2.魔法副長官制服の様式は
「ところで今回、そなたから借りたものの中では『黒と銀と虹と』が、吾は断然おもしろかった」
王女からの突然の台詞に、私は一気に鼓動が跳ね上がった。
「やっぱりそう思う!? 私もその本が今回のイチオシだったのよ! ブリンちゃんと感想を語り合いたくて仕方なかったの!」
「ふふふ、やはりそうであったか。なんと言っても主人公が女性の魔法副長官候補で、相手役が婚約者の魔法長官見習いとなれば、そなたはこのふたりの恋に自分自身を重ねて見てもおかしくはなかろうと、吾は思うておったよ」
「そうなのよー! 本の方は男性が成人で既に見習いになっていて、女性がまだ高等部の学生だから、その年齢差は、私とソラの逆なのだけど……でも、彼女が彼と同じ職場で働くのを心待ちにしているところなんて、本当に共感できるし、彼女の台詞や心情のひとつひとつに対して、うん、うん、とうなずいてしまうのよー!」
色々なシーンが頭の中を吹き荒れるように巡っていき、思わず目を閉じてうっとりと両手を組んだ。
「ほぅ……想像以上にのめり込んでいるようじゃの。吾が一番印象に残っているのは、主人公の衣装を仕立てるシーンじゃ。彼女の卒業に向けて、魔法副長官見習いの制服を作るという場面で、彼女がとてもわくわくと楽しそうであったのが印象的であった」
「そうね! それはとても分かるわ! 私も早く魔法庁の制服を着たいもの!」
「そうであろうな。ところで、そのシーンを読んで驚いたのじゃが、魔法長官と副長官の服は、それぞれの持つ魔力によって色味が違うのじゃな。今の長官と副長官の制服も『代々の魔法長官と副長官が着用してきた様式どおりである』としか認識していなかったからのぅ。魔法長官とは、黒の生地に銀の刺繍、黒マントの裏地は濃いえんじ色、というものが決まりなのだと思っておったよ」
「そうなのよ。魔法長官の衣装は、生地は黒、ボタンやマントの留め具は銀、と決まっているのだけど、襟と袖の折返し、それからズボンまたはスカートの裾に魔法陣を描かれた刺繍と、あとはベルトが、副長官の魔法使用時の髪色なの。同様にマントも表地は黒と決まっているけど、裏地は副長官の魔法使用時の瞳の色なのよね。そしてマントの表地の刺繍は副長官の持つ魔力の色だから、その辺が代替わりするたびに違う色味になるのよね。黒ブーツと黒手袋、手袋の黒刺繍は変わらないのだけど」
「なるほど。そなたの母御が銀髪だから、父御の衣装のベルトと魔法陣の刺繍が銀色なのじゃな。そしてマントの裏地が濃いえんじ色ということは、母御の瞳は普段は茶色であるが、魔法使用時には濃いえんじ色になるということなのじゃな」
「そういうことなのよ。そして母の副長官の制服が、赤ベルトと赤い刺繍なのは、父の髪は普段茶色だけど、魔法使用時は赤になるから、ということなの。そしてマントが表も裏も黒いというのは、父の瞳は元々茶色だけど、魔法使用時には黒になるということなのよ」
「なるほどな。ようやくきちんと理解できたわ。そなたの父御の魔力は力強く深い緑色だから、母御のマントの刺繍も濃い深緑色なのじゃな」
「そうね。とても格好良くて憧れるわ」
「となると、ソラ殿とそなたが魔法庁入庁時には、ソラ殿の衣装は、黒地に銀の刺繍と銀ベルト、マントの裏地は紫紺、表地の刺繍は青緑という感じなのじゃな。そなたは魔法使用時に、瞳が紫から紫紺に変化するし、魔力の色が青緑じゃから」
「そうね……多分そうなると、先日、両親とレーヴォ伯父様とお話ししたわ……」
その時のことを思い出し、私はがくんと肩を落とす。
「ん? 何やら急に元気を失ったのぅ。衣装作りが楽しみではないのか?」
「それは、そう……なのだけど……」
「なんじゃ、はっきりせぬのう」
私は紅茶のカップにスプーンを入れて、意味もなく何回かくるくると回し……ようやくため息をひとつ吐いて理由を話した。
「ソラの持つ色が……派手過ぎて、困っているの……」
「ソラ殿には会うたことがないゆえ、なんとも言えぬが。彼はそんな派手な魔力を持っておるのか?」
何度でもため息が出る。
「そうなの……レーヴォ伯父様が琥珀色の髪をしていらっしゃるから仕方のないことだとは思っているけど……ソラは大きな魔法を使うと、髪が金色に輝いてしまうの。普段のソラの髪はララ伯母様の色を受け継いだ黒だから、そのままなら良かったのに……」
「ほぅ。ということは、そなたの衣装は黒地に金刺繍と金ベルト、ということじゃな」
「そう。しかも、ソラは瞳がまた特殊で……彼は、使う魔法の種類によって、瞳の色を変えてしまうのよ……」
「なんと! そんな例は聞いたこともない!」
「そうでしょう? 多くの人が魔法使用時に髪や瞳の色が多少変化することは知られているけれど、それだって明らかに全く違う系統の色になるわけではないわ。それなのにソラときたら、風の魔法を使えば瞳が緑に、水の魔法を使えば青に、土の魔法を使えば黄色に、炎の魔法を使えば赤に、と変化させてしまうのよ! 変でしょう!?」
「それは確かに変わっておるな……しかも夏前に、第五家の秘された魔法を使用したと報告を受けておる。となれば、その時は紫になったのであろうか?」
「そのとおりよ……更に言うと、夏に自然部の視察に付いて行った時、無意識で小規模の大魔法をドーンと放ってしまったのね。その時の彼の瞳は、虹色にきらめいていたのよ……」
「なんと……!」
「そうなの……なんて言って良いか分からない事態でしょう? それでレーヴォ伯父様や両親と相談した結果、私が入庁する時に仕立てるマントは、表が黒、裏地にソラの魔力の色である明るく鮮やかな緑、表地に刺す刺繍の糸を五色にしよう、って……」
「そ、そうであるか……」
もう、泣きたい。
「しかも! しかもよ! 普通は意味がある魔法陣を、一色でいくつも刺繍するのだけれど、五色になってしまったから、相当数を増やさないとならないの! 五倍とまではいかないまでも、通常の副長官の刺繍よりも三倍以上もの魔法陣が刺されるらしいわ! 色とりどりの糸の刺繍が、普通の三倍の量の黒マント! 更にその五色はすべて鮮やかな原色! せめて落ち着いた色味であってくれれば良かったのに! その上で、その裏地は明るく鮮やかな緑! 衣装は黒地に金ベルトと金刺繍! ボタンとマントの留め具は銀色! このきらびやかさは何!? 私は派手さを競って異性を惹きつけるために羽を広げる鳥じゃないのよ!」
ブリランテ王女が、ぎょふっ、と奇妙な音を立てて吹き出した。
見たこともない変顔に、聞いたこともない怪音。
そこには、王族としての威厳もへったくれもない。
「……ブリンちゃんー?」
「わ、分かっておるぞ、少し落ち着け、マーレ、そのように怒るでない、悪かった、吾が悪かったゆえ、許してたもれ」
懸命に体勢を立て直そうとする王女に、またもやため息を吐いた。
そう、彼女が悪いわけではない。想像すれば、誰だって驚き、笑う場面だと思う。だからと言って、傷つかない訳ではないが。
「……良いわ。私もごめんなさい、つい興奮してしまったわ……」
「まぁ、無理からぬことじゃ。吾がそのような衣装を着ろと言われたら、絶望するところじゃからの」
「……ぜつ、ぼう……」
「あ、いや、失言じゃ、すまぬ」
「良いの……分かっているわ……」
「うぬ……難儀じゃの……それにしても、なぜこのような決まりがあるのじゃ? そんなに相手の色を身にまとわなくとも良いであろうに」
「それは私も疑問に思って聞いてみたの。そしたら、年末の星の月に行う大魔法を使用するに、必要なのですって」
「なんと! そうであるか!」
「ええ。魔法長官と副長官は魔力合わせをするでしょう? 互いに相手の魔力に同化していくことが必要なのに、どうしても髪や瞳には魔力の塊がしつこく残ってしまうのですって。そして大魔術使用後、魔力合わせを止めた途端、髪と瞳は本来の魔力にどんどん戻っていってしまうらしいの。でもそうすると、半年後にまた魔力合わせを始める時に、一からやり直さなければならなくなってしまうから大変でしょう? そのために、衣服やマントに魔法陣をほどこして、できるだけ相手の魔力を身に留めておくようにしているらしいの。衣装やマントの生地もそうだけど、ベルト、手袋、ブーツも、素材作りの段階から同様の処理をされて作られているらしいわ」
「そのような意味があって、あの衣装なのであったか……他の部署の者達の制服に刺してある刺繍糸が、制服と同色であるのに対し、魔法長官と副長官だけ、なにゆえあの色合いなのかと疑問に思っておったが……正直、驚いた」
「そうね……それだけ彼らが行う大魔法は、国にとって大事なのだということね」
「そうであるな。大魔法あっての、国の平穏じゃ。それがなければ、実りは減り、国土は荒れ、災害が増える……吾は王族として、魔法長官と副長官にその役目を任せていることに対し、深く感謝をすると共に申し訳なく思うておるよ。本来ならば王族が担わなければならぬ役目であるのに……」
「確かに過去は王族のお役目だったみたいね。隣国グリオでは未だに王族が執り行っているらしいし。でもこのコントラルト国では、それはもう大昔に廃されたことだわ。王族には、大魔法よりも大切なお役目がある。そうでしょう?」
「それは……」
「いくら国が栄えても、他国から攻め入られてはその全てを失ってしまうもの。あっという間に蹂躙しつくされてしまい、亡くした命は戻らない……それを防ぐためのお役目は、王族にしかできないのだから」
「そ……うじゃの……」
「ブリンちゃん。平民が王族の役割を知らずにいても、五家の本家は忘れないわ、王族が常に国の防衛に力を尽くしてくださっていることを。私も姉も、そして弟も、物心つく前より、お母さまから言い聞かされていたもの。王家の方々がこの国を守ってくださっている、と。外交面でも、そして魔法力面でも。不思議とお父さまからそれを聞いたことはなかったし、どこの家でも母親が子供にそう教えるのかと思っていたら、中等部に入る頃、それが違うと分かって驚いたの。ある友人の家では叔母様が、別の友人の家ではお祖母様が、子供に、孫に、繰り返し言い聞かせていたの。それが不思議なことだとは特に思っていなかったのだけど……先日、ようやく理由が分かったわ……次代に語り継いでくださるのは、皆、第五家からお嫁にいらした方々なのだ、と」
「マーレ……そなた……」
私が王女の瞳を真っ直ぐ正面から見つめると、彼女が息を飲んだのが分かった。
今の私の言葉で、私が知っていることを、彼女は理解しただろう。
第五家が王家の分家で、王族と同じ力を持っていることを。
そしてその時空魔法で、国の防衛を担い、有事のために日々、魔力研鑽をしていることを。
「だからね、ブリンちゃん。私は魔法副長官として、魔法長官を務めるソラを一生懸命に支えていくわ。それは、国民すべてがつつがなく豊かに生活できるため、というのももちろんあるけれど、にこやかな笑顔を常に見せるその陰で、民に知られずとも魔力上昇と魔法上達に時間を費やして、努力されている王族の皆様を、心から尊敬し、お助けしたいと考えているからなの。ブリンちゃん、私はソラと力を合わせて大魔法を行っていくから、こちらの方は心配しないで。安心して任せてちょうだいね」
そう言って笑顔を向けた私の前で、王女は顔をくしゃっと歪めた。
初めて見る、彼女の泣き顔。
しばらくうつむいて肩を震わせた後、彼女はようやく顔を上げると、泣き笑いで私の手を取ってきた。
「マーレ……礼を言う。吾は、そなたという友を得られて誠に幸せじゃ。高等部へ通う意志を貫いた吾の行動力を自身で褒めたいし、そなたと同年で生まれたことや巡り合わせてくれた運命に対して感謝をする。吾は本当に幸せ者じゃ……王位を継ぐ兄上にも、このような友がいれば良かったのにと、思わずにはいられない……」
自身の幸福に浸りながらも、兄であるカデンツァ第一王子を気遣う優しい彼女が本当に好きだ。彼女が笑顔を見せてくれるのならば、あまり面識のない第一王子にさえ、力の限りを尽くしても良いとさえ思えるほどに。
「大丈夫よ、ブリンちゃん。そう思っているのは私だけじゃないの。アリィお姉さまも、パストも、きちんと分かっているわ。ソラはまだあまりよく理解していないかも知れないけど、これから私がきちんと伝えていくから。だから私達四人で、力を合わせて王家の皆様を支えていくわ。大丈夫よ、だってパストはレッジェロさんの親友でしょう? ブリンちゃんとレッジェロさんが第一王子を支えるのなら、パストがそれに協力し、尽力しない訳がないもの。なんだかんだ言ってもあのおふたりは、とても仲が良くて信頼し合っているのだから」
私がそう言って笑うと、王女からも思わず笑みがこぼれた。綺麗な白い指で涙を拭い、その目元をゆるませる。
「そうじゃな。我が婚約者殿とパストラーレ……あれらは誠、不可解な関係じゃ。しかし確かに強い絆があると分かる。彼らが手を取り合って兄上を支えてくれるのならば、きっと百人力じゃろう。我が王家は安泰じゃ」
そう言って笑う王女は、金の混じった紫色の魔力を、とても綺麗に、そして穏やかに、その身から発していた。
ようやく衣装の話題に持ち込めました。
この物語の構想を練っていた時に、安易に「主人公の髪は金色に、瞳は使う魔法ごとに色を変えさせよう!」と決めたことを後悔するほど、どこで回収するか悩んだネタでした。ようやく派手な色味を嫌がるマーレを書けて良かったです。
そして、マーレとブリンちゃんの固い友情も書くことができました。
ホッとしています。
短いですが、次話でこの間章4も終わりになります。
次回更新は11月5日(月)です。
皆様、良い週末をお過ごしください。




