとんど意識せずベッドから起き上がる。フラフラと王城の宝物庫に向かい、ポケットに入ってた鍵を使って錠前を開けて中に入った。
「これはガチャれる。……これはダメ。これはいける。これはダメ。これもダメ。」
俺は宝物庫をあさって、ガチャできる素材をかき集めた。宝剣、旗、宝飾品、巻物、椅子、本、様々な物品を木箱にうつしていく。その数、百個以上。
「ここは狭いな。玉座の間が結構広かったしあそこでやるか。」
何故か大八車があったのでそれに木箱や椅子を積み込んで出発する。本当に何であるんだ大八車。本体に書かれてた文字をみるに書庫用の文車なのか?なぜここに?王城を占拠していた魔王崇拝者が宝物庫の中身をかっぱらうつもりで置いておいたのか??
まぁどうでもいいか。あるなら使おう。
ガラガラと音を立てて城内の廊下を大八車で進む。途中、窓の外にある中庭の植木が目についた。
「お、あの木もガチャれるな。なんか精霊が宿ってる。」
俺は玉座の間に到着すると、大八車を真ん中においた。ごそごそを中をあさって手頃な短剣を選ぶ。
「先に、中庭の木からやるか。」
ガチャだ。ワクワクする。俺はガチャをするときは大金を注ぎ込んで10連を連打する前に、まずその日の無料ガチャや、離れた場所にボタンのあるゲーム内ポイントで回せるリアルマネーを消費しないガチャからやる主義だ。
玉座の間で百連打をおっぱじめる前に、中庭の木をやってしまおうと思った。流石に木を引っこ抜いて中庭から玉座の間へ動かすのは無理だしな。
足取りも軽やかに……中庭へ移動する。気分がいいので階段を使わず窓から飛び降りた。二階程度の高さだったので途中の壁や屋根の出っ張りに手をかけながら降りれば怪我もしない。
「へっへっへ……中庭の庭木とは恐れ入るね。元から生えてるわきゃないから、キミはどこから移植されてきたのかな~エルフの森とかなら由来も……」
「グッモーニン! アグレッシブな少年よ。見ていたよ。窓から降りてくるところを。元気があって大変結構! いいね!」
(え、誰…)
いつの間にか、明け方の中庭に誰かがいた。黒い帽子に黒いスーツ。執事とか紳士のような服装だ。異世界にビジネスマンは一人もいないが、執事は大量にいるのは何故だろうかという疑問がふと頭をよぎった。
「これは失礼! ワタシはローウェル。このたびの王国の危機に際し、微力ながらもお力になりたく遠方より参上したものです。」
ああ、マクバーンが言ってた地方から来た応援の人か。早いな。もしかしてディメンションゲートで転移してきたのだろうか。
「そのお綺麗な金の髪、そしてご年齢。もしかしてヒョーマ王子でございますか?」
「あ、はい。そうです。」
「おお! これはこれは。お会いしたかったです。握手してもよろしい?」
黒紳士ローウェルがにこやかに歩み寄ってくる。俺は短剣を抜いて構えた。黒紳士の足が止まる。
「殺気を隠せ。どこの手先だ。他国か、魔王崇拝者か。」
「おお。ふむ。あなたは大変な勘違いをし……ッている!」
黒紳士がしゃべる途中で投げ短剣を3本放つ。俺は余裕を持って回避し、地面に刺さった短剣を観察した。キンジャールという両刃短剣だ。刃から柄まで真っ黒な色をしている。
「おや。このタイミ……ッングで回避なさるとは。」
再び短剣が飛ぶ。俺はスウェーで下がって回避する。……まて。短剣三本に加えて長剣まで投げてる。ブンブン回転してドカッと壁に刺さった。シャシュカというサーベルだ。まるで見えない鞘から飛び出したように唐突にシャシュカが現れた。このシャシュカもキンジャールもすべて黒一色だ。
黒紳士は見た所、なんの武装も所持していない。
剣の鞘を腰に下げていないし、ナイフベルトも装着していない。まさか服の下に短剣をずらりとぶら下げている……というわけでもなさそうだ。異次元空間に格納しているかのごとく、なにもない所からキンジャールやシャシュカを取り出して投げつけてくる。異次元ポケットでもあるのか?
「手品師の曲芸にみえるが、お前……実はとんでもない達人だな? 喋りながらの攻撃なんて下手したら自分の呼吸が乱れるだけだ。」
「ほっほっほ。ご称賛どうも。しかしあなたも相当なものですよ。不意打ちをあっさり回避している。ご自覚なさってない?」
黒紳士の両手にシャシュカが出現する。二刀流だ。俺は壁に刺さったシャシュカを抜き取って奪い、こっちも二刀流で対抗するつもりで壁に近寄った。
(あのね! ヒョーマ! ダメ! 黒い剣に近寄らないで!)
突然、脳内にマリの叫びがこだまする。脳に響くマリの声に驚き、うっかりよろけてしまう。
ヒュン!
俺の首があったあたりを斬撃が通過した。瞬間移動して間合いを詰めた黒紳士が右手シャシュカを振ったのだ。よろけて回避できたのは全くの偶然だ。
「まだまだ。」
黒紳士の左手のシャシュカが突き出される。俺の心臓をえぐる刺突。手に持った短剣で弾い……弾けない!この黒紳士、力が強すぎる!! 俺はごろごろと転がって受け身で起き上がる。そこに黒紳士の斬撃が迫る。気配でわかるが怖すぎる!
「フレイムバリア!」
魔法発動。ルビーから習った火魔法だ。
炎のシールドで斬撃を食い止める。黒紳士はフフッと笑いながら両手を動かし、高速斬撃を繰り出して炎の盾を削り取っていく。暴風のような凄まじく早い斬撃が連続で襲いかかる。バリアがいくらももたない。超こええ!
魔女の山での訓練中に『少し本気』を出したクジョウさん並に怖いぞ!
(えっとね。あのね。ヒョーマね。そいつはチェルノボグ!)
「上級魔族!?」
「おや? 誰かとお話してらっしゃる?」
しまった、と口を押さえる。マリの思念がため息を付いた。
「いいですよ。どんどん通話していてください。もちろん、スキがあれば首をいただきます!」
フレイムバリアの魔法がついにシャシュカの斬撃で打ち砕かれた。
再び瞬間移動。後ろ……ではなく真横! 振り向く動作をした途中、頭の後ろ側に現れた。嫌な角度だ。そのまま両手のシャシュカで挟み込むような斬撃。
「人は振り向く時に右か左かクセが出るのですよ。そうすれば、とても大きなスキができますね。」
視界の両端にシャシュカが見える。圧倒的なパワーで斬られて終わりか。思えば短い人生だった。今回の人生もいろいろな人に助けられ、そして迷惑をかけて生きた。ルビー、マクバーン、クジョウさん……
(ヒョー君の実力は僕もよく知ってるよ。憑依型の上級魔族とは戦える腕前)
クジョウさん……俺だめでしたよ。憑依型にさえ……勝てなかった。
◆ ◆ ◆
(訓練中によそ見してたら死ぬよ?)
走馬灯がよぎる。魔女の山。思い出の川べり。俺とクジョウさんの遊び場。俺たちは短剣代わりの木の棒をもって短剣術の修行をしていた時期もあった。
ああ、クジョウさんの修行は辛かったなぁ……あの人、妙に容赦ないときあるし……短剣術を教えた後は、うっかり岩をも砕く木の棒で俺の首を落としそうになったことが何度もあったし……そう、こうして背後から二刀流で攻撃された。左右から挟み込むような斬撃で。右で斬って、左で斬って、足払いでこかす追撃がワンセット。
(後ろからの三連撃を、この姿勢でどうしろっていうんですか!死にますよ!)
(片方を剣で防ぐでしょ? もう片方を腕で防ぐ。蹴りは避ける。簡単じゃない。)
(ユニークスキルで硬化できるクジョウさんと比べないで下さい! 俺には無敵の左手はないんですァァ!!)
(そこをどうにかしてよ。ああ、片手を犠牲にってのは無しね。凄く痛いから。そのあと戦えなくなるよ。止血もいるし。負け確定になっちゃうよ。素手で剣を受けると、刃が肉と血管と神経をぶちぶちって切って骨がごりごりって削れて、割れちゃうから。痛いよ。)
(ぎゃああああああ!)
◆ ◆ ◆
あのときは、川べりたくさんあった石を足で跳ね上げてキャッチして握り、木の棒を受け止めた。そうしたらあっさり石が割れたので、硬い石の選び方をクジョウさんから教わった。
今回、城の中庭に石は落ちていなかった。このままでは腕を飛ばされる。
――それは嫌だ。な。じゃあ。こうすればいいかな。
明け方の王城。
チェルノボグのシャシュカが背後から左右から俺の首を飛ばそうと迫っている。
俺は、右手の短剣で片方を止めた。
そして、左手を伸ばしてもう片方のシャシュカを防ごうとする。黒い刃は腕を切り飛ばして首に食い込むだろう。
「オーラ――オーラバトルナックル!!」
叫ぶ。体内からオーラがあふれた。左手を補強し赤いオーラをまとった拳でシャシュカを食い止める。火花が散った。
「ほう!」
黒紳士が驚嘆する。俺は両手を広げて力をこめる。黒紳士のシャシュカと力比べになる。あ、やばい押し負けそう。そしてそろそろ蹴りが来る。
「オーラウェイブ!」
右足で庭を踏みつける。赤いオーラが波となって間欠泉のように噴出した。俺はその波に乗って中庭を突っ切る。
「ほう、面白い! あなたは凄い少年です。ワタシのこの攻撃をしのいだ者など数えるほどしかいないというのに!」
黒紳士は右足の甲からブレードのような刃を出して俺のかかとを切り裂くつもりだったようだ。いち早く離れて正解だった。
(ヒョーマ、チェルノボグ――エルフスキーは『影から影へ瞬間移動できる』、あと『黒い刃を自在に作り出す』。ボクの事がバレるから絶対に『チェルノボグ』って名前を口にしないでね!魔界の者の真名はトップシークレットなんだからね。)
サンキューマリ。お前がいなかったら死んでたよ。
「そのまま逃げるおつもりで? それは困りますね。」
黒紳士が天を指さした。つられてそちらを見る――なにもない?
キュン!
大口径のレーザー砲が至近距離で炸裂した。中庭の地面が吹っ飛び、俺も余波で吹き飛ばされる。崩れた体勢の背後に黒紳士が出現する気配がした。再び剣とオーラで補強した拳を使って受け止め、反撃しオーラをまとった後ろ蹴りで黒紳士の腹を蹴っ飛ばす。
レーザー砲の射手は確認できない。よほど遠くから発射したのか。それとも透明化でもしているのか。
(トラウィスカルパンテクートリの光の投げ槍! あのね。そういえばね。チェルノボグと仲が良かったんだよ!)
(つまり、この場には上級魔族が二人、俺を殺しに来ているってことか!)
(えっとね。ヒョーマさえ死ねばね。ピレイネフォートレスが起動するからね。オーカスの作戦でそうなるはずだったからね。彼らは恐らく待ってたんだよ。フォートレス攻略のために国外に冒険者たちを待機させていたんだ。でもね。ヒョーマが阻止しちゃったからね。自分たちで――)
俺はすでに黒紳士の動きと戦い方に慣れてきた。
彼の能力は凄くシンプルだ。黒い刃を生み出す。瞬間移動する。力が強い。シンプルな能力を組み合わせて、本人の技量により凄まじい強さになっている。達人だ。歴戦の風格。老獪さが垣間見える戦闘経験の積み上げ。
「お酒は好ッき!ですかな? ワタシは大ッ!好きでね。はは、故郷は寒ッい場所で! 凍るのですよ! 水が! 代わりに酒を飲むのです。」
喋りながら文節に全く関係なくガンガン短剣を投げつけてくる。柄まで黒いキンジャールが中庭の地面にばらまかれる。俺は常に移動し、足元に短剣がない位置へ逃げる。
(えっとね、あのね。その黒い刃はチェルノボグの魔力でできてるんだよ。投げた後でも自在に変形するんだよ。短剣から長剣。大剣。手裏剣。いろいろ。奪って使ったりしたら握ってる柄が鋭い刃になって手が傷つくんだよ。足元に刺さった短剣が長剣に変わってグッサリ刺し貫くんだよ。渋い戦い方なんだよ。)
マリの情報が本当にありがたい。初見殺しを回避できる。アンリは実はオーク軍団を創造した他は戦場でほぼ棒立ちだったので、まともな戦いをする上級魔族はチェルノボグが初めてだ。
(トラ……何とかのほうはどんな能力だ!?)
(えっとね。あのね。どうせ当たらないから気にしなくていいよ!)
「ほら、剣にばかり気を取られていますよ?」
黒紳士が携帯型の酒瓶を取り出し、瓶の首を折って開封してから俺めがけて投げつける。透明な液体が俺に降りかかるが、そういうのは魔女の山の戦いでオークアルケミストがよくやって来た。対応はできてる。
「エアバリア!」
風の障壁魔法を使って液体を弾く。黒紳士は瞬間移動して消えた。直後にレーザーの極光が俺めがけてふりそそいだ。風のバリアを貫いて炸裂する。紙一重で回避して再び中庭の地面が抉れて爆発した。周囲に飛び散っていた酒に着火して燃え上がる。エアバリアで防がなければ衣服が燃え上がっていた。
燃えてる地面を避けて、俺は影のない日向、かつ黒い短剣が地面に刺さっていない場所を選んで移動する。影から影へ瞬間移動する能力なら、日向にあるのは俺の影しかない。出現位置を把握できる。
黒紳士が瞬間移動して俺の影の場所へ出現する。予測済みだったので、短剣に赤いオーラを込めて切り裂く。
「オーラブーストザンバー!」
黒紳士はシャシュカ二本を交差させて斬撃を受け止めた。すごい力で無理矢理受け流される。シャシュカが耐えきれず折れる。さらに短剣での追撃を繰り出すが、黒紳士は体を捻って回避し後ろに跳躍して距離をとった。そう、跳躍だ。ただの後ろへのジャンプだ。影がない場所では瞬間移動できなのは確かだった。
黒紳士はとんでもなく戦い慣れてる。純粋に強い。黒紳士の攻撃回数は俺よりはるかに多い。黒紳士の激しい攻撃の合間に機会を見つけてやっとこ反撃しても、するっと避けられてしまう。
ただわかったことは、トラウィスカルパンテクートリとの連携は習熟するための訓練をしていないのか、レーザーが交じると動きが単調……雑になって読みやすくなる。うまいアドリブを感じない。牽制で放った蹴りが当たったので、逆にチャンスなのかもしれない。
俺は再度、周囲に黒い刃が落ちてない日向へ移動した。俺の影から黒紳士が出現するのを待ち受ける。
「偶然ですかな? もう既にこちらの手の内を見破っているとは。いやはやカンが良すぎる。センスがいいのでしょうな。こんなに強い少年はワタシは今までに出会ったとがありません。大変に光栄なことです。」
気が付かれた。瞬間移動と刃の変形、二つの手札を位置取りだけで無効化しているのだ。手の内を知られていると気がついてもおかしくない。あと影をチラチラ見ていたのを察されたのもあるだろう。相手は心を持ってる歴戦の戦士なのだ。戦いとは心のやり取りでもあるのだ。そりゃあっさりバレる。
「それならば、こちらはいかがですかな? どう対応するのでしょうか。」
ザラッと黒紳士の両手の中に黒い砂が現れる。そして、黒紳士は俺に向けて黒い砂をバッサーと投げつけた。視界が黒く染まる。なんだこれは?砂鉄?――いや違う。わかってる。これは砂粒サイズの黒い刃だ。そして、俺の頭上はすべて黒い砂で覆われている。回避不能。次の瞬間には黒い砂粒がすべて短剣に変化し、上空から襲いかかってくる。逃げる隙間なんてない。数秒後に俺は無数の短剣で刺し貫かれ穴だらけにされてハリネズミよりひどい死に様を晒すだろう。
「右手に火魔法、左手に風魔法。火風融合、クリムゾンジェイド……ダブルバリア!」
とっさに体が動いた。両手を前に突き出し、火と風の融合バリアを展開する。直後にキンジャールの雨がバリアへ激突し、ドガガガガとマシンガンの直撃を受けたような衝撃を感じた。短剣の雨が終わると同時いバリアの耐久力も尽きて消滅する。周囲には無数の短剣が散らばり、俺の周囲だけ中庭の地面がのぞいていた。
「ほうほうほう! ヒョーマ王子、キミは本当に面白い! 戦いの中で進化をする!」
黒紳士が黒い刃を出現させる。右手にシャシュカ、左手にキンジャールの二刀流だ。
「キミがこのまま成長すれば世界に名を轟かせるほどの恐ろしい戦士となるだろう!ゆえに今!ここで倒させていただく!」
黒紳士がダッシュで突っ込んでくる。瞬間移動なしの真っ向突撃である。
「どこにも逃げ場はない!」
はっと周囲を見る。そのとおり、どこにも回避する場所はない。下手にステップで避けて周囲に散乱した黒い刃の上に立ったら、その瞬間に短剣が長剣となって俺の足と下半身を貫くだろう。
「ならば前進して活路を見出すのみ! オーラブーストタックル!」
そう、これは――フライングクロスチョップ!
俺は大地を蹴って跳躍し、全身に赤いオーラをまとって黒紳士へ突撃した。マクバーンのオーラブーストタックルのアレンジ技だ。これで決める!!
「フフッ、まだ青いですな。少年。決着を焦った。瞬間移動できるワタシが走ったというだけで、この突撃で決めると思い込んでしまった。」
黒紳士が右手のシャシュカを地面に突き刺す。すると、一瞬で細身のシャシュカが四メートルを超える壁のような剣に変わる。
なんだこれは。現世に実在するグレートソードやクレイモアでも二メートル程度なんだぞ。ゆうに二倍の大きさ。人間が使える訳がない。
「巨人族の剣です。」
地面に突き立った巨大な剣のさらに上から黒紳士の声が聞こえる。柄の上に足をかけて立っていた。くそう、やたらとカッコいい。
ああ、ここはファンタジーだった。剣と魔法の異世界だ。巨人の武器があってもおかしくない。というよりサイクロプス飛脚のおっちゃんが使ってた剣もデカかったなぁ。懐かしい思い出がふと頭をよぎった。
俺は為す術なくフライングクロスチョップの姿勢で巨人族の剣に激突した。そのまま、足元の黒い短剣が散乱した地面に着地する。
「勝負ありですな。」
黒紳士が宣言する。足元の黒い刃がうごめく気配がする。いかん。オーラか魔法を展開しないと。集中……間に合わない!オーラもフライングクロスチョップで大量に消費した分の補充が追いつかない!
ザシュッ!
俺の両足に左右で五本の剣が食い込みふくらはぎを貫通する。凄まじい激痛、筋肉と神経と血管が切り裂かれ、骨にまで食い込む。本当に痛い。熱い。冷たい刃なのに熱を生んで熱く感じる。
俺の足は地面に剣でぬいつけられ、歩くことも跳躍することもできなくなった。
背後でトラウィスカルパンテクートリの光の槍が準備される気配がする。感覚が拡大している。屋根の上だ。そこに透明な誰がいる。
終わった。俺はここで死ぬ――死ねるか!!
「絶対に、俺は死なない!」
やっと溜まってきたオーラを両足に通す。注ぎ込む。そして力を込める。血が吹き出す。筋肉が更に千切れる。黒い刃が砕ける。右足を引き抜いた。更にオーラを注ぎ込む。左足を引き抜いた!
剣の上に立つ黒紳士がゆらりと動いた。両手にシャシュカ二刀流。そのまま飛び降りて俺の両肩を切り裂き、両腕を付け根から切り落とすつもりのようだ。殺意が剣閃が見えるようだ。この窮地において攻撃の意欲を感じ取って敵の先を見取る事ができるようになったらしい。俺は鞘に収めていた短剣を抜いて持ち上げる。徹底的に戦って生き抜く!
「アンボト・オイス・アイスコリ。山貴婦人乃火炎球飛翔!!」
瞬間、太陽が出現したような光が中庭を満たした。
人間一人包み込むような巨大な火球が出現し、高速で空を飛び、そのまま中庭を疾走する。
火球の体当たりで黒紳士がふっとばされた。
火球は俺の周囲をぐるりと回って黒い刃も一掃する。熱い。焦熱が肌を焦がすようだ。
火球はさらに王城の屋根スレスレを疾走し、屋根の上にいた透明な何者かを跳ね飛ばす。ぐぎゃ、と悲鳴がして中庭になにか落ちてきた。白いメイド服を着た絶壁貧乳な上級魔族だ。こいつがもしかしてトラウィスカルパンテクートリか?
「なぜです。リュウスキー?」
跳ね飛ばされた黒紳士が起きがってマリを誰何する。全体的に服装がコゲていた。リュウスキーとはマリの事だ。この火球はマリなのか。あの赤いバリアを攻撃に転用した姿なのか。それともこれが本来の使い方なのだろうか。
火球が俺をかばう位置で静止する。その中からマリの声がした。
「えっとね。あのね。ヒョーマ王子はボクの共犯者になったんだよね。えーっとね。だからね。このね。ピレイネフォートレスはね。こちら側になったんだよ。もう制圧ずみなんだよ。わかる?」
マリがとんでもないことをいい出した。…………しかし、まぁ、間違っていない。魔族に渡すつもりはないが表向きをそういうことにしても問題はない。
黒紳士の表情は火球状態のマリの向こうにいるので見えない。が、恐らく凄く怒っていると思う。
「えっとね。だからね。ボクの手柄なの。そういうことだからね。今後はね。辺境の未発見フォートレスでも探しに行ったほうがいいよ。魔王様に栄光あれ。なんだよ。」
「本当ですか? ヒョーマ王子。」
「ああ、そうだ。マリとは共犯者だ。」
黒紳士に答えた。マリとは共犯者の間柄なのは本当で、たとえ相手が嘘発見スキルを持っていても誤魔化せる。
「それでね。ボクはここにいるからね。四天王みたいにね。ここをボクの拠点とするからね。あのね。勝手に瞬間移動して中に入ってきたらね。ぶっ飛ばすんだよ。」
「……それはそれは。事情は理解しました。我々の作戦が出し抜かれたということですね。」
「えっとね。それはね。ニクスキーが配信なんかするからだよ。位置情報も漏らしたしね。あれはね。憑依した先に乗っ取られてない? 今も連絡つかないんじゃないかな。ボクも知らないんだよ。」
「……退却します。行きますよ。カエルスキー。」
黒紳士ローウェル・チェルノボグ・エルフスキーがトラウィスカルパンテクートリに声を掛ける。てかカエルスキーって名前なのかあの白メイド。
白メイドは『はいいい……』と、オドオド気弱系な声をあげて起き上がった。どうにも残念な雰囲気がする。
(マリ、ここでこいつらぶっ倒せば魔族のツールを二個手にいれられるんじゃないか?)
(だめ。トラウィスカルパンテクートリがいる。彼女はね。そのままだとね。ありていにいって役立たずなんだけどね。一回死ぬとね。本気モードになっちゃうの。それはさけるべき。この二人が一緒の間はね。戦わないほうがいいよ。それでね。チェルノボグはね。瞬間移動を活用して不意打ちと撤退を繰り返すからね。こうして攻撃されないようにしないとね。毎日攻め込んでくるよ。これはもう。こうしてボクの存在をバラす以外ないよね。)
そこまで含めてマリの判断か……あ、やばい。足からの出血で意識が遠のく。クジョウさんが言ったとおり、止血がいるな。
「えっとね。あのね。城の中に攻めてきたね。そっちの部下たちもね。全部ぶちのめしたからね。持って帰ってね。」
「ああ、そうですね。連絡役に一人残しておきましょう。」
「いらないよ。持って帰ってよ。」
上級魔族たちの会話を聞きながら、俺は膝をついた。バシャリと水音がする。水たまり?ああ、俺の血だまりだ。そんなに出血していたのか。
マリとチェルノボグの会話を聞きながら、俺は出血多量で倒れた。




