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スタールビー

 とある王国の王城。


 この国の王様にはお妃様が二人いた。正妃と第二妃だ。


 どちらも古くからの家臣である名家の出身だった。


 先に男子を出産したのは第二妃だった。


 そう、王の長男、つまり第一王子として生まれた赤ん坊こそが、この俺。


 ヒョーマ王子の誕生だった。



 ……出産してすぐに父親である王に連れられて大勢の大人に取り囲まれ、命名の儀式をして、ヒョーマ王子となった俺。


 生前の名前、草壁豹真のヒョーマだ。


 名字の草壁は消え去った。グントラーゼ王家が新しい家だ。ヒョーマ・グントラーゼ王子。



 意識ははっきりしていたが、赤ん坊の肉体なのでしゃべることができない。大声で泣くだけだ。


 乳母に世話してもらって生きる。赤ん坊って本当に泣いて食べて排泄して寝るだけだ。


 周囲の様子を観察して考える。


 柱、壁、天井からはじまり建物全体、調度品、人々の身なり、どれも中世風ファンタジーのようだ。


 水道やトイレがどうなっているか気になったので、赤ちゃんベッドの囲いに手を伸ばす。


 ……手が届かない。


 ハイハイして這うことすらまだできない。


 しょうがないので人々の言葉に耳を澄ませた。おぼろに映る顔を覚えて、言葉を覚える。話し言葉を解読する。すべてはそれからだ。


    

「――王子の誕生を――すべてが祝っております。」


「――正妃のお子様はまだ――」

 

「――この子は目の輝きが違う。――にはわかる。」


「何にでも興味を示すのです。ほら、こちらを見ているでしょう――」


「良くない噂があります。――の――暗殺――」


「あら、これが欲しいのかしら。キラキラしてる――ね。ほら、あげるわ。あなたのものよ――」


「アンジェルナ様、口に入れたら困りますのでそのようなものは――」


「大丈夫よ。この子は――」


 ぬいぐるみ人形や木でできた玩具が最初の持ち物だったが、お母様がとてもいいものをくれた。

 

 スタールビーの指輪。赤い色の宝石だ。大粒で星のような模様が見える。。


 ひと目で気に入って、何度もしつこく手を伸ばした。思いが伝わって嬉しい。


 駄メガネは高価な宝石などレアなものほど強化されると言っていた。


 この宝石は大事に持っておくことにする。



 最初に力を使うタイミングはいつが良いかな~本当ならすぐにでもガチャを引きたいけど、今はまだ早い。


 赤ん坊のそばで美少女が現れてもかなり困る。


 幸い生活には困っていない。


 せめて一人で寝起き出来るようになってからにしたい。……それでもまだ早いか。


 学校に入った後とか? 成人した後とか?


 一度チートを使ったら宝石に戻す事はできないということは、その後ずっと面倒を見る必要がある。


 そのためには食事や寝床や仕事を用意できないといけない。


 赤ん坊である今の自分には足りない、できないことだ。


 なのでまだその時ではない。



 

 寝て、起きて、食べて、出して、寝てを繰り返したある日。


 夜中に悲鳴を聞いた気がしてふと目が覚める。

 

 顔を横に視線を先に。


 乳母が倒れていた。生きてるか死んでいるかちょっとわからない。声をかけてみるか。


「あー、だぁー。」


 あ、乳母が動いた。生きてる。


 そして乳母を見下ろす黒衣の暗殺者。手には黒塗りの短剣。刃先から血がしたたる。


「ふあぁー。」


 警戒厳重な王の城のしかも第一王子の部屋なのに、いかにも人殺ししますという風体のコテコテな格好だ。


 あー、これは内部の犯行ですねー間違いない。あんなの王城の外から王子の部屋まで入ってこれる訳がない。


「自らの命を顧みず叫ぶとは見事な忠義だった。」


 乳母は刺される覚悟で叫んだらしい。


「ゆえに急がねば。」


 暗殺者が短剣を振りかぶって近寄ってくる。


「ふゅあ!」


 立ち上がって逃げる――のは無理。ハイハイもまだ。寝返りは何とかできる。


 叫ぶ?できる。


 ただしすぐに助けが来るとは思えない。


 夜番の衛兵がいると思うが、いつも扉の外にいる衛兵は買収か排除されてるだろう。


 乳母の悲鳴を聞いた衛兵――別の場所を巡回している衛兵が、廊下を走って集まってくるまではまだ少しかかる。



 これはもう、アレですね。


 やるしか無いですね。


「だー。」


 指輪の宝石部分を掴む。お母様からねだりとったスタールビーの指輪だ。毛布の下にいつも隠していた。


 チートを使うタイミングはいつか。それは今だろう。


 もう暗殺者が近い。赤ん坊だ。短剣で刺されたら一撃で死んでしまう。


 祈るような気持ちでガチャを引く。引きたい。


「がぁぁー。」


 初回無料なのはしっかり覚えてた。

 お金を消費するほど強くなるんだっけ。でも今の手持ちはゼロです。ゼロ。

 もし、もしもお父様の王様が俺に財産を分与してたら全部使ってもいいから強いのがほしい。そう祈った。


「ちゃッ!」


 手の中の宝石が消えた。指輪の台座が残る。早い。ガチャのボタンやイエス・ノーの選択肢は出なかった。ちょっと拍子抜けだ。


 部屋に光が満ちる。眩しい。


 暗殺者が足を止めた。


「ひゃぁ!」


 ベッドの隣に赤い髪の美少女が出現した。服は着ている。魔女のような黒いドレス。

 魔法タイプか?いや、魔法タイプと思わせて物理タイプかもしれない。もしくは物理も魔法も両方行けるタイプという場合もある。つまりよくわからない。


 赤い髪。赤い目。白い肌。

 星のような瞳で俺を見る。


「ハァイ♪ ヨロシクね。」


 ウィンク。かわいい。間違いなくあたりだと確信した。エス・エス・アア~~ル(↑)の風格がある。最高レアの貫禄。


「召喚魔法?それとも……ちぃッ!!」

「ひゃぁ!」


 暗殺者が短剣を突き出す。狙いは俺。


「させないッ、わよ。」


 赤い髪の美少女が暗殺者の腕を掴んで止めた。即座にひねると同時に足払いで暗殺者を浮かせる。柔術っぽい技で投げ飛ばした。まさか格闘タイプ!?


 敵もさるもの、受け身で足から落ちる。部屋の床にドスンと両足で着地した。


「ブラッドボイル!」


 赤い髪の美少女が手をかざして叫ぶ。魔法だ。

 手のひらの先に直径五十センチほどの赤く光る魔法陣が出現する。空中で魔法陣が回る。外側は時計回り、内側は反時計回り。


 暗殺者の血液ブラッドが一瞬で沸騰ボイルした。


 電子レンジに突っ込まれたような加熱を一瞬のうちに受けて茹で上がる。


「ウギャアアア!!!」


 叫び声は途中で事切れ、暗殺者は膝を折って倒れた。眼球すら沸騰し破裂、舌も茹で上がってだらりと伸びる。体の内側から灼かれて即死。ひどい有様だ。

 黒衣の隙間から煙がもれる。


 強い!


 なにタイプだこの子は本当に気になる。


「うっ……」


 眼の前で人が死んだため吐き気がした。臭いもひどい。だが真夜中だったので胃が空で戻すものがなかった。

 だが危機は去り、命が助かった。


「ふう、危ない危ない。」


 美少女がこちらを見る。


「マスター?ご主人様?私を私にしたひと。まだ赤ん坊なのね。」


 抱きかかえられた。胸が大きい。体温が高くてすごく温かい。良い。安心感がある。死が迫っていた緊張が抜ける。生きた心地が戻る。

 伝わったのか、美少女が笑顔になった。


「すたぁ……るびぃ!」


「私の名前?うん、じゃあ私はスタールビーだ。」


 よかった伝わった。 

 最初の擬人化チート美少女は、宝石の名前からとってスタールビーになった。


「ヒーリング!」


 今度は魔法で乳母を癒やす。乳母が起き上がるのを尻目に美少女は部屋を見回す。


 左手で俺を抱えたまま、しゃがんで黒塗りの短剣を拾った。


「うう……。はっ! あ、あなたは誰ですか?」


 スタールビーは答えず、今度は部屋の隅にあった箒を右手に取る。短剣の柄と一緒に握って掴む。……手が小さいので、箒を取り落としかけた。


「ヒョーマ王子を離してください。」


 乳母が不審がる。それはそうだ。身元不明なので暗殺者とあまり変わらないだろう。

 

「いやよ。」


「え?」


「この子、私がもらうわ。レビテート!」


 箒がフワリと浮き上がる。こ、これはまさか……飛べるのか!?


 ついでに短剣も浮いていた。スタールビーの周囲をくるくる回る。


「びしっ!」


 スタールビーが右手の人差し指を窓に向ける。擬音はセルフだ。おちゃめなのか?


「ファイヤーブラスト!」


 ゴゥッ!


 指先から冗談では済まないレベルの熱波が放たれた。窓が一瞬で溶解して周囲の壁ごと溶ける。


 窓のあった場所には巨大で丸い穴が空き、窓枠すら残っていない。


「それじゃあ、バイバイ♪」


 スタールビーは宙に浮く箒に横座りして夜空に飛び去る。

 俺を抱えて。


 ああ、なんて綺麗な月夜なんだ。


 俺は月を見上げて、離れていく王城を見送った。



 そこで眠気に負けて俺の意識は途切れた。流石に赤ん坊の肉体でこれ以上は体力が限界だった。今夜はもう、暗殺されかけたストレスと生き延びた安堵感でいっぱいいっぱいである。

 夜風は冷たいはずだが、スタールビーの胸は暖かく、そして周囲に張られた魔法のバリアが夜風を防いでいた……。

誤字等ご指摘願います。

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