3.吐露(とろ)する愚痴の内容は
本日は2話同時更新しています。
その1話目です。
「ところで、マーレ。先月、そなたの誕生会を開催したのじゃろう。吾も行きたかったが、身内だけということで参加できず、悔しかったのじゃ。どのような様子だったのか教えてたもれ」
王女が私の誕生会の話をねだってきたので、わずかに宙を仰いで思い返しながら返答した。
「そぉねぇ……様子と言っても……この家でやったから、第三家の者しか呼ばなかったのよ。だから集まったのも大した人数じゃなかったわね。ざっと二百人くらいかしら。今回の会は、私の誕生会として開いたけれど、親族へのソラのお披露目会も兼ねていたのよ。ほら、普通は十五歳の誕生会をお披露目とし、その後は社交界へ出席するでしょう? でもソラはずっと日本にいたから十五歳の誕生会をしていないのよ。だからまだ社交界に出られないの。そうなると今度の冬のブリンちゃんの生誕祭にも行かれないから、急きょ、私の誕生会でソラをお披露目しちゃったのよ」
「なるほど、そうであったのか。ソラ殿に会いたくて色々ごねたのだが、許可が下りなんだのはそういった訳だったのか。ならば仕方あるまい。吾の生誕祭に、ソラ殿を必ずや連れて来てたもれよ」
「分かったわ、大丈夫。任せて」
「して、ソラ殿は無事、披露目を終えられたか。日本とは常識が違うと聞いておるゆえ、戸惑うこともあったかと思うが」
「そうなのよ。ものすっごく戸惑ってたと思うし、挙動不審だったわ。一度にたくさんの人を紹介されて、名前なんかひとつも頭に入ってないみたいだったし、顔だってきっと覚えてないに違いないわ。でもそんなのは私がいつも隣にいるから、教えてあげられるので大丈夫よ。それに第三家の中でソラより身分が高い人なんて、うちの家族を含めたってそんなにいないのだから」
「なるほど、そのとおりじゃ」
「それはともかく、誰も彼もがソラと話したがり、面識を持ちたがるから大変だったわ。これが他家の方々へのお披露目になったら、揉みくちゃにされちゃうんじゃないかしらって、ちょっと心配しているの」
「分かるぞ。吾もソラ殿に会いとうて仕方ないゆえ。そなたの姉君の結婚式では、色々大変かも知れぬな」
「そうかも知れないわね……でも私にとって重大なことは、それではないわ!」
「な、何を急に。どうしたのじゃ、マーレ?」
「聞いてよー、ブリンちゃん! 私、ドレス姿をソラから『綺麗』って言ってもらえなかったのよー!」
「なんじゃと? こんなに愛らしいそなたが、一生懸命に頑張って装ったにもかかわらず、褒め言葉のひとつもかけぬとは、なんと見下げ果てた男子なのじゃ! 許せぬ!」
「え、いえ、褒めてはくれたのよ? 多分、ソラの精一杯の言葉だったんじゃないかと思うの。だから、それは良いのだけど……」
「では、何が問題なのじゃ?」
「私は『綺麗』って言って欲しかったの。『可愛い』じゃなくて。だって、私ももう十八歳よ。いつまでも子供じゃないわ。それなのに、私の専用のドレスデザインをお任せしているマダムが、何度頼んでも私に大人っぽいドレスを用意してくれないのよ……『お嬢様に似合う最高のドレスをご用意させていただいております』って。私がこの小さな鼻にコンプレックスを持っていて、童顔に見えるのを嫌がっていることをご存知のはずなのに……」
「ふぅむ……なるほど、得心した。そなたの気持ち、分からぬことはない。しかしだな、そのマダムとやらの考えておることを想像し、理解もできるのじゃ。今はまだ少し幼めの格好をしておいて、婚約式でドーンと大人っぽい装いにすれば、皆の視線はマーレに釘付けじゃ。吾ならば、そう企てると思うが」
「……そうなのかしら? 今度マダムに聞いてみるわ……とにかく、私『可愛い』じゃなくて『綺麗』って言ってもらえるようになりたいのよ……」
「そうか。乙女の夢は、見ることを止められぬのう。となれば、ソラ殿からかけられる愛の言葉も、そなたには理想があるのではないか? たとえば、この『黒と銀と虹と』の本の中でも、恋人の魔法長官見習いが、主人公の魔法副長官候補者に、色々と愛の台詞を言っておるじゃろう。その中で、マーレ、そなた、ソラ殿から言って欲しい台詞を選ぶとしたらどれになるかの?」
王女がニヤリと形容がつくような笑みを口元に浮かべる。
ああ、いかに威厳のある王女と言えども、恋バナには並々ならぬ興味があるというのがありありと分かる様子だ。彼女は学校でも普段から、私とソラのことを微に入り細に入り聞いてくる。そして私だって負けないくらい、彼女と彼女の婚約者とのやり取りは把握している。
けれども私達にとって、現実の恋愛と本の中の恋物語は別物だ。現実の男性は本の中の登場人物のように、ヒロインの望むような素敵な台詞を、場面を間違わず「ここぞ!」という時に言ってくれたりはしないのだ。
そんなことは百も承知している。
でも、だからこそ、物語を読むことをやめられない。本の中では、現実と違ってこれでもかというくらい困難が待ち受けているが、友と協力し合ってその困難を乗り越えたり、ピンチに颯爽とヒーローが助けてくれたり、クライマックスシーンで想い人から愛の告白をしてもらえたりする。物語を読む私達は、現実ではありえないそんな素敵シーンを、自分に投影して浸るのだ。
もちろん、現実の男にそんな女子の理想を押し付けたって無駄なことは分かっている。
しかし分かっていても、物語のヒロインに自分を重ねて見ることはやめられない。
「そぉねぇ……この『黒と銀と虹と』の中で、魔法長官見習いの男性が、主人公に囁いた愛の台詞はたくさんあるから、どれを選べば良いのか、なかなか決められないけど……」
「けど、ということは、強いてあげるならこれ、と決めているものがあるのであろう? マーレ、焦らさず教えてたもれ」
「ふふっ、ブリンちゃん、正解よ。私、この本を初めて読んだ時からずっと、感銘を受けた台詞がひとつあるの。それは、ここ!」
そうして本をぱらぱらとめくり、もう何度も、何十度も読み返して、どこにそのシーンが書かれているのかすっかり暗記した場所を開き、指で指し示した。
「なに? このシーンなのか、マーレ……?」
「もちろん、そうよ! ほら、こっちの『やはりきみはさすがだな』も素敵だし『きみはいつもわたしのことを支えてくれている』も良いわよね。それに『わたしのやりたいことを一番理解してくれるのはやっぱりきみだな』なんて言われたら……ああ、震えるほど素敵よね! でも……でも、やっぱり一番言われたいのはこのシーン! 『わたしの副長官は、きみしかいない』よ! これしかないわ!」
私は悦に入って感動に震えていたが、しばらくしてふと気づき振り返ると、王女が何やら複雑そうな顔をしてこちらを見ていた。
「なあに、どうしたの、ブリンちゃん?」
「……マーレ、吾には、それらはどれも“愛の言葉”では無いように聞こえるのだが……」
いぶかしげに聞いてくる王女に、私はぷんと口を尖らせる。
「そんなことないわ! だってこの本読んでいてよく分かるでしょう? 主人公の彼女は、彼のために一生懸命努力して、彼の副長官として誰よりも相応しくあろうと頑張っているのよ! 彼のやりたいことはなんだろうっていつも考えて、彼の助けになるのはどんなことだろうって探して、彼が必要とした時にはすぐそれを差し出せるように準備しておくのよ! ……ああ、この本の主人公は、本当に理想的な魔法副長官だわ!」
私が拳を握って力説すると、王女は優しい瞳で微笑んだ。
「なるほど。マーレはこの主人公のような、理想的な魔法副長官になりたいのじゃな」
「そうなの。私……気付いていても見ないふりをしていたけれど、今回の自然部の視察でよぅく分かったわ。五歳の時から『才能がある』とか『魔法長官に相応しい』とか言われて育ってきたけど……ソラには全然敵わないのよ。それは魔力の大きさとか、多彩さとか、そういうことじゃなくて、人として、という部分だったの。ソラは、ソラこそが、魔法長官に相応しいのよ」
「……そうなのか?」
「ええ」
自然部の視察の報告は王族に上がっていると思うが、彼女自身に、私からまだ話してはいなかった。そして語り出す。あの二泊三日の旅の中、どんなことがあったのか、そして私がどのように感じたのかを。彼女は相槌を打ちながら、静かに聞いてくれた。私が頑張った部分も、気落ちした箇所も。時には驚いたように、そして時には深くうなずき、笑顔で続きを促してくれた。
ああ、私はこうして、誰かに聞いて欲しかったのだ。
言いたかった、吐露したかった、自分の至らなさを。
けれどもソラ本人にも、そして家族にもなかなか言えなかった。ソラと比べて、自分がいかに足りない部分が多いのかということを。ソラを支えるなどと言いながら、その実ソラの後ろを、息を切らして走っていくだけで精一杯だなんて……ソラの考えに驚きつつも、なんとか同意して必死に合わせ、同じ方向を見よう、見ようと努力しているだなんて……期待してくれている家族に告げることができなかったのだ。
家族は、特に父は、もう長い間、自分の跡継ぎをソラに据えたいと思いつつ、娘の私が魔法長官になりたがっていることで胸を痛め、更にソラ自身がこの国と魔法を拒否していることで、頭を悩ませていた。
それが今年の春、突然、全ての問題が解消されたのだ。ソラは魔法に興味を持ち、この国に対する嫌悪感がなくなり、学校の長い休みにはこちらに来て積極的に魔術を学んでくれるようになった。そして私は、十年以上心に持ち続けた魔法長官への憧れをきっぱり捨て去り、魔法副長官になってソラを支えると宣言した。父の悩みがこれで一気に解決したのだ。
おそらく母も、ソラの父親である伯父も、そしていつも間に挟まれてためらいながら微笑んでいた姉も、一様に胸を撫で下ろしたことであろう。
それからというもの、周囲の大人達からいつも温かい応援と見守りをされてきた。皆忙しい中、かなり都合をつけてこちらに時間と手間をかけてもらっている自覚がある。それも、皆が楽しくて、嬉しくて、心からの善意で与えられているのだと……。
それなのに。
彼らに泣き言を言いたくない。
相談ではなく、不安からのただの愚痴など聞かせられない。
そういったことを、全て王女にぶちまけてしまった。
視察に行った時の細かい出来事から、普段、心の底で渦巻いている感情まで。
微に入り細に入り、しかも話があちこちに飛んで支離滅裂になりながら、言いたいことを話したいままにしゃべり尽くしてしまった。
王女は所々で相槌を打ちながら静かに最後まで聞いてくれ、そして穏やかに微笑んだ後、こう告げた。
「吾も同じじゃ」
「えっ」と驚くと、にこっと笑みを向けられる。そして語ってくれた。
「吾の婚約者であるレッジェロ・コン・アレグレッツァは、第二家の本家の長男じゃ。ご存知の通り第二家というものは皆、誰に対しても気さくで、付き合い方がしつこくて、愛が暑苦しい。そのため時に疎ましく思う者もいるせいで、どうしても第二家同士の者達で固まっていて、他家との付き合いが希薄になりがちなのだが……吾は気づいたのじゃ。これは世に言う“母の愛”のようなものではないか、と」
「母の愛?」
「そうじゃ。吾は母の愛を知らぬ、赤子の時に母を亡くしたゆえ。しかし、世間一般で聞くところの母とは、我が子に対して、しつこいくらいに干渉し、時に疎ましくなるほど愛情を注ぐという。子が厭い羽の下から飛び立とうとするのさえも、懸命に補佐するのが母なのだという。それは無償の愛。ただ与えるのみの愛……それを、第二家の者達は、皆、持っているのだと思う。そしてレッジュはその本家の長男。第二家の特徴が色濃く出ておる。彼の考え方の全ては、愛、なのじゃ。他者に対する思いやり、周囲への気遣い……王家の者が、民に対して持ち続けなければならぬ心構えを、吾はレッジュから何度教えられたことだろう。いや、彼は別に賢しげに何を言ってくる訳ではないぞ。たださりげなく、吾に気づかせてくれるだけじゃ。しかしそのさりげなささえも、彼が吾より十歳も年上であると痛感させられるだけなのじゃ……」
「ブリンちゃん……」
「吾がどんなにあがこうと、おいそれと十歳の差は埋まらぬ。吾は彼と同じ位置に立ってものを見たいのに、彼はいつでも屈んで吾の視線に合わせ、そしてにっこりと笑みながら指差しして吾の見るべき風景を見せてくれるのじゃ。吾もいつか、教えられずとも、指摘されずとも、レッジュと同じものを見られるようになりたい……そう思い焦がれておるのじゃ」
知らなかった。
ブリランテ王女がそんな風に思っていただなんて。
「しかしだな、マーレ。吾はそれで落ち込んだりせぬぞ。結婚相手を尊敬できるというのは、とても幸せなことだと思うからじゃ。むろん、年齢の差だけでレッジュを尊敬しておるのではないぞ。彼という人物自体を、吾は敬い、好いておる。吾が彼を選び婚約を申し入れたのは、二年前、周囲の状況を見渡して、一番の良策と感じたから。そこに愛や恋などの感情は存在せなんだ。なのに彼は吾に最も必要な相手であったと思うのじゃ。我ながら、当時の吾を褒めちぎりたいところよ。彼の婚約相手がポッカリと不在だった期間に、すかさず婚約を打診したのじゃから。ブリランテよ、ようやった、機を逃さず、よくぞレッジュを捕まえた、と」
そう言って、ころころと笑う王女はとても美しかった。
「マーレ、そなたも吾と同じように幸せ者じゃ。状況的に最良の相手が、己を惹きつけてやまない者であったのじゃから。しかもそれが、惚れた腫れたというのみでなく、心揺さぶるほどに尊敬できる相手であったというのは、僥倖以外の何ものでもない。そうであろう?」
ソラの笑顔を思い浮かべる。
あの光り輝く生き生きした瞳を思い描く。
真っ直ぐに、未来を見つめる強い意志を。
疾風のように駆け、かと思うと素早くその身を翻し、華麗に跳び、鮮やかに乗り越える。
陽の光に反射する汗が周囲に散り、人間の身体とは、こんなにも美しく動くのかと見惚れていた。
彼の身も心も、しなやか過ぎて、なんと魅力的なことだろう。
「ええ、その通りね、ブリンちゃん。私……幸せだわ」
そう言うと、自然に心からの笑みがこぼれた。
このまま続けてエピローグをお楽しみください。




