6.夫婦と友と
当時、わたくし――アンティフォナは一番無力であった。
セリオーソは医師としてララを診察し、母子ともに何の問題もないという証言をするために、レチタティーヴォと共に元老院を説得しに出かけたり、第一家の力を借りて根回しをしたりしていた。
アルマンドはそんなふたりを支えて相談に乗り、魔法庁の中でロビー活動をして、世間を味方につける流れを作ろうと奮闘していた。
わたくしだけが何もできない……せめてララがこちらに来た時には彼女の世話をし、できるだけ彼女が心地よい環境で過ごせるように場を整えた、というくらいだ。
だからこそ、忙しくないわたくしだからこそ、気付けたのかも知れない……義父のアモソーゾが憂いに沈んだ表情を、時折見せることに。何が原因かは分からないし、義父に直接聞いてみたが、笑ってごまかされ教えてもらえなかった。夫にそれとなく相談してみたけれど、今はレチタティーヴォとララの子供の件で忙しく、一見普通に生活していて元気そうに見える父親のことに、申し訳ないけど構っていられないと言われてしまった。
この時義父が何を悩んでいたのか、彼が亡くなってしまった今になってもわたくしには見当もつかないが……とにかく今でも、彼が陰でこっそり苦悩を噛みしめる表情をしていたことが気になっている。義父はいったい何に対して、そんなにつらく思っていたのだろうか。
それは、けれども答えの出ることではない。
わたくしは関係者が皆、追い詰められていたあの頃のことを思い返していた。
元老院から責められ続け、必死になって自分達の絆を深めていた、あの頃のことを。
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【 蘭々妊娠中の夏 】
『くそぅ、なんで元老院から許可が出ないんだ!』
『そうだな、レーヴォ……テンペストーゾ様のあの剣幕は異常だ。何か隠している理由があるのかも知れぬと、色々裏で調べさせているのだが、どうにも答えが見つからない』
『第一家の裏の力でも、見つけられない秘密ってなんだろうな……』
『そうだな……申し訳ない、役に立てなくて』
『何を言っているんだ。セリオの協力なしにはここまで来ることはできなかった。それに今でもこんなに尽力してくれている。きみは本当にわたしには過ぎた友だよ。わたしこそ、きみの親友としてきみに何も返せていないのではと、いつも思っている。すまない、セリオ』
『なあに、きみとアルは、わたしの心から信頼できる友だ。わたしの、妻への執着心を理解してくれて適度な距離感を保ってくれているし、それを異常だとも思わずにいてくれている。しかも第一家の闇を知っても、きみらは今まで通りにわたしと付き合ってくれ、信頼してくれている……これがどんなに嬉しいことか、きみ達には分かるかい? 表面上の顔と裏の顔があるというだけで、それを知った人は大抵、我らと距離を置きたがる。しかも裏の組織があることを知れば、いったい自分の何を調べられているのかと、普通なら恐怖を感じていても良いはずだ。そう、申し訳ないことに、わたしがきみらと友人になったために、第一家はきみ達と知り合った頃からずっと、きみ達の生活を常に監視していたよ……わたしはその内容を全て把握している。普通ならこんな人物を友とは呼ばないだろう。だがきみ達はそれを知ってもなお、ずっとわたしの親友でい続けてくれている。ふたりはわたしにとって、掛け替えのない友なんだよ』
『そこまで言われると、なんだかこそばゆいな。別に隠さなければならないほど重大な何かがあるわけでもないからなぁ。他人に知られたくない秘密は、常にきみが協力して解決してくれるし』
『そうそう、何も隠す必要はないよな。さらけ出したらセリオは物凄く強力な味方になるんだから、隠すだけ損だよ』
『……そう言ってくれるから、きみ達はわたしにとって大切な親友なんだ。第一家にとって、第三家の人達はまぶしくて仕方のない存在なんだ。風のように柔軟で、気まぐれな部分があるからこそ細かいことに頓着しない。何か傷つくようなことがあってもすぐに忘れて流してしまえる。本当に得難い存在だよ。父も、きみ達のお父上のアモソーゾ様をとても大切にしているしな』
『そうだな……きみのお父上のレンタンド様も、父上をとても大事にしてくださっているな。何かとお声をかけられるし、何かあるとすぐに父上をお誘いに来られる。まぁ、そのおかげでセリオとは、おむつをしていた頃からの付き合いができたわけだけど』
『そうだな。だがあのふたりの関係に、もうおひとり、テンペストーゾ様も加わっていらっしゃるのが不思議だ。あの三人が互いに親友であるというのが、わたしには不思議でならない』
『そうだな……テンペストーゾ様の息子はなんだかいけ好かない奴で、彼とは在学中からほとんど関わりが無かったくらいだ。その父親だってわたし達を常に目の敵にしているし、どうして父上がテンペストーゾ様と仲良くしてらっしゃるのか理解できないな』
『まぁ、それはともかく、父上がテンペストーゾ様に掛け合ってくださっても、今回の件は許可が出ないんだ……よほどのことなんだろう。父上に聞いても理由を教えていただけないし、もうどこからアプローチをしたら良いのか、さっぱり分からないな……』
『そうだな……きみの奥方、ララ殿だが……笑顔で接しているが、あれは相当追い詰められているぞ。母体の不安が腹の子に影響しては困る。早々に元老院から許可をもらわねば、流れでもしたら大変だ』
『セリオ、きみの目から見て、そんなに蘭々は危ういか……?』
『そうだな、どこかで発散できていたら良いのだけれど、ため込んで笑顔を貼り付けているだけでは、早晩心の均衡を崩すであろう……』
『そんなに酷い状態だったのかい? 全然気づかなかった、すまない、兄上』
『いいや、アルのせいじゃないさ。全てはわたしが不甲斐ないせいだ……』
『ねぇ、あの……』
『なんだい、フォーナ』
『わたくし、ずっと思っていたわ……どこまで彼女に情報を隠し続けるのかしらって。わたくし思い返していたの、魔法副長官になる時に、許可が出なくてずっと悩んでいた時のこと……あの頃も、アルとレーヴォはわたくしをどこまでも守って、羽でくるむように大切にしてくれていたわ。でもセリオが気づかせてくれた。わたくしがまず覚悟を決めなければならないと。そして兄弟達には“この国を背負うという決意が足りない”って。あの時そう言ってくれたセリオまでが、今回はララさんをかばって大切にし過ぎていると思うの。でもわたくし、そのやり方に賛成はできないわ。彼女は日本人だけど、もうわたくし達の家族よ。除け者にすることはできないし、こんな大ごとを隠しおおせるとも思えない。彼女に全てを話して、腹をくくってもらった方が良いと思うわ』
『フォーナ……でもそれは……』
『そうだよ、妊婦なのに、彼女に何かあったら大変だよ』
『いいえ、違うわ。母になるのよ。子を産むのよ。女は腹を決めて命がけで次の命を産み落とすのよ。覚悟を決めないわけにはいかないわ。迷っているうちにお腹の子はどんどん育っていくわ。ララさんがもしも心の迷宮にいるのなら、そこから引っ張り出して“しっかりしなさい”って言ってあげないと』
『そ、そんな……大丈夫なのだろうか……お腹に子がいるのに……』
『逆よ。お腹に子がいるからこそ、よ。大丈夫、女は母になると強いのよ。本能的に子を守ろうとするわ。何を置いても、何を犠牲にしても、子を守ろうと思うの。だから大丈夫。彼女に全てを話して、一緒に頑張って乗り越えようって言ってあげたいわ』
『そうか……そうなのかも知れないね。ふたりも子を産んだフォーナが言うのだから、きっとそうなのだろう。分かった。わたしは蘭々に全てを話すよ』
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そうして、わたくし達はララに全てを打ち明けた。
ララは強い女性だった。
怯むことなく全てを聞き、内緒にしていたわたくし達を責めるでもなく、穏やかな笑みを浮かべたまま静かに質問をした。
「それで、もしも許可が出なかったらどうするの? レーヴォ、あなたは故国を選ぶと誓約したのよね? 私と子を捨ててこの国に戻るの? それとも私と一緒に地球のどこかに逃げてくれる? それにこの子が普通の子でなかった場合、あなたはどうするの? 私は既に日本政府に対して『それでも産む』と言ってあるわ。あなたは父親として、私と一緒に立ち向かってくれるの?」
と。
彼女はとうに決意していたのだ。
何かあった場合には、お腹の子を抱えて逃亡すると。
全てをかけて子を守ると。
それから彼女は、わたくしの中でとても大切な存在になった。
家族として、女性として、そして同じ母として。
彼女の強さを尊敬した。
だからわたくしは、今でもララのことがとても好きだ。
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「そんなに強く反対されていたのに、よく出産許可が出ましたね。元老院議長であられるテンペストーゾ様が強固に反対されれば、他の方々がそれを抑えて賛成してくださるはずはないでしょう。どうやって説得されたのですか? それとも許可なしで出産を?」
「そうだな、パスト。そう思うのも無理はない。だが、蘭々が中絶は決してしないと決意していても、そしてわたしも妻と子を守ると決めていても、それとは別に、許可は必ず得なければと思っていたよ……それを素直に元老院会議で伝えてきた。そしてその翌月のこと。父が『元老院から許可が出たよ』と言って帰宅したんだ。あの時の父の喜びに満ちた顔を、わたしは忘れられない。もしかしたら父上がテンペストーゾ様を説得してくださったのかも知れないと思っている。なぜなら父上は、何かやり遂げたようなお顔をされていたからだ。本当に、今でもわたしは父上に感謝をしているよ」
「そうだったんですね。本当に良かったです。それで、もうひとつ気になっていることがあって」
「なんだい、パスト?」
「さっきから、アリィとマーレが顔色を失くしています。ソラは……お三方の魔力素質を受け継いでいるのですよね? ソラとマーレの魔力が似すぎているということはないのでしょうか? 遺伝子の関係で兄妹、姉弟は結婚できないとされています。魔力が似ていると遺伝子も似ていると言われているので、魔力素質が似すぎていて、ふたりが結婚できないのではと心配しています。ソラは……アルマンドさんとアンティフォナさんの魔力素質を引き継ぎ過ぎている可能性もありますよね?」
俺は思ってもみなかったことを言われて愕然とした。
従姉弟という関係だから、当然マドリガーレとは問題なく結婚できると思っていたが、魔力素質だけで言うと、俺とマドリガーレは姉弟になるのではないか。
そうパストラーレは指摘したのだ。
「まぁ、そういう心配もあった。だが魔力素質がそっくりだったら、わたし達はふたりを応援したり認めたりしないよ。大丈夫。我らはソラが生まれた時からずっとソラの成長を見守り、観察し、セリオが診察をしてきたんだ。魔力素質はきちんと従姉弟程度には離れている。すなわち、遺伝子的にも従姉弟相当だということだ。そこは安心して欲しい」
ようやくアリアとマドリガーレに笑顔が戻った。マドリガーレの体から力が抜け、アリアがそれを抱えて支えてやっている。俺も隣でマドリガーレの手をギュッと握った。
パストラーレの言葉でようやくそのことを知った俺と違って、ふたりがそれを心配したのはもっとずっと前からだったのだろう……魔力合わせを三人でしたと聞いた時、若者組は俺を除いて一斉に顔を青ざめていた。きっとその時から気付いて心配していたに違いない。
俺はマドリガーレの手を握ったまま、もう片方の手で包み込むようにして手の甲をさすった。
するとパストラーレが「もうひとつ」と口を開いた。
「もうひとつ、お聞きしたいことがあります。ソラの生まれが特殊なのは分かりました。でもそれでなぜソラはこんなにも色々な魔法が使えるのでしょうか。教えてもいない魔術を操り、しかも風魔法だけでない。次々と問題を起こすほどで、魔法に愛され過ぎているような感じです。アンティフォナさんの……第五家の魔力素質を受け継いだというだけでは理由にはならないと思います。それについても説明はしてもらえるのでしょうか?」
「ああ。恐らく、こうではないか、という推測を我らは持っている。それを今から説明しよう」
アルマンド叔父が真剣な顔で言った。
めちゃくちゃ出産に反対していたテンペストーゾも、親友アモソーゾの説得によって折れたようでした。
このように多々の問題を乗り越えて、ソラが生まれたという訳です。
さて、次の更新がこの間章3の最終話になります。
最終話とエピローグ、2話同時更新予定です。
次回更新は10月22日(月)です。
皆様、良い週末をお過ごしください。




