4.十五歳の魔力測定
そう。
俺がここに来るのを嫌がる理由のもうひとつが、これだった。
この国の上層部は、俺とマドリガーレの婚姻を望んでいる。
そもそもこの国にある『魔法庁』というのは四つの部署に分かれている。根本的に魔力を研究し発展に役立てる『魔力研究部』、都市部に集まる人々の暮らしの中で吹き溜まりのように渦巻く濁った魔力にあてられた者が起こす犯罪を取り締まる『治安部』、魔力が少ない者でも便利な生活が送れるように魔道具を開発する『魔道具開発部』、山や大地、海、川など、自然からあふれ出る魔力の流れを整える『自然部』、の四部署だ。
それを統括しているのが魔法長官であるアルマンド叔父であり、その補佐をしているのが副長官のアンティフォナ叔母と、補佐官である父レチタティーヴォだ。
魔法長官候補は成人となった二十歳の春から魔法長官の元で見習いを始める。そこで五年ほど勉強を兼ねて魔法長官を手伝い、その後、正式に魔法長官に就任する。
研究機関、警察組織、開発機構、災害対策、とよっつの大事な部門を、魔法長官は次の後継者が育つまで二十年から三十年間ほどまとめ(最後の五年間は次代の魔法長官を育成するのを兼ねる)、その後はまた同じくらいの期間、元老院に属し、議長、または副議長として務める。
『魔法長官になっちゃったら、元老院議長サマまで一直線じゃねーか。そんな責任、負えるワケがない』
俺は常々そう思っている。
しかも、ハーフでありながら抜群の魔力を誇る俺と、従姉との間の子を望まれているのだから。
『自由に結婚相手も選べねーし、元老院の議長サマなんてめんどくせーし、第一、総理大臣とかとどこが違うのかだってそもそも分かんないし、そんな大変なこと、俺にはムリ。頭だってとびぬけて良いわけじゃないし、学級委員だってやったことねーのに、政治なんてムリムリ過ぎる』
そんなことを思いながら、俺は両手を魔力測定器に突っ込んだ。
広い部屋の真ん中でぼうっと立っていると、だんだん体が温かくなってきた。身体の中を巡ってくる心地よい魔力の流れに身を任せ、しばし幸福な時間を味わっていると、だんだん不快感へと変わってくる。まるで波に揺られているような心地で、だんだん荒れてくる波にあらがわないと倒れてしまいそうになるのだ。船酔いのようにならないよう神経を集中させ、両手を広げてバランスを取りながら両足を踏ん張って必死に体を支える。膝や腰を柔軟に使って姿勢を保とうとするのも、だんだん限界に近づいてきて。
――もうだめだ、倒れる!
とうとう荒れ狂う波に逆らえきれずに、足元をすくわれて、どう、と倒れ込んだ。
そこでハッと目を開ける。俺はひとり掛けのリクライニングソファに身を横たえ、両方のひじ掛けに備え付けられた魔力測定器に手首から先を入れていただけだった。
「あ、そうだった」
きょろきょろっと周囲を見渡し、思わずそうつぶやく。測定器の側で見守っていた父親がそれを聞いて笑う。装置を動かしていた職員が近づいてきて俺の腕を装置から外してくれた。
「そうなんだよね。これから測定するって分かっているのに、いざ測定が始まると誰もがそれをすっかり忘れちゃう、そういうものなんだよ」
「それで、結果は!? 俺の結果、魔力、どうだった!?」
測定器のソファを降りるとすぐに父親に近づき、結果が印字されて出てくるのを見守ると、そこには。
「すごいぞ、奏楽。五年前よりも全ての項目で数値が上がっている。総魔力量もそうだし、水や土、風、炎……すごい、各魔力量だけでなく、それを操る器用さも抜群に上がっているじゃないか」
父親の言葉にかぶせるようにして、計測の職員が興奮したように続いてしゃべり始めた。
「本当にすごい! しかも、何より圧倒的なのは、生み出す能力だ。ソラくんが魔法長官になったら、新しい魔法道具や新魔法開発に力を入れて、発展させていくのを中心に活動していくことになるかも知れないね! 今からとても楽しみだよ! ね、そうですよね、レーヴォさん!」
この青年は魔力研究部に所属する、パストラーレ、二十三歳。半年後に従姉のアリアと結婚予定の婚約者だ。穏やかで優しい性格で、アリアと共に温かい家庭を作っていくことは間違いない。
「そうだな……でも、数値だけが全てではないし、本人のやる気で仕事のはかどり具合はいくらでも変わるだろうから……本人の希望を聞いてみないことには、なんとも。奏楽、お前はこの結果を見てどう思うか?」
父親の問いかけにも俺は微動だにせず、測定結果用紙を見つめていた。
『やばい、やばいやばいやばい! こんなことにならないように、今回の測定では絶対に頑張らないと決めていたのに! 前回やった時に最後まで踏ん張ったからものすごく良い結果が出て、またもや魔法庁や元老院の人達から期待されちゃったんだから、今回こそ、さっさと倒れて終わりにするぞって決心してたのに!』
冷汗がこめかみを伝い、青い顔をしている息子を見て、レチタティーヴォは心配そうに声をかけた。
「奏楽、気分はどうだ? 酔ったのか? 吐き気があるなら横になった方が良いが……」
父親の言葉に力なく首を横に振る。
落胆に足元が崩れそうだ。
「お前にとっては残念な結果だったのだな……もしかして、測定で手を抜こうとか考えていたのか?」
返事をせずうつむいている俺に、父レチタティーヴォはため息をひとつつく。
横でパストラーレが一瞬驚いた表情をし、その後、苦笑して教えてくれた。
「この測定は、そういう自分の意思でどうにかなるものじゃないんだ。上積みしたいとたくらむ者も、力がないように見せたいと思う者も、等しくその者の実力を余すことなく測り、記す。そういう魔道具なのだから、決心と努力でどうにかなるものじゃないんだよ」
パストラーレがそう言うと父親は俺の手首に、金属製の太い腕輪を巻いてカチリと留めた。
何やら爪と同じくらいの大きさの緑色の石がいくつも付いている。
「これ、なに?」
「バングルだよ。これで魔力の放出や吸収を調整する。これがないと魔力の暴走をしてしまうかも知れないんだ。まぁ、それについては屋敷に着いてからゆっくり話そう。難しい話だからな」
父親は俺の背中をポンポンと叩いて促し、測定部屋を出る。
そして魔法長官フロアーへ向かって足を進めた。
この魔力測定は通常お昼直前に行われる。一日のうちで正午前後が、一番魔力が安定していると言われているし、食事後では酔いに吐き戻しする心配があるためだ。
「気分が悪くないならこのまま昼食にしよう。きっと皆が待っている」
かつてない程の最悪気分で、俺は足を引きずるようにして廊下を進んだ。
魔法庁の説明が少し出てきました。
今後少しずつ覚えていっていただけたらと思います。
そして初登場のパストラーレ。
こちらは重要人物なので早めに覚えてくださいね。
次回更新は3月9日(金)です。