2.コントラルト国へ
本日、人物紹介とプロローグと本編3話、同時更新しています。
いきなりこのページを開かれた方は、目次に戻ってプロローグからお読みください。
「お前が嫌がっていることは理解している。だけど、最後に行ってから三年は経った。状況も周囲の者も変わっているだろう。あの頃よりも大人になった目線で確かめてから、判断しても良いと思わないか?」
「う……ん、それは、そう、だけど……」
「いずれにしても、お前は次期魔法長官候補第一位なんだ。お前が顔も出さないで候補から降りると言っても、アルマンドは納得しないぞ」
「……そうだよね、やっぱり」
「もう一度、測定器で測ってみよう。マドリガーレは日々鍛錬しているはずだから、今では彼女の方が、能力が高いかも知れないぞ?」
いつもむっつりと怒ってばかりの、二歳年上の従姉であるマドリガーレの顔を思い浮かべ、俺は更に深いため息をついた。あちらで暮らすことの嫌な理由のかなり上位に、この従姉の存在があることは間違いない。
それでもいつまでも我がままを言い続けられないことは俺自身も分かっている。中学時代の三年間、一度も訪れなかっただけでも叔父を失望させているだろう。本来なら、候補となったその日から、魔法の鍛錬にいそしむのが理想なのだから。
「……分かった、行くよ」
「良かった。では早速アルマンドに言っておくよ。あっちで準備しておくから、お前もそのつもりでいてくれよ。卒業記念のお出かけ……くらいは仕方ないが、その他の日は全てあちらに行くと思っておいてくれ」
あからさまにホッとした様子の父親に、俺はまたため息をついた。
クラスのいつもつるんでいるグループ、部活の友人、クラス全体の集まりなど、付き合いは多岐にわたり、様々な所に遊びに行くつもりであったのに。春休みの予定が一気に希望のないものになってしまい、がっくりと肩を落とした。
「お兄ィ、頑張ってね、応援してるよ」
愛らしい声でそう言ってくれる可愛い妹の心配そうな顔に、俺は一瞬浮上しかけたが、続いて発せられた母親の言葉に、またもやテーブルに突っ伏す羽目になった。
「聞いた話によると、高校から出る春休みの宿題って、半端なく多いらしいわねぇ? 入学説明会の日に出されるようだから、卒業式までに終わらせる勢いで頑張ってね?」
高校受検という難関を乗り越え、ようやく羽を伸ばせるはずのこの期間は、俺にとってどうやら夢も希望もないらしかった。
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「わーい、アリィお姉ちゃんとマーレお姉ちゃん、それからスピィに会えるぅ、楽しみぃー」
遊びに行くんじゃないからと何度も重ねて説明したにもかかわらず、断固としてついていくと主張した妹は、笑顔と困った顔と泣き顔を駆使して両親と兄を説得するのに成功した。そして今日、家族全員でゲートをくぐる。
俺と父親だけなら日帰りで毎日通うこともできたのに、麗美が行くとなれば母親も一緒で、更に春休みの間中ずっとあちらに滞在することになる。麗美の目的は従弟のスピリトーゾと遊ぶことであり、半日程度ではとうてい満足できやしないだろう。一家四人での毎日のゲート使用には無理があるので仕方なく、十日以上あちらに滞在することとなってしまった。
ため息をついてゲートを抜けると、次に魔法庁まで転移装置で跳ぶ。
この転移装置は魔力で動いていて、中に入るとトロリとした濃い魔力に包まれるような気がする。甘い果実が熟してしたたるような濃厚な空間を、初めて体験した時、なんとかそれを味わえないかと口をパクパクして空気を吸い込んだのは、俺にとって赤面するような思い出だ。未だに身内からそれを言われるので笑うしかないが、それでも、今でも俺にとってこの転移装置に乗るのは楽しみだ。
今日もふんわりと甘い空気に包まれて、ワクワクするような、それでいてゆったりとリラックスできるような、そんな相反する感じの中で心地よく大きな距離を移動した。
「わぁーい、アルマンド叔父さんだ! アル叔父さーん!」
転移装置を降りると、そこはもう魔法庁の前。迎えにきてくれていたアルマンド叔父が両手を広げ、走り寄る麗美を受け止めた。
「おお、レミちゃん! また大きくなったなぁ」
叔父が抱き上げてそう言うと、麗美は愛らしい頬をぷくっと膨らませた。
「叔父さん、レディに対してそれは言っちゃダメなのよ。まるで太ったみたいに感じちゃう」
「ああ、そうか。悪かった、許しておくれ、レミちゃん」
そんな微笑ましいやり取りを眺めていると、アルマンド叔父がこちらに視線を向けてきた。
「久しぶりだね、ソラ。三年前に比べてずいぶん成長したな……もう、すっかり大人だ」
「……ご無沙汰してます、アル叔父さん」
叔父の名はアルマンド・コン・センティメント、通称アル叔父さん。魔法長官の証である黒いマント――内側は濃いえんじ色だ――を羽織っている。華美ではないが、キラキラとした銀糸で刺繍された黒い衣装。黒いブーツ。おまけに黒の手袋……これには黒い糸で魔法陣が細かく刺繍されている。そんな叔父の服装は、代々の魔法長官が着用してきた様式どおりであるという。
つまり、俺が叔父の跡を継いで魔法長官になれば、もれなくこれと似たような服装を日々着ていくことになる。部活、部活で私服はほぼティーシャツとジャージしか持っていない俺は、日本のラフな洋服文化をとても気に入っていて、叔父の堅苦しそうな衣装を毎日着ることを想像しただけでうんざりしていた。これも、俺が魔法長官になることをためらう理由のひとつである。
この国にはクールビズなどなさそうだ。
「まぁ、話は中でしよう。子供達も来ているんだ。今日はソラが久しぶりに来ると言うので、全員呼んだのだよ」
そう言ってアルマンドは麗美を下ろすと、ご機嫌な様子で先を歩き始めた。