5.ほら、解決……って、どうしてダメなの?
叔父と叔母、父親が働く魔法長官フロアー。執務を行う以外に客人を迎える応接室や、簡単に食事を取れる部屋など、数室備えられた広々とした空間であった。昼食時のため他の職員は職員用の食堂へと移動してしまっていて、今は叔父の一家と俺達しかいないようだ。久しぶりに会った従姉弟達を含めた九人が集まった部屋は、賑やかで和やかな食事が進んでいった。
俺の測定結果を皆が聞きたがり、それを伝えた父レチタティーヴォの言葉に、皆興奮しておしゃべりに花が咲く。それでなくても親族は話題が尽きることもなく、思う存分美味しい食事を楽しんだ。
――俺とマドリガーレのふたりを除いて。
出された目の前の豪華な料理をのろのろと口に運び、もそもそと食む俺は、麗美とスピリトーゾが昼食後に秘密の場所へ行くと楽しげに話していても介入する気になれなかった。心の中でスピリトーゾに向かって『後で覚えておけよ』と悪態をつくくらいはしていたが、実際に口げんかをしたり体で止めに入ったりする程の気力が湧かなかったのだ。
途中、アンティフォナ叔母から料理が美味しいかどうか問われ、素直に美味しいと答える。すると今度は「うちの料理人も美味しい物をたくさん用意してくれるのよ。特に今回はあなた方が来るからはりきっていっぱいリクエストしちゃったの。ソラも食べたい物があったら遠慮なくどんどん言ってちょうだいね」と言われ、ちょっと嬉しくなった俺は元気に「はい!」と答えたのだが。その瞬間、マドリガーレがフォークを手から滑り落とし、皿に当たってガチャンと音をさせた。
すぐさま「失礼しました」と澄ました顔で彼女は謝罪をしたが、少し浮上しかけた俺の気持ちはまたもや、ぺしゃんとしぼんでしまう。
自分が相手を「嫌い」と公言しているにもかかわらず、こちらからよりも相手の方から、より一層嫌われていることを肌で感じるのは精神的にきつかった。
食事を終え、応接室に移動してお茶でも飲みながら語ろうという話になった時、俺は思い切ってマドリガーレに声をかけた。
「……ちょっと話があるんだけど」
「……良いわよ」
飲み物を用意してもらい、ふたりだけで面談用の小部屋に入る。
テーブルにアイスティーを置いたマドリガーレは、さっさと椅子に座って「それで?」と言った。まるでこんな狭い部屋でふたりきりになるのはごめんだ、早く終わりにしろとばかりの態度だった。
「それで? 話って、なに」
「魔力測定なんだけど……二年前、あんたはどんな結果だったんだ?」
彼女は綺麗に整った顔をむっつりとしかめ、更に眉間にしわを寄せ、その後、ふぅとため息をついて答えた。
「あなたよりも全体的に数値は低かったわよ」
「いや、そういうことが聞きたいんじゃなくて」
「じゃあ、何よ」
「あんたは魔法長官になりたいんだろ? 俺が日本に残ったら、この国での最高値を出すのはあんたなのか、って話。あんたが魔法長官を務めても問題ないくらい能力が高かったら、俺がどうしても日本にいたいって言ったら、なんとかなるんじゃないかと思って。ってか、そもそも、まだ魔法長官になりたい気持ちは変わんない?」
しばらくむっつりとしていたマドリガーレは、アメジストの瞳をふいとそらし、俺から視線を外してゆっくりと答えた。
「……なりたいわよ、魔法長官。小さい頃からそれを目標に頑張ってきたんだし」
黙って続きを促す。
「魔力量だけじゃなくて、使用する技術や器用さも必要と知ってからは、その訓練もしてきた……毎日、毎日、それこそ体調が悪い日も。その結果、お父さまが魔法長官に就任した時よりも、今の私の方が実力あるくらいになれたわ」
俺は明るい顔でポンと膝を打った。
「それなら話は簡単じゃないか! 俺は日本にいたい、あんたは魔法長官になりたい、ほら、解決!」
「そんな簡単に上手くいくわけがないでしょう? 元々あなたがいなければすんなり私で決まったでしょうけど……アリィ姉さまはそんなに飛びぬけて魔力が高いってほどではないけど、スーゾはそれなりにあるみたいだから、レーヴォ伯父さまのように補佐官になって、長官となった私を支えてくれるかも知れない、でも……」
「んじゃ、何が問題なんだよ」
「あなたの我がままだけで、おいそれと測定結果を無視する訳にはいかない、という話よ。元老院には、口だけは最高級に挟んでくるお偉い方々がいらっしゃるんだから。あの方達が、歴史上最高の実力者のあなたをあっさりと手放すわけがないもの」
「あの頑固者のもうろくジジィどもめ!」と、実際に会ったこともないのに悪態をつく俺を、マドリガーレは綺麗な曲線を描く眉をひそめてたしなめるが。
「そんなの知ったことか! 俺の人生、他人に勝手に決められたくないよ!」
「そうは言っても……レーヴォ伯父さまが異界人と結婚して日本に行ってしまった時だって大問題だったのよ、知ってるでしょう? それでもあれ程の大恋愛……生きるか死ぬかの騒ぎを起こして、どうにも反対しようがないとなって、ようやく渋々うなずいたんだから。しかも、ララ伯母さまがあなたを身ごもったことが分かった時も、ハチの巣をつついたような騒ぎだったらしいし。ハーフなんて、果たして本当に人が生まれてくるかどうかも定かではなくて、産ませていいのか、やめさせた方が良いのか、連日議論がされたと聞くわ」
なんとも失礼な話だ、と思う。
父レチタティーヴォの結婚に散々反対して、しかもできた子供は「堕ろせ」とまで言われたらしい。
それが今になって、その当の子供が成長して将来有望となったとたん、手のひらを返したように役職を押し付けてくるなんて。
たまったものじゃない。
まっぴらごめんだ。
「レーヴォ伯父さまのことも少しは考えてあげている? あなたが三年来ないことに、とても周囲からの圧力があったけれど、それを頑張って押さえていらしたわ。息子の思いを尊重して、ね。あなたが軽はずみな言動をすると、伯父さまが困ることになるのよ」
それは初耳で、俺は黙り込むしかできなかった。
中学入学と同時に忙しい生活が始まり、これ幸いとなんだかんだ理由をつけてこちらに来ないようにしていたのだ。その結果、父親が職場でつらい思いをしていたなんて。
高校合格祝いの食事の時、申し訳なさそうに、それでも引かずに俺を説得した父は、三年間、どんな思いをしていたのだろう。
ソラとマーレの初やり取りです。
そこでソラは、父親が自分をかばってくれていたことを知りました。
ふたりの微妙な話し合いはもう1話続きます。
次回更新は3月12日(月)です。
皆様、良い週末を。